補給倉の影
補給倉は外から見ると空に近かった。
戸口に置いた俵は二つだけ。片方は中身が少なく、もう片方は藁を詰めて形だけ作った。粉麦の主分は井戸裏へ移し、乾き縄は床下/火種は本体寄りの石陰。
倉を守っているように見せる。だが守るものはそこに置かない。
「空なら捨てればいい」
本体兵が言った。
「空に見える倉は捨てません」
「なぜだ」
「敵側が見ます」
倉を完全に捨てれば敵側は中を確かめずに通る。少しだけ残せば開ける。開ければ人が止まり、橋と井戸から遅れがつながる。
補給倉は食わせる場所ではなく、今は確かめさせる場所だ。
エルクが戸口の影を見た。
「中に伏せるのか」
「伏せません」
「なら開けさせるだけか」
「開けさせて軽いと思わせます」
「軽い?」
「取る価値がないように見せます。でも空ではない」
ガレスが床板を踏んだ。乾いた音がした。
「床下の縄は残せ」
「使いますか」
「夜に使う。今は見せるな」
乾き縄は火持ちにも車を縛ることにも使える。濡れた縄しか残っていない相手には乾いた縄だけでも値がある。見せれば取られ、隠せば残る。
メイナが倉の控えを作る。
戸口は藁俵二/床下は乾き縄三/奥板は空/粉麦は井戸裏/見せる損は藁俵一/渡せない損は乾き縄。
「渡せない損」
エルクがその行を読んだ。
「損なのに渡せない」
「失えば次が止まるものです」
「戻る口と同じか」
「はい」
エルクが倉の戸口に立った。剣は抜かない。
「聞く。ここで敵が来たら俺は何を守る」
「戸口ではありません」
「中でもない」
「床下を見せないことです」
「斬るより難しいな」
「はい」
「では戸を少し開ける。中は見せる。床は踏ませない」
エルクが自分で言った。
その言い方が昨日より少し変わっている。何を斬るかではなく何を見せるかを先に聞いている。
板へ書く。補給倉は戸を開ける/床下は踏ませない/藁俵一は渡す/乾き縄は残す。
橋から二度目の返しが来た。
敵車二は橋前停止/水探し戻り二/歩兵は補給倉側へ目を向ける/敵側の奥から前へ出せと急がせる声あり。
「急がせている」
メイナが読む。
敵側の中で待ちが増えている。橋で止まり、井戸で戻り、倉へ目が移る。急がせる声が出るなら止まっている証拠だ。
「焦っているのか」
本体兵が聞いた。
「急ぎが出ています」
断定しない。だが急いでいる相手は損を選びにくい。目の前の袋へ手を出し、見える倉へ寄り、車を前へ押す。
そこへ軽い損を置く。
藁俵一/塩に見える空袋/水のある井戸/通れる橋。
どれも本物に見える。だが本当に渡せないものは少しずつ奥へ外してある。
ルシアから商人控えが届く。
敵側の買い取り声あり/縄・粉・馬飼葉を高値で求める/持ち主不明でも受けると言った者あり。
「持ち主不明でも」
エルクの声が低くなる。
「盗ませる気か」
「買う形にしたいのでしょう」
「形があれば奪っていないと言える」
「はい」
ルシアは余白へ短く書いていた。
高値は焦りの形だが今は売らない。
その一行を板へ写す。売らない/見せる。
「商人が売らないのは珍しい」
ガレスが言う。
「売った後に道がなくなるなら、商売にならないよ」
ルシアの代わりに届いた言葉は短かった。
補給倉の影に空車を半分だけ見せる。荷台は空だが布をかける。布の下に何があるか分からないようにする。
敵側が寄れば倉を見に来た足と車腹を狙う足が重なる。
重なれば橋より南へ戻る足がまた増える。
「ここで俺が出ればまとめて斬れる」
エルクが言った。
「出ません」
「分かっている。聞いただけだ」
「出れば床下を見られます」
「だから出ない」
短く返し、倉の戸を片手で押した。少しだけ開くと中の藁俵二つが見え、奥は暗い。
「見せるのはここまでだ」
戸の幅を見た本体兵は中へ入らず、床板を踏ませない戸外の位置に立った。
北側から敵側の歩兵が三人補給倉へ寄った。一人は戸の中を見ようと身を傾け、別の一人は井戸側を振り返る。三人目は橋の列へ戻るか迷っている。
足が三方向へ割れた。
そこへ橋の返しが入る。
敵車三は動けず/後ろの歩兵は井戸と倉へ散る/前列は戻し声あり。
戻し声。
敵側が前へ出すだけではなく戻そうとしている。戻せば列が乱れ、橋はもっと詰まる。
板へ数字を足す。橋停止三/井戸戻り二/倉寄り三/敵側戻し声あり/こちら損は藁俵一まで。
「藁俵一まで」
エルクが読んだ。
「これ以上は」
「乾き縄を渡せません」
「粉麦も」
「渡せません」
「戻る口も」
「渡せません」
エルクがうなずいた。
「なら俺が守るのは倉ではない。渡せないものの前だ」
その理解を板の下へ残した。補給倉で守るのは戸口ではなく床下。
敵側の急ぎは橋・井戸・倉の間で細くなっていた。
次に必要なのはなぜこの道へ来たのかを知る紙だった。
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