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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十九章 損耗を押しつける戦い方

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井戸の手前

古井戸の縄はまだ濡れていた。


昨日まで本体前の水桶を満たしていた縄だ。切れば早いが燃やせば戻せない。だから外す。結び目をほどき、桶を井戸から離す。水は底に残る。


水は捨てず、すぐに汲めない形にする。


「桶はどこへ」


メイナが聞いた。


「井戸裏の穴へ。粉麦の上には置かない」


「匂いがつきます」


「はい」


水桶には水の匂いがある。粉麦のそばに置けば湿りが移る。湿った粉麦は重くなり、戻す車を遅らせる。小さなことでも重なると車が止まる。


ガレスが井戸の縁を手でなぞった。


「石は抜くな」


「なぜですか」


「崩せばあとで直すのに人が要る」


「残します」


井戸は残す/縄を外す/桶を隠す/水を濁さない/井戸の周りの土だけを踏ませる。


井戸の手前は乾いて見える。だが薄い草の下は柔らかい。人は踏めるが車輪は沈み、馬は嫌がる。


「ここへ誘うのか」


エルクが井戸の手前を見た。


「橋で待たせた後なら、水を探します」


「探さなければ」


「車は橋で細くなります。どちらでも止まります」


「水を探せば、ここで止まる」


「はい」


「なら俺は」


言いかけて、エルクは地面を見た。


「井戸のそばで斬らない」


「斬れば血が入ります」


「分かっている」


返事が早かった。自分でも嫌そうな顔をした。


「井戸を残すなら斬る場所ではない」


板に書く。井戸では戦わない/井戸手前は車輪を沈める/水桶は隠す/縄は別保管/血を入れない。


「血まで書くのか」


「書きます」


ガレスが短く言った。


「水に混ざるものはあとで人を殺す」


本体兵の口が閉じた。


水は兵だけのものではない。火前にいる者も南門へ戻る者も、避難している者も飲む。ここで井戸を汚せば敵に渡す損ではなく領へ返る損になる。


そこは渡せない。


橋から返しが来た。


敵車一は橋へ入る/二台目は手前停止/歩兵は水を探す動きあり/見せ荷は下げ済み。


「入った」


エルクが言った。


「一台目は渡しました」


「二台目は」


「待っています」


「水を探す」


「ここへ来ます」


井戸の手前に割れ盾の金具を二つ埋めた。刃ではなく足を切るためでもない。車輪が当たれば音がし、馬が踏めば嫌がる。人が拾えばそこに目が落ちる。


目が落ちれば足は遅れ、後ろが詰まる。


「こんなものまで使うのか」


「捨てた盾です」


「昨日の損か」


「今日使います」


捨てたものをそのまま損にせず使える形に変える。壊れた盾は防げないが音は出せる。壊れた箱は荷を守れないが足を迷わせる。


ルシアの紙が井戸裏へ届いた。


縄商は替え縄二/桶は商人印なしで貸し出し可/水代は取らない。


「水代は取らない」


メイナが読み上げた。


ルシアらしい書き方だった。水に値をつければ後で争いになる。今は貸しにもしない。ただ戻せる桶として記録する。


「商人の損は」


「桶の欠けです」


「安いのか」


「今は安いです。井戸を失うより」


井戸の北側から歩兵が二人見えた。敵側だ。槍を持たず一人は空袋を持っている。水を探す者の動きだった。


本体兵が弓へ手を伸ばす。


「撃ちません」


手が止まった。


「井戸のそばです」


「水を汲まれる」


「桶がありません」


敵側の二人は井戸へ近づく。縄がないことに気づき、縁を覗いた。水はあるが汲めない。空袋では汲めない。片方が戻り、片方が井戸の石を探る。


その間に橋の手前の二台目が動かない。


エルクの目が動いた。


「戻る者が出る」


水を取りに来た一人が戻れば橋の列へ逆向きの足が入る。前へ行く足と戻る足が混ざれば車輪は止まる。


板へ数字を入れた。水探し二/戻り一/橋二台目停止/後ろ詰まり三以上。


「三以上」


メイナが写す。


「数えられるのか」


「見える分だけです」


「見えない分は」


「あとで橋の返しで足します」


エルクが井戸の縁を見た。


「斬っていないのに止まる」


「はい」


「俺が出たらもっと早いか」


「井戸が使えなくなります」


今度は反論せず、井戸と橋を交互に見た。


「では俺はどこを見る」


「水を取りに戻る足です」


「斬る足ではなく」


「戻る足です」


「戻る足が増えたら」


「橋が詰まります」


エルクが低くうなずく。


「分かった。戻る足を数える」


その言葉を板の端に書いた。井戸は戻る足を数える。


前へ出ないためではなく、前へ出る前に見るものを決める言葉だった。


敵側の二人目が井戸の縁を諦め、草の下の柔らかい土を踏んだ。足首が少し沈み、立て直すために手が石へ伸びる。


水は取れず、井戸は壊れていない。橋の列だけが少し長くなった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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