橋を残す幅
石橋は二台並べば渡れない幅だった。
それでも車輪跡は二本あった。昨日まで本体側の車が急いで通った跡で、右の轍は深く左の轍は浅い。浅いほうを潰せば向こうの車は右へ寄る。
「橋を壊さないのか」
本体兵が聞いた。
「壊せばこちらも戻れません」
「敵も渡れない」
「敵が橋を直し始めます。直す者を守る者も来ます」
壊した橋は目立ち、守りたい場所だと教える。残した橋は使いたくなり、相手はそこへ車を入れる。
橋は罠ではなく通れる場所で、通れるから詰まる。
ガレスが橋板を一枚持ち上げた。商人が持ってきた薄い板だ。見た目は頼りないが、泥の上へ置けば車輪が少しだけ浮く。
「置くなら右だ」
「右を通しやすくします」
「左は」
「泥で消します」
水を含んだ土を左の轍へ入れる。草を混ぜ、割れた箱の板を沈める。踏めば沈み、見た目には道に見える。車輪を入れれば重くなる。
右だけが通れ、入れば一列になり、後ろが止まる。
メイナが板へ写す。
橋右は通す/橋左は重くする/橋上は戦わない/橋前は待たせる。
「橋上で戦わない」
エルクが読んだ。
「斬りやすいぞ」
「落ちれば橋が止まります」
「相手が落ちてもか」
「落ちた者をどかすために橋が止まります。こちらの戻り車も止まります」
「なら橋で斬らない」
口に出してからエルクが顔をしかめた。
「本当に嫌な戦だ」
「嫌なまま使います」
橋の手前に空袋を三つ置いた。中には石を少しだけ入れる。重そうに見えるがすぐ動かせる。向こうが見れば荷を守っているように見える。
実際の粉麦は動かさない。補給倉の底に一部だけ残し、主分は井戸裏へ回す。
ルシアの商人車が橋の南へ止まった。荷台には縄と薄板だけで塩は載せていない。塩袋に見えるものは空袋を布で巻いたものだった。
「商人には嫌がられます」
「もう嫌がっているよ」
ルシアが車の横で言った。
「でも塩を失うより塩に見える袋を失うほうが安い」
板へ書く。見せ荷は塩袋風/中身なし。
「風まで書くのか」
「あとで本物と混ざると困ります」
ルシアが笑わないまま肩をすくめた。
「商売でも同じだね。似た袋が一番危ない」
北から偵察戻りが入る。
敵側は右下の泥を避ける/車二は橋方向へ寄る/歩兵は車腹を見る。
「車腹」
撤退戦から続く言葉だった。敵側は車の腹を押せば流れが止まると知っている。戻る口を直接狙わず車を詰まらせる。
「橋でも同じです」
橋の右へ通れる道を残し、車腹を押したくなる場所を見せる。だが橋の手前で押せば車は斜めになり、後ろの車と向こうの足が止まる。
「押させるのか」
エルクが低く聞く。
「押したら向こうが止まります」
「こちらの車は」
「手前で切ります。橋へ入れる車は空に近いものだけです」
「荷のある車は」
「井戸裏へ回します」
エルクの指が地図の井戸へ移る。
「次は井戸か」
「はい」
「橋で止めて井戸で待たせる」
「水を欲しがるまで待ちます」
「敵に水を飲ませない戦か」
「飲める水を遠くします」
橋の北側で敵側の土煙が少し太くなった。まだ姿はない。だが車が増えれば土も増える。橋へ寄れば土は細い線になり、線が細くなれば数えられる。
メイナが橋の右へ小さな印を入れた。
敵車は橋へ寄せる/こちら車は橋前で切る/商人車は見せるだけ/粉麦は井戸裏へ。
ガレスが橋板を叩いた。
「残す幅は広すぎても狭すぎてもいかん」
「どのくらいですか」
「車輪ひとつ分楽に見える幅だ」
楽に見えるが実際には楽ではない。右へ寄れば左の泥が車輪を吸い、左へ逃げれば橋板から外れる。止まれば後ろが詰まる。
敵側に見せる損は小さくなければならない。大きければ警戒され、小さければ踏む。
「橋で勝とうとするな」
ガレスがエルクへ言った。
「分かっている」
「顔が分かっておらん」
「今聞いている」
エルクは橋から目を離さずに言った。
「どこまで待つ」
今度はレインへ向いた問いだった。
「一台目が橋へ入るまでです。二台目が入る前にこちらの見せ荷を下げます」
「一台目を逃がすのか」
「逃がすのではなく入れます」
「二台目を止める」
「はい」
エルクが橋の幅を見た。
「一台目は損として渡す。二台目から止める」
「そうです」
「なら一台目を斬りたくなったら」
「橋を見てください」
「人ではなく」
「幅です」
エルクの手が剣の柄ではなく橋の縁へ伸びた。
「分かった。幅を見る」
橋の南で商人車の空袋が揺れた。中身のない袋が塩袋のような顔で荷台に座っている。
敵側へ渡す最初の損は塩に見える空袋だった。
本物の水と粉麦は井戸の手前へ移り始めていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。
リアクションやブックマークも本当にありがたいです。
もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。




