渡す損の地図
夜明け前の本体前に四つの印が置かれた。
街道。
橋。
井戸。
補給倉。
昨日の板には戻る口と捨てる荷が残っている。濡れ毛布三枚/割れ盾二つ/壊れ箱一つ/空車一/戻り十四/追撃遅れ。
損は選ぶ。
その行だけを残して夜が明けた。
「守る場所を増やすのか」
エルクが板を見下ろす。
「逆です」
板の上で街道の線を少し削った。
「守らない場所を先に決めます」
「守らない」
「全部を守ると全部が薄くなります」
昨日は戻る口を守るために空車・濡れ毛布・割れ盾を捨てた。今日も同じことをもっと大きい場所でやる。
本体前の土ではなく領の形で。
メイナが地図を広げた。道倉から本体前へ伸びる北道/途中の低い石橋/橋手前の古井戸/少し外れた小さな補給倉。道は細く横へ逃げる場所は少ない。
「ここを取られると」
エルクの指が橋へ落ちた。
「戻る車が遅れます」
「なら橋を守る」
「守り切るためではありません。渡す時間を選びます」
エルクの眉が寄る。
「橋を渡すのか」
「橋そのものではなく、橋の前の待ち時間を渡します」
敵側が橋を取れば細い幅へ寄り、車は一列になる。一列になれば後ろは止まり水も火も届きにくい。
石橋は強い場所ではなく細い場所で、守るだけでなく詰まらせるためにも使える。
ガレスが石を三つ置いた。橋の手前/井戸の横/補給倉の影。
「井戸はどう使う」
「水を渡しません」
本体兵の一人が顔を上げる。
「水を捨てるのか」
「捨てません。井戸の縄を外します」
縄を外せば水は残るが汲むには時間がかかる。桶を壊さず水を汚さず、使える井戸のままにする。奪われてもすぐには使えない形にする。
「嫌な残し方だな」
エルクが低く言った。
「使えるものを使いにくくして渡すのか」
「はい」
「壊せば早い」
「あとで戻せません」
「敵が使えば」
「すぐには使えません」
板に書く。橋は渡す幅を細くする/井戸は縄を外す・桶は隠す・水は濁さない/補給倉は空に見せて底の乾き縄だけ残す/街道は轍を二本にしない。
エルクが最後の行を読んだ。
「轍を二本にしない」
「敵が車を二列にしたら押し切られます。片側だけ通れるようにします」
「どうやって」
「左の轍を泥で消します。右は残します」
「通れる道を残すのか」
「残さなければ向こうは横へ広がります。残せばそこへ入ります」
街道は壁ではない。だが足と車は通りやすいところへ集まり、そこから止める場所を選べる。
昨日は濡れ毛布で足を少し右へ寄せた。今日は街道で敵軍の腹を細くする。
ミリアから南門の返しが届いた。
半食継続/火前二列/避難民は南倉裏へ移す/車三は北へ出せる/戻り車は夕前まで二。
「南から車は三台」
メイナが写す。
「全部は使いません」
「一台残すのか」
エルクが聞く。
「一台は見せます。二台を動かします」
「見せる車」
「敵側にまだ車があると思わせるためです」
荷のない車を補給倉の影に置き、車輪だけ見えるようにする。荷を積んでいるように見える位置へ置き、実際の粉麦は井戸裏の浅い穴へ移す。
ルシアからの紙も入った。
塩商二/縄商一/橋板持参/商人車は戦列に入れず/荷を見せるだけなら可。
「商人車を使うのか」
「使うのは見え方です」
「また嫌な言い方だ」
エルクが板の横へ膝をついた。
「聞く。橋を渡すならどこで斬る」
その問いに手が止まった。
斬る場所を聞いているのではない。斬らせない場所を知ろうとしている。
「橋の上では斬りません」
「橋の前か」
「橋の前でもありません」
地図の井戸側を押さえた。
「橋へ入る前に車を待たせます。待たせたところへ水の手間を重ねます。斬るなら向こうが水を取りに降りた後です」
「降りたところを斬るのか」
「斬らなくても戻るのに時間がかかります」
エルクはしばらく地図を見ていた。剣の柄へ手をやらない。
「俺が出る前にどこで止まるか聞けばいいんだな」
「はい」
「分かった。先に聞く」
板に新しい欄を足した。
助言前/前進前に橋・井戸・倉の損を確認。
書きながら、この行はエルクだけでなく本体兵にも要ると思った。
朝の土に街道の線が引かれた。
守る地図ではなく、渡す損を決める地図だった。
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