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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十八章 初陣は撤退戦

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泥へ渡す車

同じ折り目の紙は日が傾く前にもう一枚来た。


戻る口詰まり/車は中央へ寄せろ。


今度は本体右からだった。紙の端には乾いた泥、折り目は二つ。字は前と違うが命じ方は同じだった。


怖い言葉を先に置き、車を動かし、最後に戻る口を狭くする。


「中央へ寄せるか」


戻る口から声が来る。


「寄せません」


板の上には前から決めていた順番がある。濡れ毛布は見せる/空袋は見せない/車腹は向けない/戻る口は中央に残す。


「では何を動かす」


「空車だけを横へ逃がします」


「荷車は」


「動かしません。動かすように見せます」


ガレスの目が細くなる。


「見せるための車か」


「はい」


「嫌な使い方だ」


「戻すためです」


南門から戻る空車は一台。荷台に残るのは泥だけだった。車輪の片側が少し沈む癖もすでに見ていた。中央へ入れれば口を塞ぎ、左へ逃がせば向こうから腹が見える。そこへ押し込めば車を止めたように見える。


止まっているのではなく、逃げる角度を作る。


板に短く書く。空車は左へ逃がす/濡れ毛布は右下へ見せる/空袋は底/粉麦は影/戻る口は中央。


メイナの筆が一度止まりすぐに写した。


「空車を見せて戻る車は通すのですね」


「はい」


「戻る車はどこを」


「中央の口です」


「狭いです」


「だから空車だけ左へ逃がします」


エルクの靴が戻る口の線を踏んだ。


「中央の口を開ける/左へ逃げる車を追うな/右三は動くな/弓二は足元だけを見る」


声が通り、本体前の兵たちの目が板と土へ落ちた。顔ではなく足を見る。誰が怖がっているかではなくどこが空いているかを見る。


北の段から負傷した兵が二人戻ってきた。片方は自分で歩け、もう片方は肩を借りている。車へ倒れ込みそうになったところを戻る口で受けた。


「車へ行くな。腕を借りろ」


その一声で車輪の前が空いた。


外側から土煙が近づく。右下の濡れ毛布の前で足音が鈍った。踏めば泥が跳ね、割れ盾が半分沈み、壊れた箱の角が見える。向こうはそこを避けて左へ寄る。


見えている通りに動いている。


「車の腹へ来ます」


偵察戻りの声が低い。


「来させます」


左へ逃がす空車の縄を車引きが握った。手は震えている。だが縄は落とさない。


「まだ」


ガレスが石の陰から車輪を見る。


「まだです」


向こうの足が濡れ毛布・割れ盾・壊れた箱を順に避けた。避けた分だけ左へ寄り、そこに空車の腹が見える。


「今」


空車が左へ逃げた。速くはない。逃げきるためではなく追わせるための速さだ。


向こうの前列が車腹へ寄った。泥の薄い場所へ足を入れ、次の一歩で深い跡へ落ちる。車を押すつもりの肩が空を押した。後ろから来た者が止まれず前の背へぶつかる。


倒れたのは二人、起こすために三人が止まった。さらに後ろの足が広がって濡れ毛布の前へ戻る。


「矢」


「足元だけ」


弓二人が低く射た。倒すためではなく膝の前へ落とす。踏めば止まり、避ければ広がる。どちらでも戻る口からは遠ざかる。


本体右の槍三は動かない。


「追うな」


エルクの声が右へ出かけた兵を止めた。


「今なら押せる」


「押すな。戻る口を空ける」


「逃げるぞ」


「逃げさせろ」


前へ出れば勝てそうに見える。だが前へ出た足は戻る者の道を塞ぐ。ここで欲しいのは勝ちではなく戻る数だ。


板に数字を足す。戻り四/車通過一/負傷二/右三維持/弓二維持/空車左逃げ成功/向こう停止五以上。


「五以上」


メイナが低く読む。


「倒れた二人だけではありません」


「起こす者も止まる」


「はい」


「後ろも詰まる」


「はい」


「こちらは」


「戻り四、通りました」


エルクがそこで一度だけ息を吐いた。


「なら勝ちに見えなくてもいい」


「はい」


勝ちに見えないことが本体前を守った。相手の足は濡れ毛布の前で乱れ、車腹を追って左へ流れた。中央の口には泥だけが残り、そこを北の段から戻る次の二人が通った。


見える勝ちは前へ出る足を呼び、見えない勝ちは戻る足を通す。今日必要なのは後者だった。


二人目の肩から白灰の袋が落ちかける。車へ投げ込まず腕を借りて線の内側へ入れた。荷と人を分け、戻る者と残す物も分ける。初めに決めたことを崩れかけた場でも繰り返す。


外側でまた声が上がった。


「中央が空いた」


向こうの声ではない。本体前の誰かが言いかけた声だ。


「空いたから塞ぐな」


エルクが返す。今度は怒鳴らない。戻る口に立ったまま手で土の線を示す。


「ここは空ける場所だ」


本体前の兵は中央へ寄らなかった。


南門からの返しが入る。車二予定どおり通過/火前一列維持/水桶戻し済み。


次に北の段から返し。戻り六/白灰二/火なし/追撃遅れ。


追撃遅れ。


その二語だけで本体前の兵が顔を上げた。喜ぶ声になれば足が前へ出る。前へ出れば戻る口が狭くなる。


板にすぐ書いた。追撃遅れ/前進なし/戻る口維持/空車回収なし/濡れ毛布捨て置き。


「空車を回収しないのか」


「しません」


「使える車だ」


「戻る口のほうが要ります」


ガレスが小さくうなずいた。


「車一台で向こうを五人以上止めた」


「車一台と濡れ毛布三枚です」


「細かい」


「次も数えます」


本体前の兵たちが笑うほどの余裕はない。けれど声が散らない。南へも右へも走らず、目の前の板へ戻る。


同じ折り目の紙は板の端で軽くなった。


命令ではなく罠の向きを教える紙になったからだ。


次に同じ折り目が来ても、声にせず足に渡さず、板の上で向きを変えられる。


その日の本体前は大きく勝たず、ただ戻る口だけは潰さなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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