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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十八章 初陣は撤退戦

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捨てる荷の順番

本体前で最初に詰まったのは、兵ではなく荷だった。


粉麦の袋/濡れ毛布/割れた盾/空袋/矢束の空箱/火種の小箱。


荷車の上ではどれも同じ場所を取るが戻す意味は違う。粉麦は戻し火種は落とせない。空袋は次に使え、濡れ毛布は重いだけなら捨てる。割れた盾は道をふさぐ物に変えられる。


「全部は戻せない」


エルクが荷台を見た。


「濡れ毛布からです」


「毛布を捨てるのか」


「濡れていて今夜までに乾かせない分です。濡れていても人を包める分は戻します」


「包めます。けれど今この車に載せると歩けない者が一人残ります」


エルクの手が荷台の縁で止まった。


前ならそこで言い返していたはずだが、今は荷台の奥を見ている。歩けない者を乗せる余白と濡れ毛布の重さを、同じ目で測ろうとしていた。


乾いた毛布は戻る車へ、濡れたものだけを捨てる。その確認まで済ませてから、ガレスが濡れ毛布をつかんで持ち上げた。


水を吸って重く、布の端から泥が落ちる。


「これは荷ではない。水だ」


「捨てる場所は」


板へ線を引いた。


捨てる荷は濡れ毛布・割れた盾・壊れた箱。置く場所は本体前の右下・戻る口の外・踏ませる幅。


本体兵の一人が聞いた。


「踏ませる?」


「道を狭くします」


「柵にするのか」


「柵ではありません。足を遅らせるだけです」


割れた盾と壊れた箱を本体前の右下へ移す。きれいに並べない。急いで捨てたように見せ、車輪が通る芯は残して置く。敵側が来た時、まっすぐ踏めば足を取られる。避ければ少し右へ寄る。


少し右へ寄れば弓の向きが決まり、少し止まれば戻る車が一台離れる。時間稼ぎは立派な壁ではない。濡れた毛布と割れた盾でも作れる。


本体前用の板に書いた。


捨てる荷は右下。車輪芯は残す。戻る口は空ける。弓は左寄せ。槍は右受け。


「部隊も動かすのか」


エルクに聞かれ、荷を置くなら兵も動かすと答えた。荷だけで遅らせるのではない。荷で道を寄せ、兵で受ける。


割れた盾を足で押した。


「盾の割れ目は前へ向けるな。引っかかってこちらの足が止まる」


「横へ」


「横だ。相手に見せるのではなく、踏ませる」


本体兵が二人、盾を運ぶ。別の一人が壊れた箱を引きずる。空袋は捨てない。メイナがすぐに線を引いた。


空袋は戻す。矢束空箱も戻す。濡れ毛布は半分捨て。割れ盾と壊れ箱は右下。火種は壁際。


「空箱まで戻すのか。箱だぞ」


「戻します」


「矢を束ね直す時に使います。今ここに置くと、濡れた箱になります」


本体兵はまだ不満そうだった。だが、空箱を抱え直した。紙に書かれた物は、勝手に捨てにくくなる。


北の段から戻る二便目が見えた。歩ける者二/白灰なし/細縄残置/火なし。後ろに土煙。


「急げ」


本体兵が言いかけた。


「走らせるな」


エルクの声が先に出た。


「走れば、戻る口で倒れる。歩かせろ。腕を貸せ」


戻る場所へ二人が入る。車へ寄ろうとした兵を、エルクが肩で止めた。


「荷を先に下ろせ。本人は息を整える。荷は」


「粉麦袋なら車へ。濡れ毛布なら右下。白灰はない/細縄は残した/火はない。聞こえただろう」


言いながらエルク自身が、人と荷、残した物と火の順で確認している。


戻す場所で見る順番が、少しずつ体に入っている。


受ける線を書き直した。弓は左二/槍は右三/戻る口は中央空け/荷捨ては右下。


「中央を空けると、薄くなる」


本体兵が言った。薄くして、通る場所を右へ寄せる。寄らなければ荷に足を取られ、越えれば槍が受ける。


「槍を抜けたら」


そこで、エルクが答えた。


「戻る口へ入れない。俺が止める」


本体兵が初めてエルクのほうを見た。


剣を抜いていない。だが立っている場所ははっきりしている。前へ出るのではなく戻る口の手前にいる。そこに立つ者がいるだけで、中央を空ける意味が変わる。


「弓を左へ」


右下へ寄った相手を狙わせる。前へ出さない。槍は右で受け、追わない。


「追わない?」


「追えば、戻る口が開きます」


本体兵の顔に、嫌な色が浮かぶ。


追わない。勝ちに行かない。押し返さない。撤退戦の言葉は、どれも兵の足を重くする。


ミリアからの二度目の返しが届いた。


南門は半食維持/止める車一台減/戻る車一台追加/負傷者受けは火前二列へ。


「南門が車を出しました。戻る車が増えます」


読み上げる。


「なら、今のうちに右下を作り切ります」


捨てる荷の欄へ印を入れた。


濡れ毛布三/割れ盾二/壊れ箱一。


「三枚も捨てるのか。三枚」


エルクに聞かれ、一枚では道が残り、四枚では戻る口の車輪が取られると答えた。


「はい」


エルクが濡れ毛布を見た。


「三枚だ。四枚目は戻せ」


本体兵が従う。命令の出所を迷わなかった。レインの紙を見て、エルクの声を聞いた。紙と声が同じ方向を向いているなら、兵は動きやすい。


土煙が、薄い線ではなくなってきた。


まだ姿は見えない。だが、近づいていることは分かる。急げば乱れる。乱れれば戻る口が詰まる。詰まれば、本体前が終わる。


「時間を作ります」


板の下へ新しい欄を足した。


時間稼ぎ。荷捨ては右下。弓は左。槍は右。戻る口は中央。追撃なし。


「追撃なし」


エルクがその行を読み、書くのかと聞いた。書かなければ誰かが追う。エルク自身も追うかもしれない。だから書く。


短く息を吐いた。


「嫌な紙だ。だが、見えるところに置け」


「置きます」


板の上部へ同じ行を太く写した。


追撃なし/戻る口を空ける。


本体前の兵たちが、その二行を見る。誰も喜ばない。けれど、喜ばせるための紙ではない。


右下に濡れ毛布三枚/割れ盾二つ/壊れた箱一つが置かれた。車輪の芯は残り、人の足は迷う。


戻る車が一台、南から上がってきた。


エルクが戻る口から動かずに叫んだ。


「車は中央へ入れるな。左から回せ。負傷者を乗せたら、すぐ戻す」


「荷は空袋と空箱だけ。濡れ毛布は捨てた。粉麦は本体へ置け」


言い終えて、少しだけ顔をしかめた。


自分の声が、紙の順番になっていることに気づいたのだろう。


それを見ても笑わず、ガレスが言った。


「いい」


本体前の線が、初めて形になった。


荷を捨てる場所/兵を転じる場所/車を戻す場所。敵を止める場所ではない。敵に少し余計な足を使わせ、その間にこちらの車を逃がす場所だった。


丘の向こうの土煙が、さらに太くなった。


板の端を押さえた。


「次の車が戻るまで、この形を崩しません」


戻る口でうなずきが返る。


「崩したら、大敗になります」


本体前の兵たちが紙を見た。


勝つ紙ではなく、負けを広げない紙だ。初陣の本体前で最初に作った時間は、濡れた毛布三枚分だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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