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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十七章 敵より先に飢える兵たち

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止める車列

濡れていたのは、紙の端だけだった。戸口で息を整えていた兵が、それを台へ差し出す。


土煙増/北谷口下りに戻る影なし/第一砦は火なし。浅い沢に車輪跡。本体までまだ距離あり。


最後の行がいちばん軽く見える。まだ距離がある。その一言に寄りかかれば、今日の紙は遅れる。


「距離があるうちに、車を分けます」


古い体裁の紙を台の中央へ置いた。上げる物/下ろす者/残す物/戻る車/空で返さぬ車/止める車。昨日まで道倉の中で使っていた欄が、今日は南門まで伸びる。


商隊控えが重ねられた。


「南門にいる車は七台です」


筆が持ち上がる。


「内訳を」


「穀商二/布商一/塩商一/炭商一/縄商一/空荷一」


「出せる車は」


「すぐ上げる車二/下ろしに使える戻り車一/南門で止める車三/空荷は条件待ちです」


台の線へ目が落ちた。


「止める車を数に入れるのか」


「入れます。上へ出せない車でも、南門で粉麦を炊けます。毛布を乾かせます。空袋を集められます。上げない車にも役があります」


「動かない車を車列と呼ぶのか」


「呼びます。動かさないことで、道倉の車を空けます」


「戦場へ行かない商人まで紙に入れる」


「入れなければ勝手に消えます」


南門のざわめきが、道倉まで届いたように思えた。商人たちは命令だけでは動かない。荷が濡れる/車輪が悪い/馬が弱い/戻る時刻がない。理由を消すのではなく、先に欄へ入れる。


領の紙が開かれた。


「南門で止める車にも、領の印を出します」


「印があれば、勝手に逃げた車と止めた車を分けられます」


「止めた車は」


「南門火前の粉麦/毛布/空袋。そこまでを受け持ちます」


「上げる車は」


「火種/水袋/乾き縄/薪」


「下ろす車は」


「負傷者/濡れ毛布/空袋/束紐」


メイナの筆が三つの欄を横に並べる。上げる車二/下ろす車一/止める車三/条件待ち一。


「条件待ちは何を待つ」


「雨です。布商の荷台を上げるなら雨が止んでから。止まなければ南門で毛布乾かしへ回します」


「布商は嫌がる」


「嫌がります。だから上へ出すとは書きません。南門で使うと書きます」


台の端では乾き縄がほどかれていた。


「言葉ひとつで車輪が残るなら、安い」


「言葉だけでは残りません」


別紙が出された。


「代価/損/戻し時刻。この三つを添えます」


「商売の紙だな」


「はい」


「戦の紙ではない」


「戦の中で使う商売の紙です」


道倉の外で、小車の軋む音がした。塩商の車が戻った。荷台には濡れ毛布と空袋が積まれている。負傷者は乗っていない。


「負傷者は」


戸口へ向く。


戻った兵は息を整えてから答えた。


「本体で止められました。代わりに濡れ毛布と空袋を戻せ、と」


「なぜ止めた」


「足が悪い者より、肩を切った者が先に出るそうです。まだ車が足りません」


下ろす者の順番が変わる。戻り車は一台。足の悪い者を乗せる予定だった車に、別の負傷者が乗る。どちらを先にするかは、現場だけでは決められない。


紙をつかんだ。


「肩を切ったなら先だ」


「歩けるかどうかを見ます」


「切っているんだぞ」


「出血が止まっていて歩けるなら、足の悪い者を先に下ろします」


「肩の傷を軽く見るのか」


「車に乗せる順番の話です。治す順番ではありません」


言い分は正しい。だが聞いて気持ちのいい話ではない。エルクの手に力が入る。


「俺なら、肩を切った者を先に出す」


「では足の悪い者が北に残ります」


「弓が持てるなら残せる」


「前へ動く時に遅れます」


「本体はまだ動かない」


「動く時に、車がないかもしれません」


車がないかもしれない。人ではなく車。その言葉が、今日の台の上で一番強い。


負傷者の欄を見る。


「戻り車を増やせますか」


「南門の止める車を一台、下ろす車へ変えれば」


答えが返る。


「代わりに南門火前の粉麦が遅れます」


「どれくらい」


「一食分」


「火前の人数は」


「昨日より四人増えています」


一食分。四人。肩を切った者。足の悪い者。数字が人の顔を隠すのではない。逆だった。数字にしないと、誰の顔を置き去りにするか見えなくなる。


ゆっくり息を吐いた。


「どう動かせばいい」


誰も口を挟まなかった。その問いは怒鳴り声ではない。命令でもない。負けを認める言葉でもない。ただ、自分の手だけでは足りないと分かった声だった。


台の三つの欄を指で押さえる。


「下ろす車を一台増やします。ただし、南門の粉麦を半食に切ります」


「半食」


「南門の火前で水を増やして薄くします。腹は満ちません。でも、車は戻せます」


「民に薄い飯を出すのか」


「はい」


「負傷者を下ろすために」


「はい」


視線がミリアへ向く。決めるのは領主代理だ。だが、問いを出したのはエルクだった。逃げずに次の紙を見る必要がある。


筆が取られた。


「南門火前、半食」


控えに写される。


「下ろす車、一台追加」


「肩を切った者と、足の悪い者。どちらも下ろします」


「上げる荷は」


「薪を半束減らします」


炉端で顔が上がった。


「北の段が冷える」


「乾き縄を一本、火持ちに回します」


「縄を燃やすのか」


「古い乾き縄です。張る分ではありません」


少し考え、うなずいた。


「燃えは悪い。だが、ないよりましだ」


商隊紙が書き直される。止める車二/下ろす車二/南門火前半食。粉麦は薄くする/薪は半束減/乾き縄一本を火持ちへ。


「水増し、と書くのか」


「薄くする、と書きます」


ミリアが答えた。


「水増しはごまかしに見えます」


「薄くするなら」


「足りないから薄くすると分かります」


紙を見る。


「足りないことばかり書く」


「足りないから、動かせます」


小さくうなずいた。


「足りているふりをしたら」


「南門で飯を炊きすぎます。車が残りません」


「車が残らなければ」


「負傷者が下りません」


「負傷者が下りなければ」


「本体の動きが遅れます」


そこで台の線を見る。上げる車。下ろす車。止める車。三つの線が、初めて一つの動きに見えたようだった。


「分かったとは言えない」


「言わなくていいです」


「だが今はその紙で動かす」


「はい」


署名が入り、赤い紐が結ばれる。


「南門へ。道倉へ。北方砦本体へ。同じ内容で言葉を変えて出して」


領内用が作られ、商人向けに削られ、火と縄の行だけが見直される。下ろす車の欄から目は離れない。


戸口の外で二台の車が動いた。一台は北へ。一台は南門へ戻る準備に。もう一台は、南門で止められる。


動く車だけが戦うのではない。止める車も残る車も戻る車も、同じ紙の中で戦っていた。


北の段からの次の鈴が鳴ったのは、赤い紐の紙を出した直後だった。今度は三度。道倉の者たちの手が一斉に止まる。


「本体からではありません」


戸口の兵が濡れた紙筒を掲げた。


「北の段です。土煙、早まっています」


下ろす車の欄から顔が上がった。


「まだ距離があるんじゃなかったのか」


距離はある。だが、時間は減っている。


台の上の三本の線が、また細くなった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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