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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十七章 敵より先に飢える兵たち

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古い体裁の紙

炭商の車が戻る前に、ルシアが細い包みを道倉へ持ち込んだ。


粉麦でも薪でもない。水袋でも弓弦でもない。油を抜いた薄い布にくるまれ、外側を古い紐で縛ってある。荷車の荷ではなく、棚の奥から出したような包みだった。


「古書商を通じて届きました。荷の紙ではありませんが、今の道倉に使えます」


エルクが眉を寄せた。


「古書が戦に使えるのか」


「本ではありません。写しです」


紐をほどくと、薄い紙が三枚出てきた。新しい写しではない。端は黄ばみ、字はところどころ薄い。それでも行の取り方だけは妙にはっきりしている。


上へ送る物/下ろす者/残す物/空で返さぬ車/火/食/矢。


「昨日の紙に似ています」


メイナが小さく言った。


道倉の台には、まだ三本の線が残っている。上げる線/下ろす線/残す線。その横へ古い写しの行を置くと、言葉は違うのに形が合った。


写しの端を押さえる。


「誰のものですか」


「古書商は出どころを書いていません。書いてあるのは、写した者の癖だけです」


「癖」


「同じ言葉を繰り返さない。荷は袋で数えず、食べる回で数える。車は台数ではなく、戻る回で数える。そういう癖です」


ガレスが台の向こうから手を伸ばした。


「見せろ」


一枚目を持ち上げる。字を読むというより、行の幅と欄の位置を見ていた。しばらく黙り、二枚目をずらして三枚目の下を指でなぞる。


「見たことがある体裁だ」


道倉の火が小さく鳴った。


「どこで」


エルクがすぐに聞く。


「今は言わん」


「なぜ」


「言えば、そっちを探す。今は紙を使え」


写しが台へ戻された。


「古い書式だ。だが古いだけではない。負けている時の紙だ」


「負けている時」


「勝っている時は、こんな欄はいらん。上げる物・下ろす者・残す物を同じ行に置くのは、全部が足りない時だ」


ミリアが写しの右端を見た。


「負けている時の紙を、使うのですね」


「負けないために使う。勝っているふりをする紙よりは、ましだ」


昨日から何度も足りないまま返している。矢束二つを一本にし、負傷者二名を一名ずつ下ろし、粉麦を今夜分だけ送った。勝っている紙ではない。けれど嘘の紙でもない。


古い写しの項目が、道倉の控えへ移されていく。上げる物/下ろす者/残す物/戻る車/空で返さぬ車/火/食/矢。


「空で返さぬ車が、独立しています」


「そこが大事だ」


ガレスが指で叩く。


「荷を送る者は、送ったことだけ覚える。戻りを忘れる。戻りを忘れた車は、次の日にはない」


ルシアが静かにうなずいた。


「商人も同じです。戻る約束のない車は、次から来ません」


「昔から変わらん」


エルクが「下ろす者」の行を見る。


「負傷者も、荷と同じ欄か」


「同じ車に乗るからです」


「人と荷を同じに扱うのか」


「同じにはしません。ただ同じ車に載るものとして数えます」


「嫌な紙だ」


「はい」


「だが間違えにくい」


エルク自身が嫌だと言いながら間違えにくいと認めた。道倉の台にあるのは、そういう紙ばかりだった。嫌だが間違えにくい。情けないが嘘ではない。弱いが次につながる。


北方砦本体からの返しが、昼前に届いた。


炭商車受け。矢束一、中身確認済み。粉麦今夜分受け。負傷者一戻し開始。残り一、夕方待ち。不足継続。


最後の行だけ筆圧が強い。不足継続。


それでも紙は戻ってきた。拒まれてはいない。足りないまま、現場が受けた。


ミリアが古い写しと本体の返しを並べた。


「この書式で、次を作れますか」


「作れます。今日の夕方分を、この順で組みます」


道倉の控えを引き寄せる。


上げる物は薪を北の段へ/粉麦と乾き弓弦を北方砦本体へ。下ろす者は本体の負傷者一/北の段の足を冷やした見張り一。残す物は北の段見張り分の矢/道倉半分の火種/南門火前の毛布。


戻る車は炭商が夕方/塩商が昼まで/布商は雨が止めば。空で返さぬ車は炭商に負傷者一と空袋/塩商に濡れ毛布/布商に返却毛布のみ。


「布商は雨が止めば、か」


「止まなければ」


「止める車にします。南門から先へ出しません」


「書式にない欄だ」


「足します」


ガレスが少しだけ口元を動かした。


「古い紙を写すだけなら、古いままだ。今の雨を書け」


新しい欄が加わる。止める車/雨天の布商/南門粉麦/火前毛布。


ルシアがその欄を見てから言った。


「古書商へも返します。この写しを買い取るだけで終わらせません。似た体裁の紙があれば、写しを求めます。名前はいりません。項目だけでいい」


「古書商が応じるか」


「応じる条件を書きます」


エルクが半ば呆れたように息を吐く。


「また条件か」


「条件なしの頼みは、忘れられます」


別紙に短く書かれた。古い軍務写し/項目優先/名不要/体裁重視/代価後払い不可。


「後払い不可?」


「古書商は後払いを嫌います。商隊と違って、同じ道を何度も通りません」


ミリアが聞く。


「払えるのか」


「フェネルで先に立て替えます。ただし領の控えに残してください」


代価欄ができた。古書商写し/フェネル立替。領控え/後日精算。項目写し/優先。


「写しが増えれば紙が増えます」


「紙が増えても飯は増えない」


「飯を動かす順番は増えます」


「順番だけで」


「順番がなければ飯は止まります」


エルクはもうすぐには反論しなかった。古い写しの行を見ている。そこに勝つための大きな言葉はない。あるのは上げる物/下ろす者/残す物/戻る車。道倉の台で昨日から書いている、嫌な現実ばかりだった。


戸口から、炭商の車輪音が近づいた。


戻りだ。


車の後ろには負傷者が一人座っている。足を布で固め、弓は持っていない。代わりに空袋と束紐が積まれていた。


エルクが弓のない手を見た。


「本人は嫌がったか」


戻った兵が答える。


「弓を置くのを、二度見ました」


「それで終わりか」


「反応はそこまでです」


台の紙へ目が落ちた。下ろす者/残す物/弓は北方砦本体/人は南門。


嫌な分け方だ。だが人は戻った。


「次の夕方分」


ミリアが言った。「この古い体裁で組みます」


写しが重ねられ、商隊向けに削られ、矢と火の行だけが残される。道倉の台で古い紙が今の紙へ変わっていく。


ガレスが最後に三つの項目を押し出した。


上げる物/下ろす者/残す物。


「この三つだけは、順番を崩すな」


「理由は」


「崩すと、人を荷の下に書く」


その声は低かった。


「荷の下に書いた人は、最後に忘れる」


三つの項目を自分の控えに写した。上げる物。下ろす者。残す物。順番を崩さない。


外では、土煙の報告を持った北の段の兵が道倉の戸口で息を整えていた。まだ入ってこない。息を整えてから紙を濡らさず、読み違えずに渡すためだ。


そのわずかな間に、古い体裁の紙は夕方の車列へ組み込まれていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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