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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十七章 敵より先に飢える兵たち

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三本の戻り道

道倉の台に、三本の線が引かれた。


上げる線/下ろす線/残す線。


どれも同じ道を通る。だが同じ車に載せれば必ずどれかが遅れる。火種を上げる車に負傷者を乗せれば戻る時間がずれ、矢束を載せれば薪が減る。粉麦を優先すれば毛布が南門で止まる。


「三本を一本にしない。同じ道でも、役目は分けます」


台の端へそう書くと、エルクが線を見下ろした。


「道は一本だ」


「だから紙を三本にします」


「紙で道は増えない」


「混ぜる荷は減ります」


言い返さなかった。納得ではない。昨日から見ている車輪の数が、言葉の前に置かれているだけだ。


上げる線の下に、北の段へ送るものが並ぶ。薪/火種/水袋/粉麦は次便。


「粉麦を次へ回すのか」


「薪が先だ」


ガレスが答えた。


「夜の見張りが凍えれば粉は食えん」


「飯を後回しにする理由が火か」


「飯にするための火だ」


下ろす線には北の段から戻すものを書く。負傷者一/空袋/濡れ毛布/使用済み矢束の束紐。


「束紐まで下ろすのですか」


メイナの問いに、束紐の横へ小さな丸をつけた。


「下ろします。束紐が戻れば、何本使ったか数えられます。空の束が戻らなければ、矢が残っているのか使ったのか分かりません」


エルクの顔が上がる。


「矢を数えるために紐を戻す」


「はい」


「細かい」


「細かいところから減ります」


ガレスが古い矢束を一本ほどいた。矢羽の欠けた矢二本・まっすぐな矢三本・折れた矢一本に分ける。


「見ろ。束にすれば六本。使えるのは三本/直せるのが二本/捨てるのが一本だ」


「束で数えるな、と」


「戦う前は束でいい。戦いが近い時は本数で見ろ」


残す線の下には新しい欄ができた。矢は使える本数/直せる本数/捨てる本数。弓弦は乾き分/湿り分。


「北の段に矢を上げますか」


「上げません」


エルクが反射のように口を開いた。


「見張りに矢はいる」


「今ある分を数えて残します」


「足すのではなく」


「足すと薪が遅れます」


「敵が来たら」


「北の段は止める場所ではありません。見る場所です」


砦を捨てるか残すかで何度も使った言葉が、また台の上へ戻る。見る場所/止める場所/戻す場所。同じ地名でも役目で分ける。分けなければ弱い場所へ物が吸われ、吸われた物は強い場所から消える。


ミリアの指が、残す線の右で止まった。


「止める場所は」


「北方砦本体です」


「なら矢束は」


「本体へ寄せます。ただし北の段には見張り分を残します」


「道倉は」


「予備ではなく、分ける場所です。ため込みません」


「ため込まない」


「はい。道倉が抱えれば、北の段も本体も痩せます」


ルシアが商隊紙を重ねた。


「商人車は、ため込まれる場所を嫌います」


「なぜだ」


「荷が止まる場所は、次に責任を押しつけられる場所だからです。道倉が荷を抱えすぎると、商人はそこへ近づきません」


「戦時の車列に組んだのに」


「組んだからこそ、逃げ道も書きます」


商隊向けの紙に短い行が足された。道倉は荷止め不可/受けた荷は同日振り分け/戻り車は空で返さない。


「空で返さない、か」


「はい。上げた車は下ろす物を持って戻す。人・空袋・濡れ毛布・束紐。何もなければ石でも載せたいくらいです」


ガレスは笑わずにうなずいた。


「空で走る車ほど、腹が立つものはない」


「石は載せません」


「分かっている」


少しだけ台の周りが緩む。だが紙の線は緩まない。


戸口から北方砦本体の兵が入ってきた。肩に泥が跳ねている。


「本体からです。矢束二つ要求。負傷者二名下ろし希望。粉麦、今夜分不足」


三つが同時に来た。矢。人。飯。台の上の三本の線が、そのまま現場から戻ってきた形だった。


紙を受け取ったエルクが言う。


「全部は無理だな」


誰も驚かなかった。無理だと怒るのではなく、無理だと認める声だった。


三本の線をそれぞれ押さえる。


「矢束は一本。本体へ」


「一本だけか」


「二本上げると粉麦が遅れます」


「負傷者は」


「一名を先に下ろす。もう一名は夕方の戻り車」


「粉麦は」


「今夜分だけ本体へ。明朝分は南門から上げ直します」


エルクが台の端を見た。


「二つ要求されて一本。二名下ろしたいのに一名。飯は今夜だけ」


「はい」


「足りない返事ばかりだ」


「足りないまま返します」


ミリアが筆を持った。


「足りているように返せば、次の紙が嘘になります」


エルクは口を閉じる。


返事の紙に署名が入った。北方砦本体へ矢束一、粉麦今夜分。負傷者一を先下ろし、もう一名は夕方戻り。不足継続。


最後の行を見て、砦兵の顔がこわばった。


「不足と書くのですか」


「書きます」


ミリアの声は変わらない。


「隠して送れば、現場が足りると思います」


砦兵は紙を受け取り、深く頭を下げた。


「足りないまま受けます」


その返事は重かった。足りないまま受ける。戦場では、たぶん何度も言うことになる。言うたびに誰かの顔が削れる。だが言わなければ、次の車が間違う。


ルシアが商隊紙へ本体向けの車を入れた。


上げる車は炭商。荷は矢束一、粉麦今夜分。戻りは負傷者一・空袋・束紐。夕方便で負傷者一。


「炭商に粉麦を載せるのか」


「袋を二重にします。炭の粉がついたら、領で見る。そう書きます」


「炭商は嫌がる」


「嫌がります。だから戻りに空袋と束紐を載せるだけでなく、次の炭車を南門止まりにします。上まで来るのは一度だけ」


「商人の機嫌まで見るのか」


「車輪を残すためです」


エルクは苦い顔でうなずいた。


「車輪を残す」


自分の中で確かめるような声だった。


ガレスが矢束を一本持ち上げた。


「本体へ行く矢は、湿りを外せ。湿った弓弦も一緒に送るな。使えない物を送ると、向こうで数が狂う」


矢の欄が書き直される。矢束一、中身確認済み。湿り弓弦は道倉残し、乾き弓弦を一本添え。


「これで一本が一本になります」


「束は一本でも中身は違う」


「はい」


「飯も同じか」


「同じです。袋の数ではなく一食の数で見ます」


「車も」


「同じです。台数ではなく戻る力で見ます」


エルクが道倉の外へ目を向けた。炭商の車はまだ空のまま待っている。車輪には泥がこびりつき、馬の鼻先から白い息が出ていた。あの車が上がる。矢と粉麦を載せる。戻りに負傷者と空袋を載せる。夕方にもう一人を下ろす。


一台で三つの線を通る。


だから紙を三本に分ける。


ミリアが返事の筒に赤い紐を結んだ。


「これを本体へ。走らない。だが、遅らせない」


兵がうなずく。


「難しい命令です」


「難しいまま、お願いします」


兵はもう一度頭を下げ、戸口へ向かった。外へ出る直前、北の段から別の鈴が鳴る。


短く二度。


道倉の者が、全員そちらを見た。


駆け込んできた兵の紙は、泥で濡れていた。


第一砦の向こう、土煙増。北谷口下りは戻る影なし。本体まではまだ距離あり。


「距離あり」


エルクが読んだ。


「なら、まだ間に合う」


「間に合わせます」


三本の線へ新しい印を入れた。上げる線は前倒し。下ろす線は戻り厳守。残す線は本体寄せ。


粉麦も薪も矢も負傷者も、もう待ってはくれない。敵の姿はまだ見えない。


だが、三本の戻り道は同時に細くなりはじめていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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