↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十七章 敵より先に飢える兵たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/144

確約なしの車

飼葉車、探索中。確約なし。


明朝用の控えに残ったその一行が、道倉の台で一番重かった。


粉麦の袋は数えられる。薪の束も数えられる。水袋も毛布も火種も、所在だけは書ける。だが来るかどうか分からない車は数にならない。数にならないものを頼りにすると、線が折れる。


「塩商の小車は昼までです」


商隊控えが台に広がる。


「炭商の車は、荷を下ろせば夕方から。布商の荷台は濡れを嫌います。穀商は南門止まりです」


控えには四つの欄ができた。塩商小車は昼まで/炭商は夕方から/布商は雨天不可/穀商は南門止まり。


「確約なしではありません。条件つきです」


エルクの顔が上がった。


「同じだろう」


「違います。確約なしは、来ないかもしれない車です。条件つきは、条件を満たせば来る車です」


「条件を満たせなければ来ない」


「はい。だから条件を先に書きます」


ルシアの指が、布商の欄で止まった。


「布商の荷台に粉麦は載せません。濡れれば、布も粉も損をします。代わりに返却毛布を載せます」


次に炭商の欄を叩く。


「炭商の車は薪向きです。粉麦を積めば粉が黒くなり、南門で揉めます」


塩商、穀商の順に線が引かれた。


「塩商の小車は軽い。火種・水袋・弓弦なら運べます。穀商は南門止まりなので、道倉へ上げず南門の火前を任せます」


車を増やすのではない。車の嫌がる荷を外し、動ける範囲へ置き直す。昨日まで「探します」としか書けなかった欄が、条件と荷の欄へ分かれていく。


ミリアの視線が手元の紙へ落ちた。


「領の紙で借りる」


「はい」


「荷損の相手は」


「領で見ます。ただし条件外の荷を載せた場合は別です」


エルクが眉を寄せる。


「細かすぎる」


「細かくしないと、車輪が消えます」


その返事に、道倉の兵が何人か顔を上げた。


「商人は荷を奪われるより前に車輪を外します。車を出せと言われる前に壊れたことにする。そうなれば、車は紙の上にも道の上にも残りません」


「戦の時に」


「戦の時だからです」


短い返事を受け、ミリアはすぐ書いた。借りる車/載せる荷/戻す時刻/濡れた時の相手/壊れた時の相手/条件外の禁止。


「これで出して」


写しが作られ、商隊向けの短い紙に変わる。商人向けの言葉は領の命令よりさらに短い。どの車/何を載せる/どこまで/いつ戻す/誰が見る。それだけなら遠くまで届く。


道倉の台には、別の紙も並んでいた。今日守る数/今日食わせる数/今日温める数。その三つの横へ、新しい線を引く。今日動かせる車。


「人ではなく車か」


「今日は車です」


「兵がいても、車がなければ」


「薪は上がりません。粉麦も動きません。負傷者も下ろせません」


負傷者、という言葉で戸口の兵が紙筒を差し出した。北の段からだ。


足首をひねった者一。歩行遅い。弓は持てる。下ろし急ぎではない。


紙を読んだエルクの顔がしかめられる。


「急ぎではないなら残せる」


「残すと交替が遅れます」


「弓は持てる」


「歩けない弓は移動で遅れます」


「まだ戦える」


「戦えるかではなく次の場所まで動けるかです」


砦を捨てるか残すかで揉めていた頃なら、ここで言い返していたかもしれない。だが粉麦と薪と飼葉の欄が横にある。足をひねった一人を残せば、その一人の飯と火と交替が北の段に残る。


ガレスが車の欄を指で叩いた。


「下ろすなら、空で戻る車に乗せろ。負傷者のために新しい車を出すな」


「空車で」


「そうだ。上げる荷を下ろし、帰りに人を載せる。片道だけの車を作るな」


塩商の小車へ線が引かれた。


「昼までに火種と水袋を上げ、戻りで一名を南門へ。小車なので戸板は乗りません。座れる者だけです」


「足首なら座れる」


エルクは自分で言ってから、台の紙を見る。


「……弓は」


「弓は北の段に残します」


「本人から外すのか」


「下ろす人と、残す物を分けます」


昨日、砦にしたことを今度は人にする。人は戻す。使える物は残す。弓があれば交替の者が使える。本人に持たせて下ろせば道で荷になる。


紙の上で、エルクの手が止まった。


「嫌な分け方だ」


「はい」


「だが、分ける」


「分けます」


ミリアが北の段の紙に署名した。


負傷者一、塩商小車戻りで南門へ。弓は北の段残置。交替は道倉から一名。薪優先、粉麦次便。


「矢束は」


「今は動かしません」


「不足しています」


メイナの声に、エルクが顔を上げた。


「足りないのは分かっています。けれど、今日の小車では薪と火種が先です」


「矢より薪か」


「はい」


「敵が来ても」


「凍えた見張りは、矢を番えられません」


ガレスが低く笑った。


「それは昨日、誰かが言ったな」


エルクは睨む。


「覚えているなら言うな」


わずかに声はほどけたが、台の上の数字はほどけない。薪を上げれば粉麦が遅れる。粉麦を上げれば毛布が遅れる。矢束を上げれば負傷者が下りない。どれも正しく、どれも足りない。


ルシアが商隊紙をもう一枚作った。


「今日から、商人車を三つに分けます」


「三つ」


「上げる車。下ろす車。止める車です」


「止める車?」


「南門から先へ出さない車です。無理に上げると戻ってこない。南門で使えば、道倉の車を空けられます」


台の端に三列ができる。上げる車/下ろす車/止める車。その下に塩商・炭商・布商・穀商の名ではなく荷の種類を書いた。


火種・水袋・薪。負傷者・空袋・返却毛布。南門粉麦・火前毛布。


商人の名ではなく、車の役目で見る。そうしなければ頼みやすい商人にだけ荷が寄る。荷が寄れば、次の日にその商人の車輪が外れる。


「ここまでやるのか」


「ここからです」


ルシアの答えは早かった。


「戦っていないのに」


「戦う前に、車が減ります」


敵より先に減るものは粉麦だけではなかった。車も減る。引く馬も減る。出してくれる商人も減る。減る前に、紙へ入れる。


ミリアが三列の紙に署名した。


「道倉止まりの商隊を、今日から戦時の車列に組みます。荷を奪わない。条件を書いて借りる。戻す時刻を書く。壊した時の相手を書く」


声は高くない。けれど台の周りの者が全員聞いた。


「それなら、明日も車が来ます」


「明日も要る」


「はい」


道倉の外で小車の車輪が鳴った。塩商の小車だ。昼までしかない軽い車。それでも火種と水袋を上げ、戻りで負傷者を下ろせる。


確約なしだった一行が、ようやく一台の車になった。


今日の車列控えが作られていく。上げる車一/下ろす車は戻りで一/止める車は南門二。条件つき四、確約なし残り。


最後の行はまだ消えない。消えないからこそ、明日の紙に残せる。


塩商の小車へ載せる荷をもう一度見る。火種・水袋・薪少量・空いた席一。北の段へ上がるものと北の段から下りるものが、同じ車に並ぶ。


敵の姿はまだ見えない。


それでも、戦いはもう車輪の上で始まっていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。