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7、◆ペテンの犠牲2:化粧水詐欺

 ◆ペテンの犠牲者その2:化粧水詐欺にご用心



 ── チーラとパールの搔き集めた情報をもとに、3番目の詐欺を女公爵に決め、次女のベージュメインで計画を勧めることになったのだが ──






 ヘッジホッグ王国の近衛騎士団長、ブラント・シルバーパイド公爵は、鏡の前で深くため息をついた。


「肌が痛い……この化粧水、どうもおかしい」


 銀髪を赤い瞳が不満げに映す。


 隣国から輸入したという高級化粧水「ルナ・グロウ」は、確かに最初の数日は肌がつるつるになった気がした。しかし1週間も経つと、頬に赤みが出始め、ひりひりとする感覚が消えなくなったのだ。


「閣下、今日も顔が赤いですね」


 側近の騎士が心配そうに声をかける。


 ブラントは現在22歳。アラレリクス王子の同期でありながら、すでに近衛騎士団長という重職を任されている。


 その端正な顔立ちは女性貴族たちの間で評判だが、最近は肌荒れが気になり、前回の洋品店事件の通報などのような有事の際はともかく、社交の為だけで人前に出るのは億劫になっていた。


「心配させたようだがな、たぶんただの……季節の変わり目のせいだろう」


 そう言いながらも、ブラントの心には疑念が渦巻いていた。


 この化粧水を売りつけた商人のマグナという異国の男は、確かに


『騎士団長閣下には通報の件ではご迷惑をおかけいたしました。つきましては、お詫びと言ってはなんでございますが。


 閣下にふさわしく、特別に最高級の材料だけを使った商品を提供いたしたく参った次第でございます』


 と熱心に勧めてきた。


『ただし値段は勉強させていただきますから』


 などと低姿勢の割に、それ相応にかなり相当なものだった。


 しかし今思えば、あの商人の笑顔にはどこか薄気味悪さを感じた。長年、近衛騎士団長という職務の中で培ってきた感のようなものではあるが。






 一方。


 スタンダードグレー伯爵家では、次女のベージュが小さな実験室で鼻をくんくんさせていた。


「うう~ん……このジャスミンでは香りが弱いわね。もっと南斜面で育ったものを使わないとかしら」


 彼女は、母ベルベットから受け継いだ美的センスと、独自に研究した薬草の知識を駆使して、化粧水と香水の開発に没頭していた。


 桃色の髪を無造作に1つに束ねただけだが、灰の瞳は真剣そのもの。


「ベージュ、新しいお客様の情報よ」


 三女のパールが厨房から駆け込んできた。


 手にはペットのチーラが運んできたという小さな紙切れだが、れっきとした重要な情報のメモがある。


「前回、怪我を治して差し上げた近衛騎士団長のシルバーパイド公爵閣下なのだけど、今度は肌荒れに悩んでいるそうよ。しかも、使っているのは巷で人気のあの『ルナ・グロウ』だって……」


 ベージュの目が輝いた。


「あの鉛入りの紛い物化粧水のことだよね!  そりゃ肌が荒れるのに決まってるじゃない」


「チーラがマグナの店から成分表を……借りてきてくれたわ」


 パールが言うと、脚元でチンチラのチーラが得意げにしっぽを振った。お手伝いする度に褒美のドライフルーツをもらえると味を占めてから、張り切って働いてくれるようになったのだ。


 まあもしくは、自分が情報を提供するおかげで伯爵家の指針が決まるのだと、一丁前に伯爵家の一員として役に立っていると自負してるつもりなのかもしれない。


 成分表を一目見たベージュは、顔をしかめた。


「これはひどいものだわ。長期間使い続ければ皮膚と肌がただれる程度で済めばいい方。だけどそれ以上に精神的にも身体的にも内側まで荒らす可能性もあるわ。


 でも……これってチャンスかもしれないわね」


 彼女の頭には、既に計画が浮かんでいた。






 数日後。


 ヘッジホッグ城の庭園で開かれた王家主催による正式な茶会が開かれていた。


 今日は近衛騎士の仕事が非番なブラント公爵に合わせ、アラレリクス・ヘッジホッグ王太子から正式な友人として招かれたブラントは、近衛服でなく正装を着込んでいる。


 できるだけ日陰に座ったブラント公爵は、肌の赤みが目立たないよう祈るような気持ちで紅茶を啜っていた。


「あら、ブラント様、お顔の調子が……」


 隣席の高位貴族の老夫人が心配そうに声をかけてきた。


 苦笑いでブラントがごまかそうとしたその時、爽やかな香りが漂ってきた。


「失礼いたします」


 現れたのは、桃髪の若い女性。ベージュ・スタンダードグレーである。姉の伝手の宰相や母親の伝手の女公爵のおかげで、没落しかけた伯爵家とは言え、何とか今回の茶会の招待状を手にして参加したのだ。


 2人の苦労と妹の情報を無駄にしないためにも、チャンスを生かそうと手には小さなガラス瓶をいくつか持参して来たのだ。


「おや、これは。ベージュ伯爵令嬢でしたね。騎士団の怪我の件では本当に助かったよ」


「それはようございました、シルバーパイド公爵閣下。先日ぶりでございます。


 実はあれからも、薬草の効能について他にも学ぶようになりまして。見たところ閣下、お顔のご様子から察するに、もしかして『ルナ・グロウ』をお使いではございませんか?」


 ブラントは警戒した。


「どうしてそのことを?」


「実はあの化粧水、成分に問題があるとの噂が……」


 ベージュは控えめに言いながら、自分の持ってきた小瓶を取り出した。


「もしよろしければ、私が自然の薬草だけを使った化粧水をお試しになりませんか?  ただいま無料サンプルを配布しているのです。


 もちろん、お肌に合わないようでしたら、すぐに回収し、改善に努めますわ」


 周囲の貴族たちが興味深そうに見つめる中、ブラントはためらった。しかし肌のひりひりする感覚を思うと、藁にもすがる思いでもある。


「……そこまで勧めるのであれば、1度試してみよう」


 ベージュはサンプル用の小瓶から、ほんの少量をブラントの手の甲に垂らす。


 ひんやりとした感触、そしてほのかに漂うラベンダーとローズマリーの香り。


「これは『ムーンライト・デュー』と名付けました。全て王国産の薬草のみを使用し、鉛や有害な化学物質は一切含まれてございません」


 ブラントは慎重に肌になじませてみた。驚いたことに、すぐにひりひり感が和らいだ。


「これは……」


「効果はそうそうすぐには出ないでしょうが、1週間もすればお肌の調子が変わってくるはずです」


 ベージュは優しく微笑んだ。


「ただし、お値段が少々お高めでして……1瓶で金貨5枚となりますが」


 周囲からため息が漏れた。確かに高価ではあるが、「ルナ・グロウ」はそれ以上の値段だったのだ。


「では……試しに1瓶だけ使わせて頂こうか」


 ブラントが言うと、ベージュの目が微かに輝いた。


「ありがとう存じます。実は、香水もご用意しておりますの」


 彼女は別の小瓶を取り出した。


「『ナイト・ウィスパー』と名付けました。ほのかなスズランと杉の香りで、女性にも好評ですよ。ほんのり香る香水や、いい化粧品を女性にプレゼントすれば、もてますわよ?」


 茶会に参加していた若い女性貴族たちが、一斉にブラントを見つめた。


 騎士団長は顔を赤らめたが、今回は恥ずかしさからであったが、香水も購入することとなった。






 こうしてベージュの自然派化粧品ビジネスは、あっという間に上流階級の間で広まっていった。


 しかも確実に効果もあったからである ── 少なくとも、鉛入りの紛い物よりはかなりマシだったからだ。


 しかしベージュは、原価が金貨1枚にも満たないことを家族にだけこっそり明かしていた。


「薬草はほとんど庭で育てているし、瓶は母様がデザインした廃棄予定のガラス細工を再利用しているだけなんだもの」


 キッチンで家族に説明しながらベージュは、基本の製品に新たな材料を混ぜていた。


「でも本当に肌に良いものを作っているのだから、詐欺じゃないわよ……多分」


 長女のエボニーが苦笑いした。


「多分が気になるわね」


「でも、シルバーパイド公爵閣下の肌は確かに良くなっているそうよ」


 パールがパンを焼きながら教えてくれた。


「チーラが騎士団長様の邸に偵察に行ったら、鏡の前でにこにこしながら化粧水をつけていたんだって」


 ベルベット夫人がため息をついた。


「それにしても、あの騎士団長、ベージュのことを気に入ったみたいね。先日もわざわざお礼に来て、それからというもの、週に1度は化粧水を買いに来ているそうじゃない」


 ベージュは顔を赤らめた。


「そ、それはお客様として誠実に対応しているだけですわ!」


「誠実にねえ……」


 エボニーがいたずらっぽく笑った。


「原価の5倍で売りつけておきながら?」


 家族の笑い声がキッチンに響いた。


 彼らはこの詐欺であり、高級販売が、侯爵への復讐のための資金作りであることを忘れてはいない。しかし同時に、ブラント公爵が本当にベージュに好意を寄せ始めていることも、薄々気づいていたのだから。






 数週間後。


 ブラントの肌は見違えるように改善した。


 彼は感謝の気持ちを伝えようと、スタンダードグレー伯爵家を訪れる回数がますます増えていった。しかも毎回、高額な化粧水を購入し、ついでにベージュと薬草談義に花を咲かせるのである。


 そんな晴れた日の午後。


 ブラントは勇気を振り絞って告げた。


「ベージュ嬢……もしよろしければ、今度の舞踏会に、私のパートナーとしてご一緒していただけませんか?」


 ベージュは驚いた。彼女の計画はあくまで詐欺であり、高級販売であり、感情が絡むことなど想定していなかったからである。


「そ、それは……」


「化粧水のお礼だけではありません」


 ブラントの赤い瞳が真剣にベージュを見つめた。


「あなたの、薬草への情熱や、人を想う優しさに……心を打たれたのです」


 ベージュは母と姉妹たちがこっそりのぞいているのを感じた。彼女たちはきっと、面白がっているに違いないと。


 しかし、ブラントの誠実な眼差しを見ていると、彼女の心も少しずつ動き始めていたのは確かである。これは計画外の展開だったが……悪い気はしていない。


「……お……お受けいたします」


 ベージュが微笑んだ。


「ですが、その前に新しい香水を試してみませんか? 『ダンス・オブ・ドリーム』という新作で、舞踏会にぴったりなのですよ。特別価格で金貨7枚ほどになりますが」


 ブラントは笑ってうなずいた。


「喜んで」


 こうして、スタンダードグレー家の次女は、化粧品詐欺であり、高級販売のターゲットを、いつの間にか結婚の候補者に変えてしまった。


 もちろん、借金返済のための資金集めは続く ── ただ、これからは夫となるかもしれない男性から、より多くの金を引き出すことになるだけだが。


 キッチンの影から、パールがエボニーにささやいた。


「次はお姉様の番だね。宰相様との絵画詐欺である高額取引が、どうやら本当の恋に発展しそうだし」


 エボニーは顔を赤らめて妹を睨んだが、否定はしなかった。


 スタンダードグレー伯爵家の悪徳貴族懲らしめ部隊作戦は、思わぬ方向に展開し始めていた。詐欺の犠牲者たちが、なぜか家族の一員になりつつあったからだ。


 ベルベット夫人が、窓辺で編み物をしながらほほえんだ。


「グレイ……見てる? 私たちの娘たち、本当にたくましく育ったわ」


 だが、まだ油断はできない。


 アグーチ・ブルーパッチド侯爵に、彼女たちが動いていることを知られれば、必ず邪魔をしてくるに違いないからだ。


 次の標的 ── マーシャル・ポーキュパイン女公爵への宝石詐欺計画も、慎重に進めなければならないだろう。


「さて、次も私の出番ね」


 ベージュが鏡の前でポーズを決めた。


「女公爵様に、特別な化粧水と香水をプレゼントしないと。もちろん、効果抜群で高級なものをね」


 一家は笑い声を上げた。


 彼女たちの戦いはまだ始まったばかりだ ── 借金を返し、父の敵を倒し、そして何より、家族として生き延びるためにも。






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