6、◆ペテンの犠牲1:絵画詐欺
◆ペテンの犠牲者その1:絵画詐欺
── チーラとパールの搔き集めた情報をもとに、2番目の詐欺を宰相に決め、長女のエボニーメインで計画を勧めることになったのだが ──
ヘッジホッグ王国の首都は、今日も朝から賑わっていた。
スタンダードグレー伯爵家の屋敷では、三女パールが早朝の新聞配達から戻り、母ベルベット夫人が新しいドレスのデザイン画に没頭しているところだった。
「お母様、宰相ダウリア大公の動向について、チーラが情報を持ってきました」
パールが肩に乗せたチーラを指さす。得意げにしっぽを振った小さなペットは、前足で空中に文字を書くような仕草をした。
「あら? 宰相閣下は近々、絵画の収集を始めることらしいって」
長女のエボニーが2階から降りてきながら教えてくれた。
彼女の手には、油絵の具がついたパレットが握られている。
「ちょうどいいわ。あのバンセント・ファン・コッパの未発見の新作の準備ができたところよ」
「姉上、本当に大丈夫なの?」
次女のベージュが心配そうに紅茶のカップを置きながら尋ねた。
「宰相閣下は、王兄である国王陛下とは母親も身分も違う侯爵家出身の側妃殿下の息子とは言え、王弟様なのよ。もしばれたら……」
「大丈夫だって」
エボニーはいたずらっぽく笑った。
「だって、本物のファン・コッパの絵自体、そもそも存在してないんだから。私はただ……もしファン・コッパがこんな絵を描いたら? という想像の作品を作っただけだもん」
その言葉に、一同は思わず笑い出した。彼女たちが編み出した詐欺計画は単純ながらも巧妙な部分もあるのだから ── 存在しない画家の新発見作品をでっち上げ、熱心な収集家に高値で売りつけるという作戦で。
数日後。
宰相ダウリア・ヘッジホッグ大公の屋敷に、1人の優雅な女性が訪れた。
ベルベット夫人である。「パラエ・キヌス」で特別に仕立てたドレスをまとった彼女は、エボニーが描いた絵画を持参してきた。
「閣下、お目にかかれて光栄です」
完璧な礼儀作法で挨拶をしたベルベット夫人は、絹の布で包まれた絵画をそっとテーブルに置いた。
「これが、噂のファン・コッパの新作ですか」
ダウリア大公は興味深そうに絵画を観てくれた。青い髪が光にきらめき、碧眼が好奇心で輝いている。
「はい、閣下。実はこの絵画、ホランドの小さな村で発見されたのです。本来の所有者はその価値に気づかないまま、倉庫にしまったままお亡くなりになったそうで」
ベルベット夫人は練習を重ねた台詞を流暢に語った。
「その後、美術商を通じて情報を入手した私の長女が、すぐに購入いたしました。ですが……家計の事情で手放さざるを得ない状況に」
絵画は確かに魅力的な作品に見える。
エボニーの才能は本物で、色彩の使い方、筆のタッチ、構図のバランス ── すべてが巨匠の作品だと言っても過言ではない完成度だったのだから。
「しかし、なぜ私に?」
ダウリア大公は疑い深い目を向けてきた。25歳とは思えないほどの鋭い観察眼を持っているようだ。
「閣下は美術愛好家として有名でしょう。特に、新進画家の支援に熱心だとも伺っておりますから」
うつむくとベット夫人は、わずかに声を震わせた。
「実は……亡き夫が残した借金のため、やむを得ず手放すことになったのです。せめて、……せめて、真の理解者である閣下の手に渡るならば……」
その演技は完璧なはずだ。
その証拠に、ダウリア大公の目が一瞬同情の色に変わったのを、ベルベット夫人は見逃さなかったのだから。
「では、鑑定をさせてください」
召使に命じた大公は、王国随一だという美術鑑定士を呼び寄せた。
鑑定の間、ベルベット夫人は冷や汗をかきながら待った。エボニーの技術は確かに素晴らしいが、専門家の目までごまかせるのかしら?
到着した鑑定士は、すぐさまルーペを手にすると、絵画を仔細に調べ始めた。
時間が経つにつれ、ベルベット夫人の心臓の鼓動は早くなっていく。
「……驚くべき作品です」
ついに鑑定士が口を開いた。
「筆致、色彩の使い方、絵の具の古び具合……すべてが17世紀の作品と一致します。ただし、このファン・コッパという画家については記録がございません」
「それは当然でしょう」
ベルベット夫人が即座に返した。
「彼は生前、ほとんど作品を売らず、地元の教会に寄付していたようなのです。この作品も、もともとは村の教会に飾られていたものだとかで」
ダウリア大公は腕を組み、考え込んだ。
「ふうむ……すると、値段は?」
「金貨180枚では、どうでしょうか」
ベルベット夫人が言うと、大公の眉が跳ね上がった。
「う~ん……それは高いな」
「この作品は2つとない掘り出し物ですわ。ですが、……実は他にも買い手がついていますのよ。ブレイズ・ホールデン子爵も興味を示しているとお聞きしております。
閣下が手に入れるチャンスは今だけかもしれませんわよ」
これはエボニーが仕組んだもう1つの策略 ── 競争相手を作り、焦らせることだ。
ダウリア大公の目が鋭く光った。
「ホールデン子爵? あの男は芸術のなんたるかを理解していない奴だぞ!」
その瞬間、ベルベット夫人は計画が成功することを確信した。男性のプライド ── 特に貴族同士の競争心 ── は時に理性を曇らせるのだから。
「わかりました。買いましょう」
ダウリア大公が宣言した。
「ですが、1つだけ条件があります。この取引について、誰にも話さないでください。特にホールデン子爵には」
「かしこまりました、閣下」
深々とお辞儀をするとベルベット夫人は、内心では勝利の笑みを浮かべた。
取引が成立し、金貨180枚がスタンダードグレー家の手に渡った夜、一家は小さな祝宴を開いた。
「やったわね、姉上!」
ベージュが姉を抱きしめた。
「金貨180枚よ! 借金がまた少し減るわ!」
「でも、これで終わりじゃないわ」
パールが真剣な面持ちで言った。
「宰相閣下は賢い方よ。いつか真相に気づくかもしれないじゃない」
「その時はその時よ」
エボニーはいたずらっぽく笑った。
「だって、本当に私がこの絵を描いたんだから。詐欺じゃなくて、単に……作者について誤解を与えただけだもん」
その言葉に一同は笑い転げた。彼女たちの詐欺は確かに違法だったが、誰も傷つけてはいない ── 少なくとも、金銭的に困っていない貴族から余分な富を少し分けてもらうだけなのだから。
数週間後。
思いがけない展開が起こった。
ダウリア大公から招待状が届いたのである。
「スタンダードグレー伯爵夫人とエボニー伯爵令嬢へ」
ベルベット夫人が声を出して読み上げた。
「先日購入した絵画について、さらに詳しい話をお伺いしたく……」
「罠かもしれないわ」
パールが警戒した。
「チーラに偵察に行かせましょうよ」
しかしエボニーは首を振った。
「いいえ、私が行くわ。もし詐欺がばれたのなら、すべての責任は私だけが取ればいいのだから」
「姉上……」
「お姉様……」
翌日。
エボニーは母と共に、再び宰相の屋敷を訪れた。ダウリア大公は前回よりもくつろいだ様子で2人を出迎えてくれた。
「来ていただいて早速なんだがね。実はね、スタンダードグレー嬢」
大公はエボニーをじっと見つめながら言った。
「あの絵画について、面白いことを発見したのです」
エボニーの背筋が凍りついた。もしかしてばれちゃった?
「この絵画には、現代の画材が使われている部分があることが判明してね」
ダウリア大公が続けた。
「特に、この青色の顔料は、20年前にしか開発されていないもののはずなのですよ」
沈黙が部屋を包みこんだ。
ベルベット夫人は娘の手を握りしめていた。
「つまり……詐欺だとでもいうのでしょうか」
エボニーが覚悟を決めて言った。
「どうか……どうか、母には罪を問わないでください。すべては私の計画なんです!」
すると、ダウリア大公は突然笑い出した。
「詐欺? いやいや、違いますよ」
2人はきょとんとした。
「私はこの絵画が現代の作品だと最初から気づいていましたよ」
大公が説明した。
「ですが、その技術の高さ、芸術性の深さに感動したのです。あなたは本当に才能がある。なぜ偽物として売る必要があったのでしょう?」
エボニーはうつむいた。
「借金のためなんです。父が残した大白金貨50枚分の借金を返すために……」
「大白金貨50枚分!」
ダウリア大公の目が見開かれた。
「それは……それは、確かに大変な金額ですね」
その後。
エボニーはすべてを打ち明けた。アグーチ・ブルーパッチド侯爵の手による詐欺、父の死、一家が生き延びるために始めた「ペテン」についてなどを。
話を聞き終えたダウリア大公は深くため息をついた。
「侯爵か……あの男の悪事については以前から疑っていました。ですが証拠がなくてね……」
突然、彼は何かを思いついたように顔を上げた。
「スタンダードグレー嬢、提案があります。いっそ、あなたの才能を正当な形で活かしませんか? 王室専属の美術顧問として」
エボニーは信じられないという表情で大公を見つめた。
「でも……私は詐欺師ですよ?」
「過去のことは水に流しましょう」
ダウリア大公は優しく微笑んだ。
「それより、あなたのような才能が闇に埋もれることの方が問題です。もちろん、報酬は十分に支払いましょう。借金の返済にも役立つのではないですか?」
その夜。
スタンダードグレー一家は、再び祝宴を開いた ── 今回は、詐欺の成功ではなく、新しい未来の始まりを祝っての宴を。
「でもね、お姉様」
パールが姉に言った。
「宰相閣下は、お姉様に好意を持っているみたいなのよねえ。招待状をくれた時から、ずっとお姉様のことばかり見ていた気がするのだけど」
「ば、ばかなこと言わないの!」
エボニーの頬が赤くなった。
「そんなことあるわけがないでしょう!」
しかしベージュも同意した。
「確かに。あの眼差しは普通じゃなかったわ。恋愛対象として見ているというより……芸術的な才能への憧れと、人間としての興味が混ざったような感じよね」
ベルベット夫人は微笑みながら娘たちを見つめた。借金はまだ膨大だったが、少なくとも1つの光明が見えた気がするからだ。
長女が正当な仕事を得たことで、彼女たちの「ペテン」生活にも変化が訪れるかもしれない。
「次は化粧品詐欺かしらね。近衛騎士団長ブラント公爵をターゲットにするのがいいってチーラの報告にあったわ」
パールが興味深そうに眉を上げた。
「ブラント公爵? あの銀髪赤目で、すごく厳格そうな騎士団長さんのことでしょう? でも、どうやって化粧品で騙すつもりなの?」
ベージュの目がきらりと光った。
「それはまだ秘密。でも、彼が使う輸入化粧品に問題があるのは確かなのよ。鉛が入っているから、長く使い続ければ肌が荒れるのは、当然だわ」
ベルベット夫人が優しく微笑んだ。
「私たちのやっていることは、確かに詐欺かもしれない。でもね。悪徳貴族から搾取されたお金を、困っている人々にも還元している。それに、彼らが使っている有害な商品から人々を守ってもいる」
エボニーがうなずいた。
「そうよ。私たちはペテン師だけど、ただのペテン師なんかじゃない。ちょっと風変わりな、悪徳貴族懲らしめ部隊になればいいだけなのよ」
その言葉に、家族全員が深くうなずいた。
外では月が雲間から顔を出し、スタンダードグレー家の屋敷を優しく照らしていた。
借金はまだ山ほど残っているし、侯爵という強大な敵もまだ倒していない。しかし、今夜だけは小さな勝利を祝おう。
だって、家族が一緒にいられることこそが、何よりの宝なのだから。
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