5、◆三女の奮闘?
◆三女パールの奮闘記?
── 三女パールがシンデレラみたいな? 埃塗れの恰好でとにかくガンバっちゃう奮闘記 ──
ヘッジホッグ王国の朝はまだ薄暗い。街路には冷たい霧が立ち込め、石畳を濡らしていた。
その中で、明るい金茶色の髪を簡素な布でまとめた少女が、新聞の束を抱えながら軽快な足取りで通りを駆け抜ける。
パール・スタンダードグレー。スタンダードグレー伯爵家の三女である。
「はい、今日の朝刊です!」
彼女は笑顔で新聞を配りながら、家々の前へ投げ入れていく。その動作は無駄がなく、まるで新体操の選手のような優雅さである。
実際、前世で新体操とバレエを嗜んでいたパールは、柔軟な身体と卓越したバランス感覚を持っていた。
それが今、新聞配達という単純作業にも洗練された動きを生み出していた。
「次は清掃区域だよね……」
新聞配達を終えたパールは、市の清掃員としての仕事に切り替えた。大きなほうきと塵取りを持ち、街の隅々まで掃除していく。
彼女の働きぶりは誰よりも早く、誰よりも丁寧なのだ。市役所の監督官たちも、この若い少女の勤勉さに感心していた。
「パールちゃん、今日も頑張ってるねえ」
通りすがりの野菜売りの老婆が声をかける。
「はい! ありがとうございます、おばさん。今日の野菜も新鮮ですね」
パールは笑顔で応えながら、掃除を続ける。その表情には、借金大白金貨50枚分という重圧を感じさせない明るさがあった。
しかし心の中には、常に計算が巡っていた。
「朝刊配達と清掃で月に金貨5枚。パン屋のバイトで金貨3枚。合わせて金貨8枚か……これだけでは大白金貨50枚分の借金は返せないよね。
母や姉たちの詐欺計画が成功するまで、私はできる限りの生活費と必要経費の収入を確保しないと」
午前の仕事を終えると、パールは「シャン・パン」へ向かった。ここはヘアーサロンを経営するナミの旦那のサンドさんが併設している小さなパン屋で、パールはここで午後のバイトをしていた。
「パール、今日もよろしくね!」
黄土色の髪を束ねたナミが笑顔で迎える。寡黙なサンドも、店の奥でパン生地を形成しながら、パールの姿が見えると人懐こい笑顔を向けた。
「はい、ナミさん! 旦那さん」
すぐに作業服に着替えたパールは、パン作りに取りかかる。彼女の料理の腕はプロ並みに近いので、パン屋の主人サンドも、すぐにその技術を認めてくれた。
それだけでなく、前世知識のおかげで、消費時間は短時間だが手軽に持ち運びできる上に何処でも食べれる携帯型パンサンドの弁当。ジャムやクリームだけでなく、総菜を入れた調理パンなど。
パールが作るパンはいつも完売し、店の評判を上げていたのだから。
しかしパールの本当の目的は、ここでのバイトだけではなかった。
「チーラ、どうだった?」
仕事の休憩時に、パールは店の裏口でチーラと密かに会った。
チーラは家族である伯爵家の4人の言葉を理解できるので、今の様にこうして必要な時には喜んで小さな隙間に入り込んで偵察してきてくれたり、軽い物品の「運搬」までしてきてくれるのだ。
そのチーラは小さな前足で、いくつかの紙片を差し出した。
「ふむふむ……宰相ダウリア大公は絵画収集家で、特に『月光の岸辺』という作品を探していると……マーシャル女公爵は最近、宝石の鑑定に不安を感じているのね……ブラント公爵は肌の乾燥に悩み、高級化粧水を求めているか……」
パールはチーラが集めた情報を読み、目を輝かせた。
「すごいじゃないチーラ! これで姉たちの詐欺計画に必要なターゲットの情報が揃ったわね!」
誇らしげに頭を上げたチーラは、ドライフルーツを要求するような表情をした。
「もちろんご褒美をあげるわよ。はい、これはブドウパンを作ったあまりの干しブドウだよ。それと今夜のデザートにも特別にドライフルーツを用意しておくね」
パールは干しブドウを嬉しそうに頬張るチーラを優しく撫でながら、情報を頭の中で整理する。
長女のエボニーは天才鑑定士な上に彫金デザイナーと贋作師の才能がある。宰相ダウリア大公への絵画詐欺には彼女が中心になるかな。
次女のベージュは薬師・調香師としての才能があり、ブラント公爵への化粧水詐欺には彼女が担当することに決まるだろうな。
母親のベルベットはデザイナーとしての才能があり、マーシャル女公爵への宝石詐欺、宝石をあしらったドレス販売という形には母親が主導して、エボニーのもう1つの彫金デザイナーとしての腕も借りないとだよね。
絵画と宝石の両方では負担が掛かるから、時間を置いて、間にベージュお姉様の作戦を入れればいいかな。
そして債務詐欺のブレイズ子爵については、家族全体で計画を練る必要がありそうだ。
「でも問題は、アグーチ・ブルーパッチド侯爵のことだよね……」
パールは眉をひそめた。
侯爵はどうやらわざと父を騙して大白金貨50枚分の借金を作らせ、母に横恋慕し、マナ石の鉱山を奪おうとしているらしい。この敵に対しては、特別な計画が必要になるだろうと。
「侯爵はあの向かいのパス・バレーという店を使っているんだよね。あそこは洋裁店、ヘアサロン、そして娼婦斡旋所まで兼ねているみたいだし……
どう? チーラ、あの店に潜入できそう?」
するとチーラは自信満々に頷いた。小さな体で隙間に入り込むのは得意なのだとでもいう様に。
「よし。だったら侯爵の動きを何とかして探らないと。彼が鉱山を奪う計画を進めているなら、私たちはそれに対抗する必要があるものね」
パールはパン作りに戻りながら、頭の中で様々なシミュレーションを繰り返した。
前世の記憶が役に立つことももちろんある。新体操とバレエで培った身体能力は、狭い場所への潜入や、機敏な動作に役立つ。
また、前世で少し学んだ格闘技術は、万一の時の自己防衛に使えるかもしれない。
「でも基本的には、詐欺でお金を集めるのが目的だもんね。暴力はなるべく使わない方向で……でも侯爵が母や姉たちに危害を加えようとしたら……」
パールの目に一瞬、鋭い光が走った。彼女は家族を守るためには、必要なことをする決意を持っているのだから。
昼のバイトが終わると、パールは家に戻った。
スタンダードグレー伯爵家の屋敷は、借金の圧力で以前の輝きを失っていたが、パールの手によって常に清潔に保たれていた。
「パール、お帰り」
ベルベット夫人が微笑んで迎える。夫人の肌はベージュが作った化粧水で潤い、若々しい輝きを保って見える。
「お母様、今日もデザインの仕事ですか?」
「ええ、マーシャル女公爵のために特別なドレスを設計しているの。でもね……」
夫人の表情が少し曇った。
「パス・バレーがまた邪魔をしてきているのよね。彼らは毒を含む染料を使ったドレスを最新の流行技術で染めたと言って売り、女性たちの健康を害しているのよ」
「お母様、私たちが正しい方法で戦えばきっと勝てますよ」
パールは励ますように言った。
夕食の準備をしながら、パールは姉たちと情報を共有した。
エボニーはチーラが集めた宰相ダウリア大公の情報に興奮していた。
「『月光の岸辺』……あの作品の贋作を作れるなんて! 本物はもう失われていると言われているから、贋作でも価値があるはずよ!」
ベージュはブラント公爵の肌の悩みに着目した。
「確かに、前回は傷を治すことだけに着目してたけど、あれは乾燥肌のせいもあったのね……私の特製化粧水が絶対に役に立つわ。
でも高級品として売る必要があるわね。公爵様なんだから安物なんて使わないだろうから」
家族で食卓を囲みながら、詐欺計画の詳細を練っていく。それはまるで企業の戦略会議のようなものだが、その目的は借金返済と侯爵に対抗するためでもあるのだ。
「でも1番の問題は侯爵だよね」
エボニーがぼやいた。
「確かに。彼はパス・バレーを通じて、ヘミエさんと私達が提携しているパラエ・キヌスだけでなく、ナミさんのヘアーサロンまで潰そうとしているわよね。
また、行商人マグナを使って、私たちの活動を監視しているのかもしれないわ」
「マグナ……」
パールは考え込んだ。マグナはエボニーの絵画を高値で買い取ってくれた商人だ。しかし彼が侯爵と繋がっている可能性も否定できない。
「チーラがマグナの動きも探ってくれるみたいよ」
チーラは胸を叩きながら、任せろと、ご褒美のドライフルーツを頬張った。
パールも決意した。
夜。
パールは屋敷の小さな窓から外を見つめた。ヘッジホッグ王国の街は静まり返っていたが、その中では様々な策謀が渦巻いている。
「侯爵……あなたが父を騙して、私たちを苦境に追い込んだのよね。でも私たちは負けないわ。母と姉たちの才能、そして私達の努力で、この借金を返済し、あなたの企みを打ち破ってみせる」
パールの目には、16歳の少女とは思えない強い意志が燃えているようだ。
彼女は明日も早朝から新聞配達をし、清掃をし、パン屋でバイトをする。そしてチーラと共に情報を集め、家族の詐欺計画を支援するのだ。
スタンダードグレー伯爵家の女性たちは、それぞれの才能を武器に、大白金貨50枚分の借金という巨大な山を乗り越えるために戦っていた。
そしてその過程で、彼らは偶然にも、あるいは必然にも、王国の高貴な人々と関わり、複雑な網の目を形成していく。
窓を閉めたパールは、寝る準備をした。彼女の頭の中では、明日の計画が細かく組み立てられている。
「まずは朝刊配達でしょ。その途中でチーラにパス・バレーへの潜入指令を出さないとね。午後のパン屋のバイトでは、ナミさんから侯爵の動きに関する情報を聞き出すとして……」
彼女は微笑んだ。
「私たちはペテン師かもしれない。でもそれは生きるために選んだ道よ。そして最後には……みんなで幸せになってやるんだからね」
ベッドに潜り込んだパールは、目を閉じた。明日もまた、ペテン師シンデレラ一家の奮闘が続くのだから。
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