4、◆次女の美の化粧?
◆次女ベージュの美の化粧?
── 次女ベージュの魔法のような美の化粧水 ──
借金返済のため、ベージュは街を歩いていた。
長い桃色の髪が風に揺れる。母ベルベットが丹精込めて編んだリボンが結ばれているが、その髪も今日で売らなければならないかもしれない。そう思うと胸が締め付けられる。
父が生前、
『ベージュの髪は夕焼け空のようだ』
と褒めてくれたことを思い出す。
しかし、その度にベージュは照れ隠しに
『でも父上。それって自分の髪を褒めてるのと同じじゃありませんか』
と、言い返し、そしてその度に父は
『おや? そう言えばそうだな。ははは。だがベージュが私と同じ色を受け継いでくれたのは本当に嬉しいのだよ。
もちろん、エボニーもパールも可愛くて大好きな我が子だけどね』
と家族への愛情を惜しみなく表現してくれたのだ。
「でも、家族のためなら……」
ため息をつきながら路地を曲がると、看板が傾いた小さなヘアーサロンが目に入った。「サンド・タンビ」と書かれた看板は色あせ、店内もがらんとしている。
その向かいには、真新しい黒い看板に「パス・バレー」と金文字で書かれた豪華な店が客を引き込んでいた。
「ああ、まただわ」
サロンの中から女性の嘆息が聞こえる。ベージュがそっと扉を開けると、黄土色の髪をした女性が1人、帳簿とにらめっこしていた。
「すみません、営業は……」
「あの、お困りのようですが」
ベージュが声をかけると、女性は驚いて顔を上げた。
「私はベージュ・スタンダードグレーと申します。実は、髪を売りに来たのですが……でも、まずはお話を聞かせていただけませんか? 向かいの店に客を取られているのではありませんか?」
女性はナミと名乗り、状況を打ち明けた。「パス・バレー」は数か月前にオープンし、安価な美容サービスと最新流行のドレスを提供しているという。
しかし、そのサービスには問題があるらしい。
「実はね」
ナミが小声で言う。
「あの店の化粧品を使うと、肌荒れを起こすことがあるの。私もライバル店というだけでなく、客としてそれほど人気が出る店ならと、純粋に商品に興味があって購入して使ってみたのだけどね。
それ以外にも実際に髪もぱさつくと言うお客様も……」
ベージュの薬師としての勘が働く。
「もしかして、材料に問題が?」
「うわさでは、隣国から輸入した安い鉛を使った白粉だけでなく、最新のデザインと言う売り込みの人気のドレスにも、珍しい緑色の生地に毒を含む染料を使っているらしいとか……」
ベージュは目を輝かせた。
「ドレスの生地については、私の母上の分野だから相談するしかないわね。でも化粧品については、質の良い材料を提供できることで勝機があります!」
「でも、資金がなくて……」
「材料さえあれば、私が作ります」
ベージュは自信満々に言う。
「母が薬草を育てていますし、私は化粧水や香水の調合も得意なのです。安価な材料で高品質なものが作れますよ」
ナミは半信半疑だったが、ベージュが持参した小さな瓶からほのかなスイカズラの香りが漂うと、表情が変わった。
「これは……」
「私が作った化粧水の試作品です。鉛は一切使っていませんよ」
その日から、ベージュの美の魔法が始まった。
まずは家庭菜園と不足材料を市場で、安価ながら質の良い材料を調達。ナミのサロンの片隅に小さな調合スペースを借りると、夜な夜な実験を重ねた。
ローズヒップオイルにカモミールエキス、地元で採れるハチミツ……全て自然の恵みだけを使う。
「でも、どうやって客を呼び戻せばいいのかしら?」
ナミが心配そうに尋ねた。
ベージュはニヤリと笑ってみせた。
「まずは『お試しセット』を無料で配りましょう。そして……」
彼女は母ベルベットと姉エボニーの協力を得た。母は美しい刺繍を施した小さなポーチを作り、姉は偽物ではない本物の天然石を使った髪飾りを提供してくれた。パールは手作りのチラシを近所に配ってくれた。
実はナミのサロンは、パールがアルバイトしいるパン屋と併設されている上に、旦那さんがパン屋を、奥さんのナミがサロンを経営していたと知ったのだ。
ベージュがサロンに来た日は、パン屋の定休日のために、パールの知り合いの店だと気付かなかったのだ。
母ベルベットと姉エボニーの協力を得る時に、どうやらパールの知り合いのパン屋夫妻の店だと判明したのである。
無料セットには、ベージュの化粧水、ナミのヘアトリートメント、ベルベットのポーチ、エボニーの髪飾りが入っている。
「こんな豪華な物を無料で?」
ナミは目を見開いた。
「最初の投資です」
ベージュはいたずらっぽくウインクした。
「効果がわかれば、きっと戻ってきますよ」
もちろん、作戦は見事に成功した。
無料セットを手にした女性たちは、1週間後、肌の調子が良くなった、髪がつやつやになったと口々に言って戻ってきた。
しかも、パス・バレーの化粧品で肌を痛めていた人たちも続々とやって来る。
「あの店の白粉、使ったらかゆくて……」
「ドレスの緑色の部分に触れたら発疹ができたわ」
ベージュはこっそりパス・バレーの廃棄物を調べに忍び込んだ妹パールとペットのチーラから情報を得ていた。
そこから鉛入りの化粧品と有毒な染料が使われている証拠を掴んでいた。
ある日、パス・バレーの経営者がナミの店にやって来た。マグナという名の異国の商人だ。
「おたく、うちの客を奪っているようだな」
マグナはにやにや笑いながら言った。
「うちだって安く提供しているんだ。みんな安い方がいいんじゃないのかな」
ベージュが前に出た。
「安くても、健康を害するなら意味がありません。私たちは安全で効果的なものを提供しているのです」
マグナの目がベージュの顔をじっと見つめた。
「……スタンダードグレー伯爵家の次女さんだな。聞いているよ、薬草に詳しいんだってね」
ベージュは内心で警戒した。この男、私たちのことを知っている?
「ところで」
マグナが不意に言った。
「君たちの使っている材料、実はうちが仕入れているルートと同じじゃないのかな? もっと安く仕入れられる方法、教えてやろうか?」
それは罠だとベージュは直感した。
「結構です。私たちは今の方法でやっていきます」
マグナは去ったが、その目には何か企みがあるように光っていた。
数日後。
ナミのサロンに近衛騎士団の一団が現れた。先頭に立つのは銀髪に赤い瞳を持つ若き騎士団長、ブラント・シルバーパイド公爵だ。
「ここが『サンド・タンビ』だな」
ブラントの声は厳しい。
「健康被害を出しているという訴えがあったのだ。調査させてもらう」
「え?」
ナミは青ざめた。
「そんな、私たちは安全なものだけを……」
「訴えをしたのはパス・バレーからだ」
ブラントが言う。
「君たちの化粧品で肌がかぶれた客がいると」
ベージュは冷静に前に出た。
「公爵様、それは不可能です。私たちの製品は全て自然素材のみを使用しています。むしろ、パス・バレーの製品には鉛が含まれている可能性があります」
「証拠は?」
その時、小さな影がブラントの足元に駆け寄ってきた。チーラだ。ベージュたち家族のペットで見た目チンチラは何かをくわえている。
「チーラ! どこからそれを……」
ベージュが驚く間もなく、チーラはベージュの前に置いたものを離した。
パス・バレーの化粧品の空き瓶と、使用済みの染料の布切れのようだ。
「これは……」
それらを拾い上げたブラントは、慎重に調べてくれた。
「確かに、この白粉には鉛の成分が……そしてこの緑の染料、これは確かに有毒な……」
ベージュが説明する。
「パス・バレーは安価な材料を使い、健康を害している可能性があります。私たちはその対抗策として、安全で効果的な製品を提供しているだけです」
ブラントはベージュをじっと見つめた。その赤い瞳には興味が灯ってみえる。
「……あなたは、スタンダードグレー伯爵家のご令嬢か」
「はい、ベージュ・スタンダードグレーです」
「ふむ」
ブラントはうなずいた。
「実は私も最近、肌の調子が悪くてな。戦いの後の傷の治りが遅いと言うか……」
それはベージュの専門分野だ。
「それなら、私が特別な軟膏をお作りします。薬草の配合次第で、傷の治りを早め、肌の状態も改善できます」
「あなたが作るのか?」
「はい。父が残した薬草学の書物と、母の庭の薬草を使います」
ブラントは少し考えてから言った。
「よかろう。作ってみろ。効果があれば、君たちの店の無実を証明する証拠にもなる」
その夜。
家の庭で薬草を摘んだベージュは、特別な軟膏を作り始めた。カレンデュラにコンフリー、アロエベラ……それぞれの効能を考えながら丁寧に調合する。
「お姉様、頑張ってるね」
三女のパールが台所から顔を出した。
「何か手伝えることある?」
「ありがとう、パール。でもこれは私がやらないと」
「ん~……それにしても」
パールが近づいてきて小声で言った。
「あの騎士団長、すごくイケメンさんじゃない? お姉様、もしかして……」
「ば、馬鹿言わないで!」
ベージュの頬がほんのり赤くなった。
「借金返済に集中しなきゃいけないんだから!」
「はーい」
パールは笑いながら厨房に戻っていった。
数日後。
ベージュは完成した軟膏をブラント公爵に届けた。騎士団の詰め所で試してもらうと、驚くべき効果が現れた。
「これは……確かに傷の治りが早い」
ブラントは驚いたように自分の手の傷を見つめた。
「しかも肌がすべすべする」
「お役に立てて光栄です」
ベージュはほっと胸を撫で下ろした。
「ベージュ嬢」
ブラントが真剣な表情で言った。
「この軟膏、騎士団全体に導入できないか? 戦いで傷つく者は多い。これがあれば多くの者の怪我を癒やすことができる」
「え? でも、大量に作るには材料が……」
「材料は騎士団が調達する。あなたには技術提供と品質管理を頼みたい」
それは大きな収入源になる。ベージュの心が高鳴った。これで借金返済にまた一歩近づく。
「喜んでお引き受けします!」
こうして、ベージュの美の魔法は騎士団まで広がっていった。ナミのサロンは繁盛し、パス・バレーの客はさらに減少。
マグナは焦り始めたようだが、それ以上にアグーチ・ブルーパッチド侯爵の怒りを買うことになったようだ。
侯爵はパス・バレーを通じて、スタンダードグレー家の動向を探り、弱みに付け込もうとしていたのだから。
しかし、ベージュの成功はその計画を乱すものとなった。
「くそっ、スタンダードグレー家の小娘め……」
侯爵は城の書斎で机を叩いた。
「あの鉱山を手に入れるためには、もっと手荒な手段が必要か……」
一方。
ベージュはブラント公爵との取引を通じて、次第に彼の人間性を知っていくこととなった。厳格に見えて実は部下思いで、正義感も強く、そして意外にも美容に関心があるという一面を。
「実はな」
ある日、ブラントが打ち明けた。
「私は幼い頃から肌が弱くて、騎士になるのに支障があると思っていた。君の軟膏はそんな私のコンプレックスも解消してくれたんだ」
「公爵様……」
ベージュは思わず微笑んだ。
「お役に立てて本当に良かったです」
2人の距離は少しずつ縮まっていく。しかしベージュは自分に言い聞かせる。恋愛をしている場合じゃない、借金がまだある、家族を守らなければ……
そして彼女は知らなかった。ブラント公爵こそが、父を騙した投資話の「犠牲者」リストに名を連ねる1人でもあることを。公爵は侯爵から偽の投資話を持ち込まれ、多額の資金を失っていたのだ。
やがてその事実が明らかになる時、ベージュの心は複雑に揺れることになる。騙す側と騙された側、その関係の中で芽生えた想いはどうなるのか?
しかしそれはまた別の話。
今、ベージュが成し遂げたのは、家族の借金返済への小さな一歩と、自分自身の才能を世に知らしめたこと。そして何より、多くの女性たちの肌と髪を守り、健康を守ったことだ。
次女の美の魔法は、単なる詐欺ではなく、本物の魔法として人々の間に広がり始めていた。
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