8、◆ペテンの犠牲3:宝石詐欺
◆ペテンの犠牲者その3:宝石詐欺
── チーラとパールの搔き集めた情報をもとに、4番目の詐欺を女公爵に決め、長女のエボニーメインで計画を勧めることになったのだが ──
スタンダードグレー伯爵家の居間は、いつものように活気に満ちていた。
ベルベット伯爵夫人が刺繍を手にソファに座り、長女のエボニーは窓辺で絵筆を動かし、次女のベージュは紅茶の香りを確かめている。三女のパールが運んできたアップルパイの甘い香りが部屋を包む中、ペットのチーラが机の上でくるりと回り、得意げに前足を上げた。
「ふふ、チーラが何か持ってきたみたいね」
ベージュが言うと、チーラは口にくわえていた小さな巻紙をテーブルの上に落とした。
パールがそれを広げると、細かく整った文字が並んでいる。
「どれどれ? ……あら、以前『パラエ・キヌス』救済のためにお母様がよいしょして協力してもらったマーシャル・ポーキュパイン女公爵閣下についてみたい。
明日の午後、『パラエ・キヌス』にドレスの最終フィッティングに訪れる。同行者なし。特筆事項として……
最近、ルビーのネックレスを新調したばかりで、宝石談義に夢中……と。だって」
絵筆を置いたエボニーが、紫の瞳を輝かせた。
「確か、……以前協力してもらった時に話をした感じでは、宝石に関してだけは煩い女公爵という印象だったわ。
しかも、表向きは侯爵に敵対しているように見えているけれど、その実、裏では侯爵に資金を流している可能性が高いと、チーラからの報告にあるわ」
「そうよ」
ベルベット夫人が優雅に針を止めた。
「あの緑色の毒染料を使ったドレスを売りつけようとしたライバル店『パス・バレー』の背後にいるのが侯爵なら、彼女を懲らしめるのは私たちの義務だわ」
パールがアップルパイを切り分けながら言った。
「でも、どうやって? 宝石詐欺って具体的に何をするつもりなの?」
エボニーの口元にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
「それなら、私が考えたちょうどいいプランがあるわ。女公爵閣下は、実は宝石商を巧く騙して宝石を集めているみたいなの。
だから、彼女には本物そっくりの贋作、つまりイミテーションを売りつけて、その金を侯爵に流せなくすればいいのよ」
「でも、高価な宝石のイミテーションなんて簡単に作れるの?」
ベージュが心配そうに眉をひそめた。
「それができるのよね」
立ち上がったエボニーは、部屋の隅にある小箱を持ってきた。
「見て、これが私が練習で作ったルビーのイミテーションよ」
箱を開けると、深紅色に輝く宝石がある。しかも本物と見分けがつかないほど美しいではないか。
「材料は安価なガラスと特殊な染料だけなのよ。光の屈折率を本物に近づける調合は難しいけど、鑑定士の目を誤魔化せるレベルまで来たわ」
宝石を手に取ったベルベット夫人が、窓の光にかざして確認した。
「まあ、本当に見事な出来じゃないの。でも、どうやって彼女に売りつけるつもり?」
「そこで母様と『パラエ・キヌス』の出番になるわけよ」
エボニーは計画を説明した。
「明日、女公爵がフィッティングに来た時、母様がたまたま家伝のルビーを持参しているふりをするの。でも、
『最近経済的に苦しくて、売らなければならないのが残念だわ』
とでもぼやけばいいだけ」
ベージュが続けた。
「そこですかさず姉上が、
『でもお母様、あのルビーは曾祖母様から受け継がれてきた大切なものじゃない』
と止めに入る。すると女公爵が興味を示すという算段ね」
「その通りよ」
エボニーがうなずいた。
「女公爵閣下は宝石の目利きに自信があるから、自分で鑑定したがるはずよ。そこで私が仕込んだイミテーションを彼女に見せて、本物だと確信させれば、高値で買い取ってくれるに違いないわ」
パールが少し不安そうに言った。
「でも、もし見破られたら?」
エボニーの目がきらりと光った。
「見破られないように工夫するのよ。だって、彼女が今まで騙して集めた宝石の中に、実は私が作った贋作がもう1点、既に混ざっているのだから」
一同が息をのんだ。
「どういうこと?」
ベルベット夫人が尋ねた。
「先月、女公爵が宝石商から安く買い叩いたというマウンテンビューのブローチ、実はあれも私の作品なの。
行商人のマグナを通じて、わざと彼女の目に留まるように流したのよ。彼女はあれを本物だと信じ込んでいるわ。
だから、ルビーも本物だと疑わないはずよ」
家族は一瞬沈黙し、その後一斉に笑い出した。
「姉上ってば、本当に天才的ね!」
ベージュが拍手した。
「でも、1つ問題があるんじゃない?」
パールが指摘した。
「売ったお金はどうするつもりなの? 私たちが受け取ったら、結局侯爵に渡すことになるけど」
ベルベット夫人が優しいが決意に満ちた表情で言った。
「孤児院に寄付するのよ。ヘミエさんから聞いたんだけれど、『パス・バレー』の悪質な商売のせいで、あの付近の店で職を失った女性たちが大勢いるそうなの。
だからその人たちの支援のために使おうと思うのだけれど、いいかしら?」
計画は決まった。
翌日午後。
『パラエ・キヌス』の店内は上質な布地の香りに包まれていた。ヘミエと娘のメッセが丁寧にドレスを整える中、マーシャル・ポーキュパイン女公爵が到着した。
紫髪を高く結い、橙色の瞳は鋭く、首には確かに真新しいルビーのネックレスが輝いている。
「あら、ベルベット夫人、お久しぶりじゃないこと」
女公爵の声は甘く、しかし目には計算高い光が宿って見える。
「ポーキュパイン閣下、ご機嫌よう」
ベルベット夫人は優雅にお辞儀をした。
「本日はたまたま、娘たちと街に出てきまして」
その時、エボニーがわざとらしくため息をついた。
「母様ったら。もしかして、まだあのルビーのこと考えているの? 本当に売るなんてとんでもないことだわ。曾祖母様から受け継がれた大切な形見なのに」
女公爵の耳がピンと立ったように感じた。
「ルビーですって?」
控えめにうなずいたベルベット夫人は、小さなビロードの袋を取り出した。
「実は家伝のルビーでして……最近の経済的事情で、手放さなければならなくなりそうで……」
袋を開けると、エボニーが作ったイミテーションのルビーが見える。深紅色の輝きは、女公爵が首にしている本物よりも鮮やかにさえ見えた。
女公爵の橙色の瞳が大きく見開かれた。
「まあ……なんて美しい輝きかしら……」
ルビーを手に取った彼女は、窓辺に運んで光にかざし観た。エボニーは内心、冷や汗をかきながらも平静を装う。
このイミテーションには細工が施してあり、特定の角度から光を当てると、本物特有の内包物のような模様が浮かび上がるようになっているのだ。
「内包物が……蜘蛛の巣状に……」
女公爵が呟いた。
「これは……どうやら、かなり古い時代のカットに間違いないようね。現代の技術では再現できない技巧だわ」
エボニーは内心ほっとした。その内包物は、特殊な染料でガラス内部に描いただけのただの微細な模様だからである。
「おいくらで売却する予定なの?」
女公爵の声には、抑えきれない欲望がにじむ。
ベルベット夫人は申し訳なさそうに言った。
「宝石商の評価では、金貨300枚相当が妥当だと言われましたが……」
「金貨350枚で買い取るわ」
女公爵は即座に交渉してきた。
「ただし、今すぐにならよ」
取引はあっさりと成立した。女公爵は同行させていた侍女に命じて、金貨の袋をエボニーに渡した後、
代わりに手に取ったルビーを嬉しそうにネックレスと比較しながら、早々に店を後にした。
女公爵の姿が見えなくなると、店内にいた全員が息を吐いた。
「やったわね!」
メッセが小さく跳び上がった。
しかしヘミエが心配そうに告げる。
「でも、後で贋作だと気付かれたらどうなさるおつもりです?」
エボニーが自信に満ちた笑みを浮かべた。
「気付かないわよ。だって、彼女が持っている本物のコレクションの中に、私の作品がもう1点あるのだから。
あのマウンテンビューのブローチがね。あれを基準に鑑定するはずだから、このルビーも本物だと確信するわよ」
その時、店の奥からパールとベージュが出てきた。2人は変装して、女公爵の反応をこっそり観察していたのだ。
「でも、1つ気になることがあるのだけれど」
パールが言った。
「女公爵閣下、ルビーを受け取るとき、
『侯爵様も喜ばれるでしょう』
って小声で呟いてたのよ」
一同の表情が曇った。
「やはり侯爵と繋がっているのね」
ベルベット夫人が眉をひそめた。
「私たちが騙したお金が、直接侯爵の懐に入るかもしれないわね」
エボニーが考え込んだ。
「でも、私たちが孤児院に寄付すると公言すれば? 女公爵が侯爵に渡そうとしたお金が慈善に使われたと知ったら、彼女の立場が危うくなるかもしれないわ」
「それに」
ベージュが続けた。
「もし侯爵が女公爵閣下に宝石の鑑定を求めても、彼女は絶対に本物だと言い張るはず。だって、自分が騙されたと認めたら、彼女の宝石鑑定家としての評判が地に落ちてしまうから」
その夜。
スタンダードグレー家の居間では、金貨350枚の入った袋がテーブルの上に置かれていた。
「これで、少なくとも7人の女性が新しい仕事を見つけるまでの生活を支えられるわ」
ベルベット夫人が計算しながら言った。
パールが窓の外を見つめながら呟いた。
「でも、これで終わりじゃないよね。侯爵はまだのうのうとしているし、お父様の借金もまだ残っている」
エボニーは妹の肩をポンと叩いた。
「もちろんよ。でも今日は小さな勝利を祝いましょう。それに……」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「女公爵閣下があのルビーを侯爵に見せたら、きっと侯爵も本物だと思うわ。だって、彼の協力者である行商人マグナが、私の作ったマウンテンビューのブローチを本物として女公爵に売りつけたんだから」
家族一同が笑い声を上げた。
机の上でくるりと回るチーラも、ドライフルーツをおねだりするように前足を上げた。
ベージュがチーラにフルーツをやりながら言った。
ドライフルーツをほおばりながらチーラは、次の偵察先を考えていた。どうやら、ブレイズ・ホールデン子爵という男が、債務詐欺と高利貸しのターゲットとしてぴったりなようだと。
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