9、◆ペテンの犠牲4:債務詐欺前編
orz 本来存在しない人物のはずでしたが、ベルベットとの関係上重要な人物に繰り上がり、この人のおかげで後半無視できない要素が出てきたので、エピソードも長くなりました。
◆ペテンの犠牲者その4:債務詐欺前哨戦
── チーラとパールの搔き集めた情報をもとに、5番目の詐欺を子爵家に決め、三女のパールメインで計画を勧めることになったのだが ──
ヘッジホッグ王国の貴族社会に、ついに新たな噂が広まり始めていた。
「スタンダードグレー伯爵家の未亡人と娘たちは、借金返済のために必死で働いているらしい」
「あの優雅なベルベット夫人が、洋裁店のデザイナーをしているとか」
「娘たちもそれぞれ才能を発揮しているようだ。まさに孤軍奮闘だな」
そんな同情の声もあるが、もちろん冷笑したり嘲笑する者もいる。
特にアグーチ・ブルーパッチド侯爵は、宮廷で軽く笑いながら言った。
「大白金貨50枚分の借金を、針仕事や絵画で返せると思っているのか? 遅かれ早かれ、あの鉱山も夫人も、私のものになるのは決まっていることなのに」
しかし侯爵は知らなかった。
スタンダードグレー家の女性たちが、マグナを含む軽い前哨戦を合わせるとすでに4つもの詐欺を成功させ、借金を着実に減らしつつあることを。
そして今、5つ目のターゲットが決まった。
「ブレイズ・ホールデン子爵、ですって?」
スタンダードグレー家の応接間で、エボニーが手にした資料を読みながら眉をひそめた。彼女の横には、母ベルベット、妹ベージュ、パールが集まっている。暖炉の前では、チーラがドライフルーツを頬張っている。
「表向きは慈善家としてそこそこ有名な貴族よね? 孤児院の後援者としても、領民思いの善良な貴族としても。
確か……災害時には被害の状況によって、一時凍結や減税にしたり、私産を投じて復興支援までしたって聞いたことがあるわ」
エボニーは続ける。
「でも実際は、利息20%の闇金業者だったって理由か。一部の領民から土地を奪い、没落させているじゃないの。
っで、どれどれ?……いやだ。どうやら最近では、困窮した女性を『就職斡旋』と称して侯爵の関わる店に売り飛ばしている疑いもあるんだって」
ベルベット夫人は深く息をついた。
「そこまで調べたからには、やっぱり侯爵と繋がっているのね?」
「間接的には、という条件付きみたいだけどね。資金の流れを追うと、侯爵の事業に投資しているようね」
さらに資料をめくるとエボニーが続きを読む。
「弱点は、美術品コレクションへ対する異常なほどの執着ってとこかしら。鑑定眼はないようだけれど、権威ある鑑定書があれば何でも信じるみたい」
「それなら、絵画詐欺の応用ってわけね」
ベージュが髪を整えながら。
「だったら、今回は単なる贋作販売では済まなくなるわね。彼はすでに大金を持っているのだもの。私たちに必要なのは、彼から『合法的に』大金を引き出す方法じゃない?」
パールが突然、手を挙げた。
「チーラが、子爵の屋敷から面白い情報を持ってきたわよ」
小さなチンチラがぴょんと跳ぶと、パールの肩に乗る。前足でジェスチャーを交えながら、キーキーと鳴いた。
「その子爵なんだけど、実は料理が趣味なんだそうです」
パールが翻訳する。
「でも、めちゃくちゃ不味いんだって。使用人たちは、子爵が厨房に立つ日を恐れているとか。それで、一流シェフを雇おうと何度も試みたけど、誰も長続きしないようよ。給料はかなり高いのに」
一同、しばし沈黙した。
そしてベルベット夫人の目が輝いた。
「パール」
夫人がゆっくりと言った。
「あなたの料理の腕は、プロのシェフにも引けを取らないわ」
「え? でも、私は……」
「子爵の屋敷に、シェフとして潜入させるのね」
エボニーは作戦を理解した。
「そしてそこで、何らかの『詐欺』を仕掛けるってわけね」
ベージュが拍手した。
「それよ! パールが料理で子爵の信頼を得て、その隙に、エボニー姉上が美術品詐欺を……」
「違うわ」
エボニーが笑みを浮かべた。
「今回は、もっと直接的にいかないと。彼の闇金事業そのものに、罠を仕掛けるのよ」
計画は迅速に練られた。
まず、パールが変装し、パルフェと名乗る流浪の天才シェフとして、ホールデン子爵の屋敷の雇用の応募に参加する。
子爵の料理へ対する情熱と無能さは周知の事実なため、採用は容易だ。
一方、エボニーとベージュは、「パラエ・キヌス」とヘアーサロンを舞台に情報収集を続ける。子爵が関わる孤児院や、騙されている女性たちの情報を集めながら。
そしてベルベット夫人は、宮廷での人脈を活用し、子爵の慈善家としての評判にほころびがないか探る。
こうして、スタンダードグレー家の5つ目の詐欺が始まった。
ブレイズ・ホールデン子爵は、自分を矛盾した男と自覚していた。
表向きは慈善家として。孤児院に寄付し、困窮した領民に手を差し伸べる善良な貴族であると。
裏では、利息20%の闇金業者である。担保として土地を奪い、行き場を失った女性を闇ルートで売り飛ばす。
そして趣味は、料理だ。ただし、自分では認めたくないが、本当にひどい腕前なのだ。
「またシェフが辞めたというのか!」
厨房から、新任シェフがわずか3日で逃げ出した報告を受けた子爵は、書斎で机を叩いた。灰髪が乱れ、茶色の目が怒りで光る。
「給料は王国一高く設定しているはずだぞ! 材料費も惜しまないと謳っているのにか!」
執事が俯きながら答えた。
「申し訳ございません、ご主人様。しかし……前回のシェフは、ご主人様が
『革新性がない』
とおっしゃられて、ご自身で厨房に立たれた後、辞表を提出いたしまして……」
子爵はぐっと喉を詰まらせた。
確かに。雇用した彼は自分の創作料理に誇りを持っていたようだった。
しかし、ウサギ肉とイチゴのシチュー煮を作った子爵本人としては、
『甘酸っぱい味が重なってハーモニーを醸し出しているだろう』
と自画自賛したこととか、魚の内臓を丸ごと使ったパイの時には
『無駄を全て排除したエコ料理じゃないか』
などと自称したのだ。
問題は、それを食べた者が、ほぼ全員、翌日は厨房に近づけなくなることだった。
「もういい! 新しいシェフを何としても探し出せ! 今度は、私の『芸術的才能』を理解できる者をだ!」
その時、執事が小声で言った。
「実は、1人だけ、応募者がございまして……」
「誰だ?」
「『パルフェ』と名乗る、流浪のシェフです。年は若いようですが、推薦状には、かつて遠い国の王宮で料理長を務めたと……」
「すぐに連れてこい!」
こうして、変装したパール・スタンダードグレー ── 明るい金茶髪を暗い茶色に染め、紫色の瞳は誤魔化せないため調光レンズを入れた眼鏡で灰色に見せ、質素な料理人服を着たパルフェ ── が、ホールデン子爵の屋敷に現れた。
面接は、厨房での実演試験という形で行われた。
「では、パルフェさん」
子爵が、誇らしげに自分のエプロンを締めながら言った。
「まずは私の代表作の一つ、『大地と海の邂逅』をご覧いただこう。これは、カエルの腿と海藻の……」
「あの、子爵閣下……1つよろしいでしょうか。失礼とは存じますが」
パルフェ(として化けたパール)が、驚くほど冷静な声で割り込んだ。彼女の目は、子爵が準備していた材料 ── まだぴくぴく動いているカエルと、腐りかけの海藻 ── を見つめている。
「ご主人様。料理とは、まず食材への敬意から始まります」
「え?」
「そして、食べる者の幸せを考えることでございます」
パールは、子爵を軽くかわすと、厨房の食材棚に向かう。
新鮮な野菜、良質な肉、香辛料……子爵は金に糸目をつけないため、材料はすべて最高級のものばかりだ。
「本日は、ご主人様に、私の『故郷の味』を作らせていただきとう存じます」
パールの手が動き始めた。
包丁さばきは流れるように速く、野菜は均一な大きさに切り分けられていく。火加減の調整、調味料のタイミング ── すべてが完璧だ。
子爵は、ただ見とれるしかなかった。これまで雇ったどのシェフよりも、この若い料理人の動きは洗練されていた。しかも、彼女の料理からは、温かい何かが伝わってくる。
30分後。
テーブルに並べられたのは、一見シンプルだが、香りと色彩が完璧な3品 ── 野菜のコンソメスープ、ハーブで香りづけしたローストチキン、そして軽いフルーツタルトだけだ。
子爵がスプーンを取った。これまで、自分の料理を食べる時はいつも、使用人たちの震えるような視線を感じていた。
だが今、パルフェの作ったスープを一口……
「……!」
子爵の目が大きく見開かれた。
温かい。優しい。そして、深い味わいが口の中に広がる。これは……これは……
「旨い」
小声でつぶやく。
そしてもう一口。また一口。
「美味しい!」
今度は大声で叫んだ。
「これが……これが料理なのか?」
パールは、わずかに微笑んだ。
「ご主人様が、素晴らしい食材をお揃えになったおかげです。あとは、それらを『引き立たせる』技術だけなのです」
「パルフェ! あなたを雇おう! 給料は倍! いや、3倍出す!」
「ありがとう存じます。ただし、1つ条件がございます」
「何でも言ってくれ!」
「私が厨房を任されている間は、ご主人様も料理の勉強をなさってください。ただし、まずは基本から。私の指導に従っていただくこと」
普通なら、貴族が使用人から指導を受けるなどあり得ないことだ。だが子爵は、あまりの感動に、即座にうなずいていた。
「わかった! 弟子になるよ! パルフェ先生!」
こうして、パールの潜入は成功した。
しかも予想以上に ── 子爵は完全に彼女に心酔し、毎日厨房に通っては「基本の切り方」や「出汁の取り方」を学び始めた。
使用人たちは、最初は疑いの目を向けていた。またすぐに辞めるだろう、と。
だがパールの料理は、屋敷全体を変えていった。子爵の機嫌は驚くほど良くなり、使用人たちへの態度も軟化していった。
そして何よりも、食事が楽しみになったことだ。
「パルフェ先生」
子爵が、玉ねぎを涙ながらに切る手を止めて聞いてきた。
「なぜ、あなたのような才能が、流浪の身なのです?」
パールは、用意していた嘘の経歴を語り始めた。
「遠い国の王宮で料理長をしていましたが、政変に巻き込まれ……家族を失い……今は、料理を通して人を幸せにしたいと考えるようになったからです」
「家族を……」
子爵の目が一瞬、曇った。
「実は私にも……かつては家族がいました」
「えっ?」
「いや、……何でもない」
子爵は急に話題を急に変えた。
「ところで、先生。このスープの香り、何か特別なハーブでも使っているのですか?」
パールは見逃さなかった。子爵が「家族」と言った時、一瞬だけ見せた苦悶の表情を。
彼女は、ベルベットたちに、その情報を伝えることにした。
一方、エボニーとベージュは、「パラエ・キヌス」とヘアーサロンを拠点に、子爵の闇の事業を調査していた。
「子爵が『就職斡旋』と称して送り込んでいる女性たちの行き先は、間違いなく侯爵の関わる店『パス・バレー』でしたわ」
ナミのヘアーサロンで、ベージュが姉に報告する。2人は、客を装って情報交換していた。
「でも、それだけじゃないのよ」
エボニーが低声で言う。
「子爵は、孤児院からも子供を『養子』として引き取っていたのよ。だけど、その子供たちの行方がわからないの」
「もしかして……」
ベージュの顔色が悪くなった。
「侯爵は、魔法の研究にも熱心だと聞いているわ」
エボニーが真剣な表情だ。
「もしかして魔法の実験に、まさか人間の……特に子供のマナ適性を調べるために……」
2人は沈黙した。
彼女たちの詐欺は、当初は借金返済のためから始めた物だ。
しかし次第に、ターゲットとなる貴族たちの「悪事」を知るにつれ、単なる金銭目的を超えたものになりつつあるのかもしれない。
「この子爵。ただの悪徳金融業者なだけじゃないかも」
エボニーが言う。
「もっと深い闇に関わっているのかも。そして、彼自身も、何かに苦しんでいるような……」
「パールからの連絡によると、子爵は『家族』について話そうとして、急に止めたそうですわ」
「……もしかすると」
エボニーの目が輝いた。彼女は、詐欺師としてより、鑑定士としての洞察力と勘が働いたようだ。
「ベージュ、パールに伝えて。子爵の『過去』について、そっと探るように。特に、家族に関して」
「わかったわ。でも、それでどうするの?」
「彼の弱点は、美術品コレクションへの執着だけじゃないわね」
エボニーは笑みを浮かべた。
「彼には、もっと深い『心の傷』があるはずよ。そこを突けば、彼から大金を引き出すだけでなく、彼が関わる悪事を止められるかもしれないわ」
計画は変更された。単なる債務詐欺ではなく、子爵の「闇の事業」そのものを崩壊させる詐欺へと。
必要なのは、2段構えだ。
第1段階:パールが子爵の信頼を深め、過去の秘密を探る。
第2段階:エボニーが、子爵の美術品コレクションに、特別な「贋作」を仕掛ける。
だが、その贋作は、単なる高価な絵画ではない。子爵の「心の傷」に直接訴えかけるもの ── 彼が失った家族に関連する作品でないとならないのだ。
問題は、子爵の家族について何も知らないことだ。
しかし、スタンダードグレー家には、小さな偵察員がいる。
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