10、◆ペテンの犠牲4:債務詐欺後編
◆ペテンの犠牲者その4:債務詐欺完遂
── チーラとパールの搔き集めた情報をもとに、5番目の詐欺を子爵家に決め、三女のパールメインで計画を勧めていたが、子爵は侯爵と関係せざるを得ない事情がある情報を掴んだ ──
その夜。
パールが屋敷の自分の部屋で、チーラに小声で指示する。
「子爵の書斎に、家族に関する手紙や肖像画がないか探してきてね。でも、絶対にバレないようにね」
チーラは、得意のドライフルーツを1粒受け取ると、うなずいて消えた。小さな体は、どんな隙間にも潜り込めるのだから。
1時間後。
チーラが戻ってきた。
前足に、小さな紙切れを持っている。
パールがそれを広げると ── それは、一枚の肖像画のスケッチのようだ。色はないが、鉛筆で描かれた、優しい笑顔の女性と、幼い子供たちの。
裏には、走り書きで日付と名前が。
「ルビー、サファイア、コランダム……15年前の日付みたいね」
パールの胸が痛んだ。この女性と子供たちは、明らかに子爵の家族に違いない。だが、今はどこにもいない。
彼女は、このスケッチをチーラにも手伝わせながら丁寧に模写すると、チーラに元の場所に戻すよう指示した。
そして模写を、エボニーに密かに送った。
エボニーは、そのスケッチを見て、計画を完成させた。
「子爵の妻と子供たちは、15年前に『事故』で亡くなったと公式記録にはあるわ」
エボニーが、スタンダードグレー家の応接間で家族に説明する。
「けれど、孤児院の院長から聞いた話では、その『事故』は、実は侯爵との取引が関係していたらしいの」
「どういうこと?」
ベルベット夫人が尋ねる。
「子爵は当時、侯爵から巨額の借金をしたの。担保は、家族の安全だったようよ。けれど、子爵が返済に失敗したため、おそらく侯爵は……」
エボニーは言葉を続けられなかった。
ベージュが顔を覆った。
「まさかそんな……」
「子爵はその後、侯爵の手下となったようね。闇金業で奪った土地を侯爵に渡し、騙した女性や孤児も侯爵に売り渡すようになった。
すべて、あの日の『報復』の代わりとしてね」
一同、重い沈黙が流れた。
パールが、震える声で言った。
「あの子爵……厨房で、私の『家族を失った』という嘘の話を聞いた時、本当に悲しそうな顔をしたわ」
「彼は本来なら悪人よ」
エボニーが冷静に告げる。
「多くの人たちを苦しめてきたの。でも、彼自身も、侯爵に縛られた被害者なのかもしれないわね」
「そういうことなら、私たちの詐欺は……」
ベルベット夫人が言う。
「彼から資金を奪うだけじゃだめよね」
エボニーが目を輝かせた。
「彼を、侯爵の鎖から解き放つ詐欺にしないと」
翌週。
ホールデン子爵の屋敷に、1人の行商人が現れた。
「ご主人様、今回、とても珍しい美術品をお持ちしました」
行商人は、ベルベットが変装した姿だ。
ベルベットは若い頃は観劇の支配人から勧誘されたほど女優の才能があったが、夫となるグレイ伯爵令息と出会ったこと、貴族女性として働くのが恥ずかしい時代であったこと、働くほど生活に困っていなかったため、その道には入らなかった。
しかし、その時の経験のおかげで現在、娘たちにも変装術を教えたり、別人になり切る演技を教え込むことができているわけである。
そんなわけでベルベットは素顔を隠し、声色を変え、まるで遠い国から来た商人そのものが振る舞っているようにしか見えない。
子爵は、美術品への執着から、すぐに面会を許可した。
「どんな商品だね? もしまたつまらない贋作なら……」
「いえ。これは『失われた記憶』と題された作品でございます」
ベルベットが、布で包まれた絵画を広げた。
そこに描かれていたのは ── 鉛筆のスケッチを元に、エボニーが彩色した肖像画だ。優しい笑顔の女性のルビーが、2人の子供のサファイアとコランダムを抱きしめ、窓辺で日差しを浴びている姿の。
子爵の顔から、血の気が引いた。
「こ、これは……」
「15年前。ある画家が、幸せな家族を描きました」
ベルベットが、用意した嘘の物語を語る。
「しかしその家族は、悲劇的な事故に見舞われ失われてしまいました。画家は悲しみのあまり、この絵を隠すと、やがて世を去りました。
こちらの絵は、私が画家の遺品整理中に発見したものでございます」
「そんな……そんな偶然が……」
子爵の声が震えている。
「絵の裏には、日付と名前がございました」
ベルベットが絵をひっくり返す。そこには、エボニーが精巧に偽造した「15年前」の日付と、「ルビー、サファイア、コランダム」の名前が確かに。
子爵は、絵に触れようとして手を止めた。目に涙が浮かんでいる。
「いくらだ?」
「この絵は、……お金では売れません」
ベルベットはとても残念そうに言う。
「画家の遺志で、この絵は『家族を失い、後悔する者』に渡すように、と。ですが、もしやご主人様が、そのお方でしょうか?」
子爵は、うなずくしかなかった。
「では、お譲りしましょう。ただし、1つ条件が」
「条件?」
「ご主人様が、今、関わっているある事業から手を引くことです」
子爵の目が鋭くなった。
「何の事業だ?」
「孤児院からの子供の『養子引き取り』と、困窮女性の『就職斡旋』でございます」
一瞬、屋敷の空気が凍りついた。
子爵が、低い声で言った。
「お前は、何者だ?」
「ご主人様を、過去の鎖から解き放とうとする者です」
ベルベットは、変装を少し緩めた。
子爵は、彼女の顔をじっと見つめた。
「もしやスタンダードグレー家の……」
「そうです。私たちは、侯爵に家族を殺され、借金を押し付けられた者同士ですわ」
子爵は、深く息を吸った。
長い沈黙の後、彼は言った。
「おそらく私の家族を殺したのは……侯爵でしょうね。ですが、その証拠を握り、私を奴隷のように使うようになりました。真実を知りたければ、孤児や女性を売れ、と言ってね。
だが断れば、今度は私が『事故』に遭うかもしれないぞ、と脅迫されて」
「ならば、手を組みませんか?」
ベルベットが提案した。
「私たちは、侯爵を倒す計画を進めております。あなたの証言と、闇金事業の記録が、侯爵に致命傷を与えるはずです」
「だが、私の罪も深い」
子爵が俯いた。
「多くの領民から土地を奪い、女性たちを売った……」
「ならば、償っていくしかありませんわね」
別の声がした。
振り返ると、そこには「パルフェ」の姿のパールが立っていた。彼女は、もう変装を解いていた。明るい金茶髪と紫色の瞳が、窓からの光に輝く。
「パルフェ……いや、あなたは?」
「パール・スタンダードグレーですわ。三女の」
子爵は、理解するまでに数秒かかった。そして、苦笑した。
「どうやら、すっかり騙されていたのか。だが……料理は、本当に旨かったんだ」
「これからも、お教えしますわ」
パールが微笑んだ。
「ただし、閣下が償いを始めるならですけどね。奪った土地をきちんと返し、売った女性たちを救出する手助けをし、孤児院に本当の支援をしてくださるのなら」
子爵は、再び肖像画を見つめた。
絵の中の家族は、優しく微笑んでいる。
「……わかった」
彼は、ベルベットに向き直った。
「私が知る限りの、侯爵の犯罪の記録をすべて渡そう。闇金事業で得た私産なども、スタンダードグレー家の借金返済に使ってほしい。
ただし、半分は、被害者への償いに」
「それでこそですわ」
ベルベットがうなずいた。
こうして、5つ目の詐欺は、予想外の結末を迎えた。
ブレイズ・ホールデン子爵は、スタンダードグレー家の「仲間」となり、侯爵打倒の協力者となってくれた。
彼の闇金事業は全て清算され、奪った土地は少しずつ返還され始めた。売られていた女性たちの救出作戦も、スタンダードグレー家と子爵の協力で進められることになった。
そして子爵は、パールに料理の指導を受け続けることを条件に、すべてを告白した。
「実はね」
ある日。
厨房で玉ねぎを涙ながらに切る子爵が言った。
「あの肖像画、……私が描いたんだ」
「え?」
パールが包丁を止めた。
「ルビーと子供たちの姿を、よく描いていたんだよ。絵の才能は、料理よりずっとあったはずなのだが……」
子爵が寂しそうに笑う。
「家族を失った後、絵筆を折ったんだ。もう2度と、幸せな光景を描けなくなったから」
「だったら、……また描けばいいんじゃないですかね」
パールが提案する。
「たとえ悲しい記憶でも、絵にすることで、癒えることもありますよ」
子爵は考え込んだ。
「……そうだな。でもまずは、リンゴの皮むきから完璧にできるようにならないと、だよな」
2人は笑った。
その夜。
スタンダードグレー家の応接間で、エボニーが報告書をまとめていた。
「子爵からの私産で、借金はさらに減りました。そして、侯爵の犯罪の証拠も増えました」
「でも、これで子爵が無罪になるわけじゃないのよね」
ベルベット夫人が厳しい表情で言った。
「彼の罪は、自分で償わせなければ」
「もちろんです。でも、少なくとも、侯爵の鎖からは解き放たれたみたいよ」
ベージュが紅茶をすすりながら言った。
「次は、最後の大物ですよね。侯爵自身に、詐欺を仕掛ける番よ」
「その前に」
パールがチーラを撫でながら言った。
「5つ目の詐欺の準備が進んでいるのよね。エリナセウス第二王子殿下が、どうやら私に興味を持ったみたいで……」
一同がパールを見つめた。
「え?」
ベージュが叫んだ。
「第二王子殿下が?」
「チーラが、王子が私の新聞配達の姿を何度も見ている、と。それに、宮廷の舞踏会に、私を招きたいらしいとも」
エボニーがため息をついた。
「また、変装して潜入する気?」
「いえ」
パールがいたずらっぽく笑った。
「今回は、『素の私』で行きます。だって、王子様が騙されるとしたら、それは彼が悪人だった場合だから」
ベルベット夫人が、娘たちを見つめて微笑んだ。
「みんな、本当に強くなったわね。お父様も、きっと誇りに思っていることでしょう」
暖炉の火が、ぱちぱちとはぜる。
スタンダードグレー家の女性たちは、借金返済のためだけではなく、悪徳貴族たちを懲らしめ、苦しむ人々を救う「半公認の悪徳貴族懲らしめ部隊」として、王国に静かな革命を起こしつつあった。
*****
orz あれ?おかしいなあ、コメディーだったはずなのに…




