11、◆ペテンの犠牲5:宝物庫に潜入する三女
◆ペテンの犠牲者その5:王子様は働き者フェチ?の婚約者パーティと宝物庫に忍び込む三女の騒動
── 侯爵の悪事の証拠を掴むために6番目の詐欺を働く相手を王家に決めたスタンダードグレー一家は、第二王子の婚約者選びのためのパーティの招待状を利用し、宝物庫に忍び込む計画を立てた ──
数週間後。
「パール、本当に大丈夫? 宝物庫に忍び込むなんて……」
ベージュが心配そうに妹のドレスの裾を整えながら言った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。チーラが地図をくれたから」
パールは小さなペンダントを首にかけた。中にはチーラが書いた城の見取り図が入っている。
ヘッジホッグ王国の宮殿は、今夜、輝く宝石のように煌めき盛大なパーティーが開催されていた。ハードウィケ・ヘッジホッグ国王が主催する、第二王子エリナセウスの婚約者を探すための舞踏会が開催されているからだ。
広間には王国の名士たちが集い、絢爛たるドレスと華麗な装飾品が競い合っていた。パーティー会場の貴族の令嬢たちが、第二王子の気を引こうと必死だからだ。
しかし、その中心にいる緑髪の王子本人は、どこか退屈そうで浮かない表情を浮かべていた。
「父上、兄上、私はただ美人なだけの女性を求めているわけではないのですが」
エリナセウス第二王子は、傍らに立つ国王と兄の王太子に小声で訴えた。
「確かにみんな見た目は綺麗だけど……心まで綺麗かどうかはわからないですよね。私は、この国で最も心が美しい女性と結ばれたいのです。外見の華やかさだけでは、真の伴侶とは言えません」
国王は息子の純粋な願いに苦笑した。
王太子も、自分は運よく政略でありながら初恋の相手と婚姻を結ぶことができた。しかし政治的な婚姻が常識である貴族社会において、第二王子のそんな理想主義は危険な香りがする。
それに、今夜のパーティーにはもう1つの目的があった。
宮廷内で増加する詐欺事件の調査 ── 特に、スタンダードグレー伯爵家の動向を探るためでもある。
一方、スタンダードグレー伯爵家の一行は、パーティーへの参加に複雑な心境を抱いていた。
ベルベット夫人は、自身がデザインした深紅のドレスを身にまとい、エボニーは精巧に偽造した宝石のネックレスを輝かせ、ベージュは自ら調合した香水で周囲を魅了し、パールは ── そう、三女パールは、一見すると無害な少女のように、宮殿の厨房で働く許可を得ていた。
「パール、本当に厨房で働くだけなの?」
ベージュが妹に疑念を抱く。
「王子の婚約者パーティーで潜入するなんて、危険すぎない?」
パールは無邪気に微笑んだ。
「エボニーお姉様、私はただ料理の腕を披露するために来たんですよ。王子様が心の美しい女性を求めているなら、美味しい料理で心を満たすのも1つの方法でしょう?」
しかし、その目には確かな決意が宿っていた。
今夜の真の目的は、侯爵が王家に献上したという「マナ石の原石」の調査。チーラの決死の潜入の情報のおかげで、エボニーは贋作の疑いを抱いたからだ。
献上された後、どうやら宮殿の宝物庫に収納されたようだが、その情報を盗み出すこと ── そして、侯爵の陰謀を暴くための証拠などもついでに探ることだ。
パーティーは華やかに進行した。
エボニーは宰相ダウリア大公と絵画談義に興じ、ベージュは近衛騎士団長ブラント公爵に化粧水の効能を熱弁し、ベルベット夫人は王妃陛下やマーシャル女公爵閣下の紹介で王家派閥のご夫人達とドレスデザインの話題で盛り上がっている。
彼らに協力するようになった子爵は、夫人の若々しい美貌と才気に、思わず目を奪われそうになる。
「伯爵夫人、あなたはまるで舞台の女優のように輝いて見えます」
子爵が紳士的に微笑む。
「もし、あなたが ──」
「ホールデン卿、ありがとう存じます」
ベルベットは優雅に頭を下げた。
「ですが、私達はお互いの連れ合いの事を忘れることはできないでしょう? それに、私はドレスデザイナーの仕事は続けさせていただきたいの。
夫が遺した夢と、娘たちの未来を守るためにね」
その間、パールは厨房で驚異的な料理の腕を披露していた。彼女が作った「マナ石風味トリュフ」と称するデザートは、宮廷料理人たちを震撼させた。
しかし、彼女の真の仕事は別にある。ペットのチーラがもたらした宮殿の構造図を記憶し、宝物庫への侵入経路を計算していた。
パーティーのクライマックス。
王子が婚約者候補たちと対面する時間が訪れた。エリナセウス王子は、各侯補者と短い対話を交わすが、どれも心からの感動を得られない。
その時、厨房から運ばれたパールのデザートが王子の前に置かれた。
「これは ──」
王子が一口味わって、目を輝かせた。
「単なる美味しさではない。作り手の真心が感じられる」
その瞬間、王子は何よりも、料理を通じて伝わる温かい心を感じた。
「これを作ったのは?」
王子が近侍に尋ねる。
「本日だけ、宰相閣下や近衛騎士団長の推薦で、厨房の一時的な助手としてご参加された、パール・スタンダードグレー令嬢です。スタンダードグレー伯爵家の三女だったかと」
王子が厨房を覗くと、パールは控えめに厨房の隅で食材を扱っていた。
その瞬間、王子は彼女の姿に釘付けになった ── 派手な美貌ではないが、清潔で誠実な印象、そして何よりも、料理を通じて伝わる温かい心。
それに、彼女は確か、朝に新聞配達でよく市井を走り回っているだけでなく、パン屋で働く姿も見かける娘だと気付いた。
近衛騎士団のブラントと親しい兄のアラレリクス王太子ほどではないが、低位貴族や庶民出身の多い警羅隊に混ざり、エリナセウスは朝は訓練をしていた。
王太子を弟として支えていくために、文官としての才能があまりないため、騎士にでもなって補佐できるようになりたいと考えているからだ。
その訓練時や市井へのお忍びで見かけた、一生懸命に駆け回り新聞配達をする時の姿や、パン屋で働く娘のことが気になっていたのだ。
エリナセウス王子の心は動いた。彼女こそが、外見ではなく内面の美を重視する彼の理想に近い女性かもしれないと。
しかし、王子からそんな熱烈な感情を向けられているとは知らないパールは、厨房の陰から料理を囲んで盛り上がるパーティ会場の人たちの様子を確認すると、宝物庫に入るチャンスだとばかりに厨房や会場の人たちの目が離れた隙に、行動に移すことにした。
「副料理長。食材を取りに、貯蔵庫に行ってきますね」
「了解。あ~ついでに、そこの溜まったゴミも捨ててきて置いてもらえるかな」
「この袋ですね。では、行ってきま~す」
こうして、パールはゴミを所定の処理場に捨てた後、見事に警備の隙をつき、宝物庫へと忍び込んだ。
「よし、これだ……あれ?」
パールが原石に手を伸ばした瞬間、足元の床板がきしんだ。
「誰だ!」
扉が開き、松明の明かりが差し込んだ。
パールは反射的に身をかわすと、狭い隙間へと滑り込んだ。しかしその時、彼女が履いていた靴のヒールがポキリと折れた。
「っ!」
パールは靴を脱ぎ捨ると、素足で逃げ出した。
一方、パールへの思慕を抱いた王子は、その感動を突然の騒動で中断される。
宮殿の警備隊長が慌てて広間に入り、国王に報告した。
「陛下! 宝物庫に侵入者がいるようです! 警備の魔法陣が反応しています!」
場内は一瞬、緊張に包まれた
ここにいるパール以外の伯爵家の3人の顔色が微かに変わる ── もしやパールの潜入がバレた?
しかし、侵入者は別の者だった。
実は、その侵入者は ── アグーチ・ブルーパッチド侯爵の手下だったのである。侯爵はパーティーの混乱に乗じて、宝物庫の偽マナ石を盗み出す計画を実行していたのだ。
王家に1度献上した侯爵のマナ石だったが、やはり後から欠陥があることが判明し、王家に鑑定される前に回収しようとしたのだ。
その侯爵自身はパーティーに参加し、涼しい顔でベルベット夫人に近づいていた。例え手下が捕まっても末端の人材で、上司である侯爵の顔を知らないから、簡単に切れるという余裕からだ。
「夫人、今夜もお美しいですね」
侯爵が狡猾に微笑む。
「しかし、ご主人の借金はまだ残っておりますな。いよいよ今度こそ、鉱山を手放すことをご考慮いただけませんか?」
ベルベットは侯爵の目を冷静に見つめた。
「侯爵、あなたの投資話が偽りだったことを、私たちは知っていますわよ。夫の死はあなたの策略によるものでしょう」
その瞬間、宝物庫からの騒動が広間に響き渡った。
宝物庫内では、侯爵の手下が偽マナ石を盗もうとした瞬間、タイミングが運悪く偽物マナ石が宝物庫の温度と湿度による変化で暴発し、驚いた手下は警備の魔法陣を反応させてしまったと言うわけだ。
警備兵たちが侵入者を追いかけ、宮殿は一時的な混乱に陥った。
しかし手下は簡単に警備兵に制圧され、取調室まで連行された。
一方、パール自身も警備兵に発見される危険があった。
その時、厨房から駆けつけたチーラが、小さなマナ石、……実はエボニーが偽造した見本を警備兵の足元に落とした。
兵たちの注意が見本マナ石に向かい、パールはその隙間を縫って逃げ出した。
彼女の柔軟な身体能力と前世のバレエ技術が、狭い通路での移動を可能にする。
パールはこの機を利用し、宝物庫から戻った後に、貯蔵庫から取って来た食材を副料理長に渡すと、どさくさに紛れて厨房から消えた ──
広間では、騒動の報告が国王に伝えられた。
侵入者は侯爵から命令されたと言い張っていて、マナ石盗難の計画が明らかになった。
しかし、その侯爵は証拠不十分なため、謹慎処分だけを言い渡された。末端だった侵入者を侯爵に目通りさせたが、顔を知らなかったため簡単に蜥蜴の尻尾切りよろしく切られたからだ。
けれど国王は、命令を出した上司が誰であれ、実際に献上したマナ石が暴発する欠陥品であり、疑われるような言動と、王家主催の会場を騒乱させた罰として謹慎を言い渡すことに留まった。
もちろん、スタンダードグレー伯爵一家の動向も、今回は不問にされ無事に帰宅することができた。
ただ、厨房にいた三女のパールが、全ての仕込みが終わった後。女性ならではの体調により具合が悪くなったため、副料理長に残りの料理の配膳を伝えて退室後、帰宅した以外は、妖しい点は何も見つからなかったためでもある。
「ああ、これはエリナセウス殿下」
自分のための宴が台無しにされたエリナセウスであったが、料理長たちと食事の感想を言っている間に消えてしまったパールのことが何故か気になり、場内を探している内に騒動の原因の宝物庫で調査している警備兵たちの姿が目にとまった。
「いや、そのまま続けててくれ。調査中に邪魔して申し訳ないね」
警備責任者の隊長は、王子もよく知る騎士の1人だ。王子が近づくと、部下に作業を続けさせ、自分が相手することに決めたようだ。
「いえ、今は侵入者たちの供述に矛盾がないか確認していただけなので、問題ありませんよ。……もしや何か気になる点でも?」
「う~ん、なんだろうなあ。奥歯に何か挟まって取れないような気分なんだよね。それで、侵入者は結局、捕まえた2名だけだったって?」
「はい、捕らえた本人たちにも泥棒としてのプライドがあると言うのもおかしな話ですが、他には雇われていないと。
1人は鍵をこじ開けた後、扉の傍で外の様子を見張る役。もう1人が目的の物を盗み出す役だったそうです」
「うん。取り調べでもそう供述してるようだね。で、これが近くの廊下の隅に落ちていたと?」
王子が指摘した通り、警備兵たちが侵入者の供述通りの侵入経路などを調査中、宝物庫周辺の通路で小さなボロ靴をたまたま発見しただけなのだが。
「はい。ですが相当年季が入って接ぎ当てだらけでぼろぼろな上に、壊れています。それに、この大きさですと小さな子供か、良くて女性が履いていた靴でしょう。
ですから王宮の泥棒に入るほどの人物としては無理がある上に、今回の騒動には関係ないだろうと言う見解で」
警備兵の1人が拾った靴を、王子も見せてもらったが、すぐに興味を無くした。
「なるほどねえ。確かに飾りも何もないし、貧しい庶民でも入手できる程度の平凡な靴だ。恐らく下女か、子供の下男が壊れたために捨てたのがたまたまここで発見されただけだろうね。
いいよ、これは私が処分しておくから。父……国王陛下には、こんな靴のことまで報告する必要はないから。すぐに忘れていいからね」
「はっ! では引き続き作業に戻ります」
靴を兵士から受け取った王子だが、何故かこのことを誰にも知られたくなくて、兵士たちが離れると、そっとハンカチに包んで懐に仕舞い込んだ。
*****




