12、◆ペテンの犠牲6:最後の詐欺
◆ペテンの犠牲者その6:最後の詐欺と、真の敵との対決
── 蛇足:王子様は働き者フェチ? 意外な求婚のお相手とは ──
翌日。
しかし、城で奇妙な噂が広まった。
宝物庫に忍び込んだ泥棒が、使い潰した靴を置いていったというのだ。しかもその靴底は、長年の使用で薄く磨り減っていたのだから。
「働き者の女性のようだな……」
エリナセウス王子がその靴を手に取り、不思議そうに見つめた。
「こんなに使い込まれた靴を履いているなんて、きっと真面目で勤勉な女性に違いない」
王子の目が輝いた。
彼は国中で一番「心の綺麗な女性」を探していたが、もしかしたら「働き者」というのも重要な要素なのかもしれない。
それから数日後。
スタンダードグレー伯爵家に思いがけない訪問客があった。
「エリナセウス・ヘッジホッグ第二王子がご挨拶に」
使用人がいないので、たまたまメイドの格好をしていたベージュが応対した後、そう告げると、彼女以外の家族全員が凍りついた。
「まずいわね、……もしかしてバレたのかしら?」
エボニーが小声で言った。
しかし王子は笑顔で客間に入ってくると、パールの前に進み出た。
「あなたが、あの夜の……」
王子が言いかけると、パールの顔色が青ざめた。
「パール・スタンダードグレーさん、あなたの料理は心を伝えました。あなたは、外見ではなく内面の美と勇気を持つ女性です」
そして、エリナセウス王子はさらにパールに歩み寄る。
「この靴の主はあなたですよね」
エリナセウスは嬉しそうに言ながら、大切そうに布に包まれた靴を懐から取り出した。
「こんなに使い込まれた靴を履いているなんて、きっととても勤勉な方なのでしょう。実は私、国で一番心の綺麗な女性と結婚したいと思っていたのですが、働き者であることも大切な美徳だと思い至りました」
「えっ? ……」
パールは目を丸くした。
「ええええ~っ!」
「お姉さんたちにはみんな、貰い手に行く当てがあるみたいだよね」
王子は周りを見回した。
エボニーは宰相と、ベージュは近衛騎士団長と、実は詐欺の被害者たちだが、なぜか好意を持たれ、そしてベルベットはブレイズ子爵と親しくしている。
「君が伯爵家を継ぐなら、夫が必要になるだろう? 私がなってもいいかな? それに、第二王子派や貴族派に余計な野心を持たせないためにも、王太子派に警戒されないためにも、上位爵位よりも伯爵位の方が都合がいいのだよ」
客間は水を打ったように静まり返った。
パールは少し戸惑った。王子の婚約者になる? それは彼女の計画にはなかった。彼女は家族を守り、借金を返済し、侯爵の悪事を暴くことだけを考えていた。
「王子様、私は ──」
「急がなくてもいい」
王子が微笑んだ。
「まずは、あなたの家族が新しい生活を始めることを見守りたい。そして、時間をかけて、あなたの心を知りたいだけなのだ」
そこて突然、ベルベットが咳払いをした。
「王子様、大変光栄なお申し出ですが……パールはまだ16歳ですわよ。結婚について考えるには少し早すぎませんか?」
「あ~……確かに、そうでしたね」
エリナセウスは真剣な顔でうなずいた。
「では、婚約だけでも。そして彼女が18歳になるまで、私は彼女の働き者ぶりをもっと知りたい。例えば……一緒に慈善活動をするとか?」
パールは固まっていたが、次第に王子の真摯な表情に心が動き始めた。
(この人、本当に私の「働き者」なところが気に入ったんだ……変な人だけど、悪い人じゃなさそう)
*****
── ペテンの犠牲者その6:最後の詐欺の真の敵との対決 ──
「さて、最後の大物ね」
パール・スタンダードグレーは、月明かりに照らされたアグーチ・ブルーパッチド侯爵邸の外壁を見上げながら、小さくつぶやく。
隣には、ドライフルーツを期待して目を輝かせるチーラがいる。
「今夜こそ、あの悪徳侯爵の全ての証拠を手に入れるわ」
家の中では、他の家族たちが作戦の最終確認をしていた。
エボニーは、侯爵が収集した贋作絵画のリストをチェックしながら言った。
「侯爵の絵画コレクションの3分の2は、私が描いた習作よ。本物と見分けがつかないくらい精巧にね」
ベージュは、化粧水の小瓶を手に取り、冷笑した。
「あの人は私の『若返り化粧水』を高値で買い上げてくれたけど、実はただのハーブ水に香料を加えただけ。効果は……まあ、プラシーボ効果だけね」
ベルベット夫人は、豪華なドレスを身にまといながら、ため息をついた。
「侯爵が私に贈ってきたこのドレス、生地は確かに上質だけど……デザインが10年は遅れてるんじゃない? 今夜のパーティで着るのが恥ずかしくなるわ」
その夜。
侯爵は自宅で盛大なパーティを開催していた。王国の名士たちを招き、自分の権勢を誇示するために。
パーティ会場では、侯爵が得意げにスピーチをしていた。
「諸君。私は近く、スタンダードグレー伯爵家の廃鉱山を開発する計画を……」
その瞬間、会場の照明が一瞬消え、再び点灯したとき、侯爵の前に3人の女性が立っていた。
エボニーは優雅にお辞儀をすると、手にした絵画を掲げて会場中に見える様にした。
「侯爵様、これはあなたが金貨1000枚で購入された『名画』ですが……実は私が3時間で描いた習作なんです」
ベージュは化粧水の瓶を振りながら、にっこり笑った。
「この『若返りの秘薬』、実はカモミールティーにラベンダーオイルを垂らしただけなんです。効果は実感されましたか?」
ベルベット夫人は、ドレスの裾を軽く持ち上げた。
「このドレス、確かに高級素材を使っておりますが、デザインが古すぎて、今シーズンではまったく流行らないでしょう。せっかくですから、新しいデザインをご提案しましょうか?」
会場は一瞬静まり返ったが、やがて爆笑の渦に包まれた。
侯爵の顔は真っ青になり、次第に紅潮していった。
「な、なにを……! 執事よいるか、衛兵を呼べ! この女たちを逮捕させろ!」
その間、パールとチーラは侯爵の書斎に潜入していた。
「チーラ、あの金庫を開けて」
チーラは小さな体で金庫のダイヤルに飛びつくと、器用に回し始めた。前世で新体操を嗜んでいたパールは、天井の梁から身を翻し、書類棚の上に隠された秘密の引き出しを発見していた。
そこには、侯爵の悪事の全てが記録されていた。
「あったわ……」
彼女は分厚い帳簿や契約書類などを手に取って確認していく。
「……孤児を娼婦として売り払った記録……奴隷売買の記録と契約書、……『パス・バレー』からの収入による不正書類、それに……」
パールの目が大きく見開かれた。
「隣国スパイのマグナとの取引誓約書! お父様を騙した投資詐欺の計画書まで!」
パールの顔が青ざめた。
「それだけじゃなかったのね」
チーラが、机の引き出しから小さな鍵を取り出してきたた。
「チーラ、よく教えてくれたわね。この鍵で、地下牢が開くのね?」
小さなペットは彼女の肩に飛び乗った。
「チー!」
チーラは得意げにしっぽを振る。前足には、ドライフルーツのかけらが握られていた ── ご褒美として渡されたのだ。
地下牢は、彼女たちが想像していた以上に陰惨な場所だった。
錆びた鉄格子の向こうには、10数人の少女たちが怯えた目でうずくまっていた。年齢はパールと同じくらいの成人女性から、もっと幼い娘まで様々いる。
「大丈夫よ、もう怖がらなくていいの」
パールが優しく声をかけると、少女たちのうちの1人が震える声で答えた。
「あ、あなたは……?」
「私は、あなたたちを助けに来たのよ」
パールが断言した。その声には、女優の母からの訓練を受けた説得力がある。
「でも、どうやって……?」
別の少女が尋ねた。
その時、パールが微笑んだ。
「簡単よ。だって……」
チーラが得意顔で、パールが鉄格子の鍵穴の前に差し出した手の平まで駆け乗ると、あっという間に鍵穴に向かいフッと息を吹きかける。
「私たちはプロだもの」
「チュイ!」
カチン。
チーラの不思議な魔法?で、わずか数秒で、錠前が開いた。
「何者だ!?」
書斎のドアが突然開くと、アグーチ・ブルーパッチド侯爵が怒り狂った顔で書庫に駆け込んできたのは、ちょうどその数分後だった。
銀色に光る髪と、冷たい銀の瞳 ── その名の通り、アグーチ=まだらの黒髪に銀のストライプが入った異様な風貌の男は、地下牢の隠し出入口から出てきたパールを見て目を見開いた。
「ベルベットまで……? お前たち、どうしてここに!」
侯爵の慌てた様子に、警報装置か何かでパールが潜入したことがバレたのだと、ベルベットたちは邸の使用人や衛兵たちの目をかいくぐって侯爵の後を追ってきたのだ。
「チーチー!」
チーラがパールから受け取った書類の一部を渡されたベルベットは、夫の死の真相を理解したのだ。
「全て知ったわよ、侯爵様」
ベルベット夫人は、悲しげに ── しかし底には怒りを秘めて ── 言った。
「あなたが私の夫を騙し、死に追いやったこと。鉱山を奪おうとしたこと。そして……他の罪深い取引のことまで」
侯爵は嘲笑った。
「証拠があるというのか? たとえあったとしても、お前たち泥棒が盗んだ証拠など、裁判では通用しないぞ!」
「あらあら、でも」
エボニーがにっこり笑った。
「私たちが『盗んだ』のではございませんことよ。『発見した』のですわ。それに…」
彼女もパールが抱えていた帳簿を手に取ると、ぱらぱらとめくって見た。
「ここには、あなたが隣国に情報を売っていた記録もありますわね。あらら~、商人マグナとの共犯関係まで。これらは国家反逆罪では?」
「くっ……!」
侯爵の顔から血の気が引いた。
「この小娘どもめ……! よくも私をここまで……!」
焦った侯爵が、まだ他の契約書などを抱えたパールに向かう。
しかし、パールは一瞬も動じない。バレエで鍛えた足さばきで侯爵の脇をすり抜け様に転ばせると、書斎の扉前に立つ家族の傍に走った。
「侯爵様、あなたの悪事はもう終わりよ」
彼は叫び声を上げ、衛兵を呼ぼうとした。
その瞬間。
「チー!」
チーラが侯爵の顔めがけて飛びかかった。
「うわあっ? この畜生がっ!」
侯爵は必死にチーラを払いのけようとするが、小さな魔法獣?は驚くほど素早い。あちこち飛び回り、侯爵を完全に混乱させた。
「さあ、今の内よ!」
パールが叫んだ。
家族たちは証拠書類を抱えると、解放した少女たちを連れて、侯爵邸から脱出した。
侯爵は髪をかきむしりながら叫んだ。
「待て! 戻ってこい! 話し合おう! 鉱山の権利を半分やる! いや、全部だ! 全部お前たちにやる!」
しかし、彼の声は夜の闇に消えていった。
翌朝。
スタンダードグレー邸にブラント・シルバーパイド公爵が訪れた。
銀髪の騎士団長は、机の上に積まれた証拠書類や、施設に保護された女性たちの証言記録書を見て、赤い瞳を細めた。
「……これは驚きました。侯爵の悪事が、ここまであったとは」
「全て本当のことですわ」
ベルベット夫人が言った。
「私たちは……最初はただ借金を返すためだけに、小さな詐欺を働いておりました。でも、次第に大きくなり、そして最後にこれに行き着いたのです」
ブラントはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「実は、王弟であるダウリア大公殿下も、エリナセウス第二王子殿下も、アグーチ侯爵の動きを怪しみ調査していました。ですから……」
彼はスタンダードグレー一家を見回した。
「もしあなた方が、これらの証拠を正式に提出し、侯爵の裁判で証言してくれると言うのなら、あなた方の過去の『軽微な不法行為』については、見逃すよう国王陛下に取り計らえます」
「軽微な……?」
エボニーが眉を上げた。
「あの、大白金貨50枚の借金を帳消しにするための詐欺が、『軽微』ですか?」
ブラントの口元がわずかに緩んだ。
「侯爵の国家反逆罪と奴隷売買に比べれば、確かに『軽微』と言えるでしょう。それに……」
彼はパールを見た。
「新聞配達や掃除のアルバイトをしながら、大金持ちの調査をしていたなんて。なかなか……勤勉なことではありませんか」
パールは顔を赤らめた。
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