2、◆伯爵夫人の裁縫?
orz 今回も中途半端ですが次のエピソードが短いので、少し長めに区切りました。
◆ベルベット伯爵夫人のお裁縫箱?
── ベルベット伯爵夫人の裁縫箱を使っただけの小さな抵抗と、そして反撃するために復讐の糸を張り巡らせる ──
とはいえ、具体的にどう怪しい異国人のマグナや、侯爵をやりこめればいいのかの策は未だ浮かんでこないまま、4人は日々を善良な方法で借金返済のために過ごしていた。
そんなある日。
「お母様、今日は孤児院にお出かけの日ですよね?」
パールが、朝食の片付けをしながら母親のベルベットに声をかけた。明るい金茶髪が朝日に輝き、紫の瞳が心配そうに母親を見つめる。
「ええ、借金で苦労しているとはいえど、貴族としての義務は果たさなければなりませんからね」
ベルベット伯爵夫人は、今でも30代とは思えないほどの若々しい美貌を保ち、赤い髪を丁寧に結い、紫の瞳には決意の光が宿って見えた。
夫グレイの死から早数か月。
大白金貨50枚という途方もない借金を背負いながらも、彼女は決して膝を屈せず奮闘していた。
「それにしても、あのアグーチ・ブルーパッチド侯爵め……」
エボニーが歯ぎしりしながら言った。彼女は父方の祖父似の橙髪をなびかせ、紫の目を怒りに燃やしている。
「父様の死の原因を作ったくせに、まだ母様に言い寄ってくるなんて、ホント! 厚かましいにもほどがあるのよ!」
「落ち着いて、エボニー姉上」
ベージュが姉をたしなめる。彼女は父似の桃髪を複雑に編み上げ、自ら開発した化粧水でつややかな肌を保って見える。
「感情的に動いても仕方ないもの。今は冷静に計画を進めなければね」
ベルベットは娘たちの会話にほほえみながら、手作りの刺繍入り毛布をカゴに詰めた。前述の通り、彼女の刺繍とレース編みの技術はプロ並みなので、孤児院への慰問品として毎月届けることにしていたのだ。
「行ってくるわね。チーラは、お留守番をお願いね」
「チュイ!」
リビングのソファの上で丸くなっていた不思議なペットが返事をする。。
ベルベットは馬車に乗り込むと、首都の貧しい地区にある孤児院へ向かった。
道中、彼女は窓の外をぼんやりと眺めていた。
(グレイ……あなたが私の名義に変えてくれたあの鉱山。実はマナ石の宝庫だっただなんて……)
アグーチ侯爵が、生前の夫であるグレイ伯爵に近づいて投資話を持ち込んだのは、もしかして鉱山に莫大な価値があることを知っていたのかしら?
(でも、今すぐに採掘を始めるわけにはいかないわ。未だ侯爵が目を光らせ続けているから。それに……)
彼女はため息をついた。
(大白金貨50枚の借金を返すためには、もっと即効性のある方法が必要よね)
孤児院での慰問を終え、帰路についたベルベットの馬車が、人通りの少ない路地を通りかかった時、彼女はある店に目を留めた。
「あれは、エボニーが懇意にしている『パラエ・キヌス』では……?」
看板は大分色あせ、窓に並ぶドレスに使われている生地の質は悪くなさそうだが、いかんせんそのデザインが明らかに流行遅れ。
しかし、店内から聞こえてくるのは、優しい母親の声と、懸命に縫い物をする針の音だった。
「御者さん、通りの邪魔にならない位置に、馬車を止めておいてもらえるかしら。割増料金をお払いしますから」
「かしこまりました、奥様」
馬車を止めさせさたベルベットは、店の中へと足を踏み入れた。
店内はこぢんまりとしているが、清潔で温かい雰囲気が漂っている。30代前半に見える茶髪の女性が、12歳くらいの少女に裁縫を教えているところのようだ。
「いらっしゃいませ……あら?」
女性が顔を上げると、ベルベットの服装を見て目を見開いた。質素ではあるが、貴族であることが一目でわかるドレスを着ているからだ。
「スタンダードグレー伯爵夫人……?」
「私の事をご存知でいらっしゃる? そういう貴方は?」
「エボニー伯爵令嬢には、装飾品のご相談で時々お世話になっております。挨拶が遅れてとんだ失礼を。ヘミエと申します。こちらは娘のメッセです」
ヘミエはおずおずと頭を下げてきた。
娘のメッセも小さく会釈してくれる。
「ああ、エボニーが作っている、宝石の削り屑やガラス細工などを使った装飾品は、貴方が助言してくださっていたのね。
それで、この店を経営されているのですね。それにしても……」
ベルベットは店内を見回した。生地の質は確かに悪くないのだが、デザインが十年は遅れて見える。これでは客が来ないのも無理はない。
「そうなんです、伯爵夫人。実は……正直に申し上げますと、経営は今とても苦しい状況にあるのです」
ヘミエはうつむいた。
「以前まではそれなりに繁盛していたのですが、1か月程前に向かい側に新しい洋裁店がオープンしてから……」
「新しい洋裁店?」
「はい、『パス・バレー』というお店ですわ、伯爵夫人。もしかしてご存知でいらしたのでしょうか? 高級生地をふんだんに扱い、それでどのようにして儲けがあるのかわかりませんが、最新のデザインのドレスまで提供しています。
ですが、あのお店の人気が高いのはそれだけでなく……」
ヘミエは声を潜めた。
「あの店には、美しい女性たちが常駐していて、男性貴族たちを引き寄せているという噂があるのです。どうやら……娼婦斡旋をしているらしいのです」
ベルベットの紫の瞳が鋭く光った。
「その『パス・バレー』の出資者については判りますか?」
「アグーチ・ブルーパッチド侯爵様だと聞いています」
「……なるほど」
ベルベットの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
すべてがつながってきた。侯爵はベルベットを追い詰めるために、ありとあらゆる手段を使ってきたようだ。
夫を騙して借金を背負わせただけでなく、彼女の生活の糧までも奪おうとしているのだと。
「ヘミエさん、メッセさん」
ベルベットは突然、明るい声で言った。
「私が、あなたがたの店を立て直すお手伝いをしても構わないでしょうか?」
「えっ……?」
「もちろん。私のような貴族が相手ですから、断れないと言う一方的なお願いをするつもりは毛頭ありませんわ。
あなた方がどうしても納得できないと思うなら、断っても構いません。というのも、これから提示する条件に抵触することなのですが」
「断っても構わないと仰るのなら……ですが、もしも店を立て直しできるのなら、せめてお話だけでも聞かせていただけませんか?」
「興味はあると言うわけね。いいわ、ヘミエさん。条件と言うのは、私のデザインを使ったドレスを作っていただくこと。その代わりに、売り上げの1部を私に還元していただきたいの。
それで、……ここだけのお恥ずかしい話なのですが、それを借金の返済に充てたいのですわ」
ヘミエとメッセは顔を見合わせた。
「でも、なぜ私たちのような零細店を……?」
「理由は2点あります」
ベルベットは指を立てた。
「第1に、あなたがたは誠実なだけでなく、優れた技術をお持ちである点。流行に敏感ではないかもしれませんが、縫製の腕は確かなようですし」
彼女はメッセが縫っていた生地の箇所を指さした。
「このステッチ、本当にとても丁寧で綺麗ですわ。12歳でここまでできるのは才能ですわよ」
メッセの頬がほんのり赤くなった。
「第2に……」
ベルベットの声が低くなった。
「あの『パス・バレー』を潰したいの。正確には、あの店の背後にいる男に復讐したいのです」
ヘミエは息を呑んだ。
「侯爵様を……?」
「ええ。彼は私の夫を死に追いやっただけでなく、私の大事な家族を破滅の淵に追いやったのよ。そして今、あなたがたのような善良な人々の生活まで奪おうとしているじゃないの」
ベルベットの目に、一筋の涙が光ったが、すぐに拭い去られた。
「私は伯爵夫人としても、また1人の女性としても、これ以上、彼の悪事を見逃すことはできませんわ」
沈黙が店内を包んだ。
そして……
「お手伝いします!」
メッセが突然叫んだ。
「母さん、お願い! 伯爵夫人様と一緒に頑張りたい!」
ヘミエは娘を見つめると、深く頷いた。
「貴族からの申し出ですから断れようはずもないかと思いましたが。お話を聞く限り、店に益のある条件のようですし。
私も……私にもお手伝いさせてください。ただし、1つだけお願いがあります」
「どのようなことでしょう?」
「貴族である伯爵夫人にこのようなことを頼むのは、不敬かもしれませんが、店の事はもちろん、娘を危険な目に合わせるようなことだけはさせないでください。メッセのことを守ると約束してほしいのです」
ベルベットは優しく微笑んだ。
「お約束しますわ。むしろ、あなたがたを巻き込むことになり、申し訳ないとさえ思います」
こうして、ベルベット伯爵夫人と『パラエ・キヌス』の奇妙な共同戦線が結成された。
その夜。
屋敷に戻ったベルベットは、早速デザイン画を描き始めた。彼女の手から生まれるデザインは、ヘッジホッグ王国では見たことないほど独創的で美しかった。
「母様、これは……!」
エボニーが驚いて声を上げた。彼女は宝石や美術品の目利きとしての才能があり、美に対する感覚が鋭い。
「まるで魔法のようです! このライン、それにこのシルエット……」
「まだ完成ではないわよ」
ベルベットは笑いながら言った。
「でも、これが第一弾。『パス・バレー』に対抗するための武器にするのよ」
「私も手伝います!」
ベージュが駆け寄ってきた。
「ヘアスタイルとメイクの提案をします」
「ドレスに合ったヘアアクセサリーは、もちろん私が作りますわ、母様」
エボニーも当然のように胸を叩く。
「それなら私も」
パールが厨房から顔を出した。
「ドレスを着る方々へのお茶とお菓子の提案を。ドレスに合った香りの紅茶もブレンドできます」
「チュイ! チュイチュイ!」
ソファから飛び降りたチーラは、何やら主張してきた。
「チーラは偵察に行きたいって言っているわ」
エボニーが翻訳した。
「『パス・バレー』の内部を探ってきてくれるそうよ」
家族を見回したベルベットは、胸が熱くなった。
「ありがとう、みんな。でも、まずは計画を立てなければ」
彼女はデザイン画を広げ、説明を始めた。
「最初のターゲットは、マーシャル・ポーキュパイン女公爵よ」
「あの紫髪の……?」
「ええ。彼女は宝石マニアで、新しいドレスにも目がない人よ。しかも、ブルーパッチド侯爵とは犬猿の仲らしいの」
ベルベットの目がきらりと光った。
「侯爵が出資する店のライバルに、彼女を顧客として引き込むのよ。それだけで侯爵は腹を立てるはずに違いないわ」
「でも、どうやって接触すればいいのかしら?」
パールが尋ねた。
「簡単よ」
ベルベットはいたずらっぽく笑った。
「女公爵の使用人に、『パラエ・キヌス』の新しいドレスの噂を流してもらうのよ。それも、わざとらしくないようにね」
計画はすぐに実行に移された。
小さな体を活かしたチーラは、女公爵の屋敷に潜入。使用人たちの会話を盗み聞きし、好みの情報を集めてきてくれた。
ベージュは女公爵の髪色と瞳の色に合う化粧品と香水を開発。
エボニーは偽の宝石アクセサリー……一見、本物のように見えるが、実は精巧な偽物を制作。
そしてパールは、ドレスを着る場面を想定した、軽くて美味しいお菓子を考案した。
1週間後。
『パラエ・キヌス』の店内は見違えるように変わっていた。
ベルベットのデザインによる3着のドレスが、巧みな照明のもとで輝いている。
「まず1つでも、売れればいい」
ヘミエが緊張して言った。
「いえ、間違いなく3着とも売れますとも」
ベルベットは自信に満ちて微笑んだ。
その時、店のベルが鳴った。
入ってきたのは、紫髪が美しく輝く、40代の女性だ。橙の瞳が鋭く店内を見回すと、ベルベットのデザインしたドレスに目を留めた。
「これ……」
マーシャル・ポーキュパイン女公爵が、ため息のような声を漏らした。
「なんて美しいデザイン……」
「女公爵様、いらっしゃいませ」
ベルベットは優雅にお辞儀をした。
「スタンダードグレー伯爵夫人……? あなたがこの店の……?」
「デザイナーですわ。そして、経営者の友人でもありますのよ」
ベルベットはさりげなく答えた。貴族が直接商売に関わるのははしたない行為だが、借金返済のためだから手段は選んでいられないのだ。
「このドレス……私に試着させてくれないかしら?」
女公爵の目は、1番華やかな赤いドレスから離れない。
「もちろんですわ。ただし……」
ベルベットはわざと間を置いた。
「このドレスには、特別なストーリーがございますの。着る方の強い意志と、復讐心が必要なのですわ」
「復讐……?」
女公爵の口元がゆるむ。
「面白そうじゃないの。詳しく聞かせてちょうだいな」
こうして、マーシャル・ポーキュパイン女公爵は『パラエ・キヌス』の最初の大切な顧客となった。彼女が赤いドレスを着て次の舞踏会に現れた時、その場にいたアグーチ・ブルーパッチド侯爵の顔が一瞬で青ざめたのを、ベルベットは遠くから楽しそうに見守っていた。
(これが第一歩よ、侯爵様)
彼女は心の中で呟いた。
(私の家族を苦しめた代償を、これから少しずつ払っていただくわ)
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