1、◆ペテン師一家の誕生?
orz 次のエピソードに区切りがいいので、長めになっちゃいました。
◆ペテン師スタンダードグレー伯爵一家の誕生?
── スタンダードグレー伯爵一家は借金返済のために奮闘するよ ──
こうしてスタンダードグレー家は、ほとんどすべての資産を失い、かろうじて住み慣れた屋敷と、名義だけの廃鉱山を残すのみとなった。
「さあ、みんな」
ベルベット夫人は娘たちを集めて言った。
「私たちにはまだ技があるわ。この腕を頼りに生きていくしかないわね」
実は夫人は、若い頃からドレスデザイナーとしての才能があり、刺繍やレース編みはプロ並みの腕前なのだ。
彼女は内職でレースを編み、刺繍を施したハンカチやテーブルクロスを作り、町の店で売り始めた。
長女のエボニーは、天才鑑定士としての目と贋作を作る驚異的な技術を持っていた。彼女は宝石や装飾品の修復を請け負い、時には……本当は言いたくないが、顧客から持ち込まれた本物を参考に、精巧な複製品を作ることもあった。
「これはあくまで参考用のレプリカですからね」
エボニーはいつもそう言い訳した。
「本物を安全に保管しておくためだけの技術なのです」
次女のベージュは、ヘアデザインとメイクの才能に加え、薬草から香水や化粧水や美容クリームなどを作る技術を持っていた。
そこに、さらにパールの前世知識のアドバイスもあり、シャンプーやヘアクリーム、香りのする液体石鹸なども開発した。
※異世界には固形石鹸はあるらしいが、液状石鹸は珍しいらしい。
彼女は母親と姉妹の髪型やメイクを手伝いながら、自作の化粧品を母親が懇意にしている商店を通して、近所の女性たちに売り始めた。
彼女たちの商品は、低位貴族夫人たちなら出入りできる商店で、市井の庶民だけでなく、低位貴族たちの間では密かな人気を博し、彼らから口コミで密かな宣伝効果が生まれていた。
「母上、この新作の化粧水、試してみてください」
ベージュが小さな瓶を差し出した。
「パールが市場で手に入れたハチミツと、裏庭で育てている金銀花を使いました」
パールも負けてはいない。三女のパールは家事全般を一手に引き受けていた。洗濯、掃除、そして何より料理の腕前は前世の見習い料理人の記憶が蘇ったおかげで、プロとは言えないがそれに近い腕前だ。
また彼女は若さを利用して早朝の新聞配り、市場や町の掃除のバイト、パン屋「シャン・パン」でのアルバイトを掛け持ちし、少しでも家計を助けようとした。
*****
── スタンダードグレー伯爵家に住み着いた謎の動物は小さな共犯者なのか? はたまた魔法のペットなのか? ──
スタンダードグレー家にはもう1人、いや1匹、重要な家族がいる。チーラと名付けられた、チンチラのような見た目の小さな獣だ。
グレイ伯爵が生前、取引先で見初めて連れ帰ったこのペットは、実はただの動物ではなかった。どうやら人間の言葉を理解し、時には文字まで書くことができるのだから。
「チーラ、お願い」
エボニーが小さな巻紙をチーラの首に結びつけた。
「これを洋裁店のヘミエさんに届けてきて。返事を待っているから」
チーラはキーキーと鳴き、すばやく部屋を出ていった。この小さな獣は、狭い隙間を通り抜け、偵察を行い、時には小さな宝石や書類を「借用」することも得意だった。
もちろん、ご褒美のドライフルーツのためなら、どんな仕事でも引き受けた。
「あの子、本当に賢いわね」
ベージュが笑った。
「もしかして魔法の獣か、妖精か何かかしら?」
「魔法か妖精かどうかはわからないけど」
パールが台所から声をかけた。
「お父様が連れて帰った時から、ずっと家族の一員だもの」
*****
── 転機はチャンスなのか? 凶兆なのか? ──
ある日。
パールが市場で掃除のバイトをしていると、見知らぬ商人が近づいてきた。
「君、スタンダードグレー家の娘さんだね?」
男は焦げ茶色の髪に黒い目をしていた。
マグナと名乗るその男は、投資の話を持ちかけようとしているようなのだ。
「うちにはもう投資するお金なんて1青貨もありませんよ」
パールはきっぱりと断った。
「いやいや、お金の話じゃない」
マグナはにやりと笑う。
「君たちが持っている廃鉱山の話だ」
パールは警戒して男を見つめ返した。
「あの廃鉱山はお母様のものですから。売れません」
「売れと言ってるんじゃない。中に入れて調査だけさせてほしいんだ。もし価値のある鉱物が見つかれば、利益を分け合おうじゃないか」
パールは考え込んだ。大白金貨50枚分の借金を返すためには、どんなチャンスも逃せない。しかし、この男が信用できるかどうか……
「1度、家族で相談させていただきますよ?」
「わかった。色よい返事を待っているよ」
マグナは去ったが、パールは知らなかった。
この男が実は隣国のスパイであり、スタンダードグレー家の廃鉱山に何か特別なものがあるという情報を掴んでいることを。
*****
── スタンダードグレー伯爵家は家族と夜の会議を行う ──
その夜。
スタンダードグレー家の食堂で家族会議が開かれた。
「絶対にだめよ」
ベルベット夫人が首を振った。
「あの鉱山はグレイからの贈り物なの。見知らぬ人に調査なんてさせられない」
「でも母様」
不満そうにエボニーが言ってきた。
「もし本当に価値のあるものが見つかれば、借金を返せるかもしれません」
「私も姉さんに賛成です」
ベージュも加わる。
「このままではいつか屋敷も取り上げられてしまいます。何か手を打たなければ」
パールは黙って聞いていたが、ふとあることを思いついた。
「そうだ……チーラに偵察に行かせましょうよ」
「え?」
3人が同時に声を上げた。
「チーラならあの小さな体で鉱山の中に入って行けます。何があるか調べてきてくれるはず」
「それは……いい考えかもしれないわ」
ベルベット夫人がうなずいた。
「でも危険じゃないかしら?」
その時、テーブルの上にいたチーラがキーキーと鳴き、得意げに胸を張った。どうやら自分がその任務にふさわしいと主張しているようだ。
「よし、決めたわ」
エボニーが立ち上がった。
「明日の夜、チーラを鉱山に送り込みましょう。でもまずは、あのマグナという男の正体を調べる必要があるわね」
「それなら私がやってみるわ」
ベージュが言う。
「美容クリームの新しい顧客だと言って、あの男に近づいてみる」
「私は市場で聞き込みをしてきます」
パールが付け加えた。
「あの男がどこから来たのか、何をしているのか」
ベルベット夫人は娘たちの決意を見て、少しだけ笑顔になった。
「みんな、本当に強くなったわね。お父さんが見ていれば、きっと誇りに思うことでしょう」
次の日。
スタンダードグレー家の女性たちはそれぞれの任務に就いた。
ベージュは自作の美容クリームを持って、マグナが滞在している宿屋を訪れた。
「こんにちは。新しい商品のサンプルをお持ちしました」
マグナは怪訝そうな顔をしたが、ベージュの持ってきたクリームの効果に驚いた。
「これは……すごい効き目だ。君が作ったのか?」
「はい。スタンダードグレー家秘伝のレシピなのです」
ベージュは嘘をついた。実際には彼女が独自に開発したものだったが、由緒ある家のレシピと言った方が信用されると考えたのだ。
一方、パールは市場で働きながら、商人たちにマグナのことをそっと尋ねて回った。
「あの男のことかい? いやあ、実はよく知らないんだよな」
「たまに来る異国からの行商人みたいなんだけど、どこから来たのか誰も知らないんだよ」
「でも目利きは鋭いみたいなんだ。宝石や鉱物にも詳しいって噂だ」
*****
── チーラの大発見と廃鉱山の秘密の真実とは? ──
夜になると、エボニーがチーラに小さなランタンと羊皮紙、炭筆をくくりつけた。
「気をつけて行ってきてね、チーラ。ただ何があるかだけでも、しっかり調べてきて」
チーラはキーキーと鳴き、暗闇に消えていった。
チーラが廃鉱山の探索から帰ってきたのは明け方近くだった。
小さな体はほこりだらけで、疲れ切っているように見えたが、目は輝いていた。
「どうだった?」
パールが抱き上げると、チーラは首に結びつけられていた羊皮紙をくわえて引っ張った。
エボニーが羊皮紙を広げると、そこにはチーラが描いたと思われる粗いスケッチがいくつもあった。トンネルの地図、そして……
「なにこれ……地図?」
エボニーが息をのんだ。
チーラが描いてきてくれた地図は鉱山内部の詳細な地図のようだ。
「これは……?」
パールも覗き込む。
スケッチには、鉱山の奥深くで光る石が描かれている。どうやらただの石ではないようだ。魔法の結晶のようにも見える。
「もしかして……マナ石?」
エボニーの目が輝いた。
「マナ石……魔法を宿した石のことだよね?」
ベージュが小声で言った。
マナ石は魔法のエネルギーを蓄えることができる貴重な鉱石で、非常に高値で取引されている石だ。
「でも、なぜ今まで誰も気づかなかったの?」
パールが尋ねた。
「お父さんが……」
ベルベット夫人がゆっくりと言った。
「グレイが、あの鉱山を宝物であり希望とちょっとした面白い秘密があると言っていたのは、単なるロマンチックな言葉じゃなかったのかもしれないわ」
その時、家族は1つの事実に気づいた。グレイ伯爵は廃鉱山の真の価値を知っていたのかもしれない。そして、それを妻へのプレゼントにしたのではと。
「でも、どうやって?」
エボニーが首をかしげた。
「父様は鉱山のことに詳しくなかったはず」
「グレイは……」
ベルベット夫人が遠い目をした。
「彼は元々は伯爵家の次男だったから、お義兄様の小伯爵の補佐をするための勉強の他に、実は鉱物学に興味を持っていたのよ。
小伯爵の補佐をしながら、領地の地質を研究する学者になる夢を持っていて、若い頃に勉強していたのよ。
でもお義兄様の小伯爵を流行り病で亡くしたことで、伯爵家を継ぐことが決まって当主教育が始まってからは、その趣味を諦めたの」
すべてがつながり始めた。
グレイ伯爵は廃鉱山に価値があることを知っていたが、それを公にすることなく、ただ妻への贈り物にした。
そして、その秘密は彼の死とともに忘れられようとしていたのだと。
「これが侯爵とマグナが狙っていたものじゃない?」
マグナは、投資話を持ち込んだ商人の男だ。どうやら侯爵と協力して伯爵家を陥れようとしているのかもしれない。
ベルベット夫人の表情が険しくなった。
「母上。このまま黙って借金のせいで泣き寝入りなんてしませんよね?」
「もちろんよ」
夫人は毅然と言った。
「でも、まずは証拠を集めなければ」
ベルベットはしばし考え込んでいたが、やっと何かを決意したかのように言い放った。
「みんな、聞いて」
ベルベット夫人が真剣な表情で娘たちを見つめた。
「この情報は絶対に外に漏らしてはいけない。特にあのマグナという男には」
「でもお母様」
パールが言った。
「あの男はすでに何かを知っているかもしれません。だからこそ、調査を持ちかけてきたのでは?」
「その通りよ」
エボニーがうなずいた。
「私たちはこの情報を武器にしなければならない。でも、どうやって?」
家族はしばらく沈黙した。大白金貨50枚分の借金、狙いを定めるアグーチ侯爵、そして正体不明のマグナ。
スタンダードグレー家は三方から挟み撃ちにされている。
その時、ベージュがふと口を開いた。
「ねえ……私たち、騙されっぱなしじゃ嫌じゃない?」
「どういうこと?」
ベルベット夫人が尋ねた。
「父上はアグーチ侯爵に騙されたようなものでしょう? 今も私たちのことをずっと騙しているかもしれない。でも、これからは違う。私たちが……」
ベージュは言葉を切ったが、エボニーが続けた。
「私たちが騙す側に回ろうってこと?」
食堂に重い沈黙が流れた。
貴族の娘たちが詐欺を働くなど、考えただけでも恐ろしいことだからだ。
しかし、現実はもっと恐ろしい。このままでは、いずれ家族は離散し、すべてを失うことになるのだから。
「よし」
ベルベット夫人が立ち上がった。
「でも、私たちが騙すのは悪人だけ。無実の人には手を出さないこと」
「もちろんですわ、お母様」
パールが微笑んだ。
「私たちは正義のペテン師になるのです」
その瞬間、スタンダードグレー家の運命は変わった。借金に苦しむ哀れな未亡人と娘たちから、貴族社会に潜り込み、悪人たちから富を奪うペテン師一家へ。
彼女たちの戦いが、今始まろうとしていた。
「まずはパールに接触してきたと言う、マグナという異国の男から始めてやらない?」
エボニーがにやりと笑った。
「彼が何を求めているのか、そしてどうやって彼を出し抜くか」
「私は美容クリームで彼を油断させようか?」
ベージュが言った。
「私は料理で彼の好みを探りましょうか」
パールが付け加えた。
「私は……贋作のマナ石を準備しておきましょう」
エボニーの目がきらりと光った。
「本物のマナ石に似せた、精巧な偽物をね」
ベルベット夫人は娘たちのたくましい姿を見て、胸が熱くなった。
「グレイ……見ていてね。私たちは負けないわ」
窓の外では夜明けの光が差し始め、新たな一日が始まろうとしていた。
スタンダードグレー家の女性たちには、長く困難な戦いが待っていることだろう。しかし、彼女たちには家族の絆と、それぞれが持つ特別な才能がある。
誰もがシンデレラのようだと思っていた哀れな伯爵家の令嬢たちが、これから貴族社会を揺るがすペテン師になることを決意した瞬間だった。
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