第8話 もう誰もいないよ、私もいないよ
翌日、突拍子もないパーティが開催された。
豪華絢爛の装飾、宝石のような果物、喜びを奏でる楽器。邸宅の会場にはさまざまな大人たちで賑わっていた。
父の隣には母が常にいて、昨日のことを訴えようにも無理であった。それ以前にエクサに説明できる語彙など乏しく、ただ父の後ろに隠れ、裾を握って怯えていた。
宴の途中、銀色の装飾をつけた司祭たちがやってくるとさらに会場は盛り上がる。中央にいる奇天烈な冠をつけた人物は「大司教様!」と呼ばれて歓迎された。
追従するように何人かの強面が似合わないようなシワひとつない司祭服に袖を通していた。
大司教は父の顔を見ると、口角を釣り上げるような不思議な笑みを浮かべて近づいてきた。父とは一度だけ握手を交わし、彼を囲う信者の貴族たちに次々と挨拶をしてゆく。
そして、その輪から外れていた1人の司祭。黒い髪に短く整えられた白い髭、背の高い人物がエクサたちの方へと歩いてきた。
「ベヒトルスハイム辺境伯閣下、ハルグランテ様。お目にかかれて光栄にございます」
「バッハ神父ではないですか! これは久しい」
次に父は怯える猫のようにしがみつくエクサを前に引っ張り出した。
「神父殿、こちらはエクサです」
神父は作ったような笑みをエクサに向け、彼女は視線を逸らした。
「エクサ嬢ですね、こんにちは」
「申し訳ない、人が来ると急にはにかむのです」
「いいえ、気にしなくてもいいですよ....どうでも良いですから」
「....は?」
会場の空気が急に静まり返る気がした。神父の作り笑顔も、いつのまにか崩れている。
エクサは嫌な空気を感じ、父親の顔を覗き込んだ。彼は白目を剥いて、首を引っ掻いていた。そしてすぐに呻き声と共に倒れた。
「え、お父様....?」
貴族もその子供も女性も、使用人たちも残らずばたばたと声を出さずに順番に倒れていった。
立ったままなのは悪魔のような表情の大司教。司祭らと叔父、そして母親のみだった。
叔父はふっと吹き出してから、嘲笑の含まれた声で話し出す。
「こんなにも一斉に効くものなのですね」
大司教も周りを見渡してから言う。
「ええ。楽しい仕掛けでしょう」
エクサには目の前の状況がわからなかった。父を含めたみんなが一斉に倒れたという事実にただ、慄いた。
「エクサ....お嬢様....」
かろうじて息のあった使用人のアルバートは、這いつくばりながらエクサの方へと手を伸ばした。
隣にいた叔父のレオンは、その手を強く踏みつける。
「くたばれ」
そのまま使用人のアルバートの力は抜け、力尽きた。
母親は平然と口を開く。
「では外に案内いたします、大司教様」
大司教はエクサがまだ立っているのを見ると、母親に言った。
「もう早速火をつけるのですね、娘さんはどうされるのです?」
「ああ、そのままで大丈夫だと思いますよ」
「そうですか、ではいきましょうか。新ベヒトルスハイムの生誕祝いとなりましょう」
皆が背を向けて、会場の扉へと向かう。エクサは深い恐怖と孤独に襲われて、涙を浮かべた。
「お母....様....」
その声には誰も耳を向けない。まともに動かない足を無理やりに動かして、母の方へと走った。
唯一こちらを向いていたのはバッハ神父のリボルバーの銃口。エクサの額に当てられていた、彼はそのまま引き金に指の力を入れる。
会場に響いたたった一つの銃声が、エクサの生前最後の記憶である。
談笑をしながら外へと歩いてゆく奴らに、バッハ神父は短く舌打ちをした。
「火で炙られるよりかは少しだけ....変わらんか。とにかくもう聖域はゴメンだ」




