第7話 郷愁
空が少しだけ明るくなった頃、教会の火は消え、いくつかの支柱だけを残して瓦礫となった。煤が足元を汚していた。
「ミント....」
弱々しい声とかすかな息。祭壇で倒れていたルチアはミントに手を伸ばす。
彼女は何も言わずにルチアへと近づいた。何かを堪えたくて、唇を強く噛み締めた。
「....なんで、なんでわたしを殺さなかったの」
「私の娘....だから」
ルチアは続けた。
「ミント..ごめんね....」
そう言って、彼女の呼吸は止まった。
ミントに伸ばされたまま朽ちた、ルチアの手を握ることができなかった。ミントは最後に彼女の表情を見てから、教会を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ーー孤児を拾えば悪魔の子であっても育てよ、その子はあなたを必要としているーー
イルミニャス聖典- 進言手記 1章23節
(教会の出版する三訂版以降、この記述は削除されている)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
曇った空。過ぎ去った郷愁の、その湿った空気が胸に染み込む。
分厚い墓標の上で、エクサは気だるげに座っていた。骸骨たちは両膝を地面につけて跪いていた。
カタカタと顎の骨を鳴らしながら手を組んで合掌し、彼女を見上げている。
ミントが教会から出てきたのを見ると、墓標から飛び降りてふわりと地面に降り立った。同時に骸骨たちはバラバラに崩れ落ちた。
衣服の燃え尽きたエクサは、教会の奥にあった司祭の服を羽織っていた。
彼女はミントに歩み寄ってから、少し気まずそうにも思える声で話しはじめる。
「これまでのこと、全部思い出したよ....ミントちゃん」
「うん....全部聞くよ、エクサ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
-11年前-
「お父様、お庭であそぼ!」
「ああ、もちろんだエクサ。」
エクサとその父の顔には笑顔が灯っていた。彼らは磨かれた石畳の上を歩き、澄んだ水の噴水の前を通り過ぎて庭へと出た。
金色の太陽と、何色にも咲き誇る花々。寸法のずれさえもない緑の芝生。
エクサは心地良く吹く風とともに、草の上を走り回る。お転婆なんてものじゃない、追いかければ腰が砕けてしまうくらいだと父は思った。
「ねえ今日はお花でブローチを作ってもいい? お母様にあげるの!」
「こらこら、花はお母さんが大切に育てているものだろう? そうだ、王都でプレゼントを買いに行こうか」
「うん!」
エクサは母親の喜ぶ顔を想像して、その笑顔を父に向けた。また父もこれが幸せなのだと心に綴った。
「ハルグランテ様! 王都より通知がございました!」
使用人が青ざめた表情で走ってきた。いつもは立派に整えられた髭も崩れていた。
「何があった。見せてくれ、アルバート」
使用人が父に手紙を渡す。それに目を通した父の額から汗が流れ落ちた。
「なんだってこんなことが!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさか王都が....」
「許されるわけがない! こちらの状況が分かっていて、その上でこの文章だ。反アンデッド主義など御免だ!」
父・ハルグランテとその妻は怒号を散らしていた。まともに休めていないのだろう、深夜だと言うのに正装のままだ。
ぼんやりと明るい部屋の落ち着いた空気をかき消していた。
エクサはなんのことだろうとドアの隙間からそれを覗いていた。両親が喧嘩するなど滅多にないのに。
父は煮えた油のような怒りを散らす。
「我々は常にアンデッドと良好な関係を結んできた。
西の航路だってフォルス・エイダと国交を結んでいるから活用できているではないか」
「ええ本当に胸糞が悪いわ....でも将来のことを最優先に考えるべきでしょう?」
「いいや、それに我々の先祖のヴァニタスはアンデッドに助けられて“英雄”となった。
ベヒトルスハイム家が今の今まで続いてきたのはそのおかげだろうが!」
その言葉を聞いた母は、制するように机を叩きつけて声を上げる。
「恩義はもちろん大事だわ!」
そして続けた。
「でも、エクサのことを考えて....」
父は大きなため息をしたのち、口を開く。
「そうだな....エクサのこともある」
「ええ」
父はすんと納得したように頷いた。ゆっくりと立ち上がって、消沈したかのように部屋を後にする。
物陰に隠れたエクサのことには気づかず、肩を落としたままとぼとぼと廊下を歩いていった。
「....出ていったか?」
囁き声が聞こえる。
「出てきていいわよ、レオン。」
部屋につながっている書斎から姿を現したのは、叔父のレオンであった。息を潜めて父の退室を待っていたかのようだった。
「私の演技に拍車がかかりすぎちゃったみたい....」
「まさか兄が納得したのか? 反アンデッド主義の移行に」
「ええ....エクサのこと言ったらすんなりと。失敗したわ、これじゃあ教会の支援がもらえない」
「なに、大丈夫さ。兄には事故に遭って貰えばいい」
「そうね、あの人の顔はもう見たくないわ。早めにお願いできる?」
エクサには信じられなかった、母の口からウソのような言葉しか出てこないのだから。
幼いエクサには、その言葉の完全な意図はわからない。ただ言葉の節々から湧き出すそのおぞましさを感じ取った。
「もちろん、手配はするよ。ところでへスター、これが終わったら俺たちの子供を持たないか?」
「いいわね」
「エクサはどうする?正直言って兄の血が入ってるってだけで気持ちが悪いが」
「....エクサ?ああ、要らないわよ」
「へえ意外だな、大切にしてるように見えたものでね」
「とんでもない....あの子が触れた花はみんな枯れるの」
そして次の日に、父は死んだ。




