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ミントは世界を楽園に!  作者: 溟yuu
教団のはじまり
3/29

第3話 どろどろの魔術

 彼女はどうもわたしのことを嫌っているようだ。そもそも実母ですらなさそう....であるならば、わたしを育ててくれるのはなぜ。


 わたしに時折見せる怯えたような表情にも理解が及んだ。白髪で猫耳の赤ん坊なんて、普通は気味が悪い。


 それでも数ヶ月後にはわたしの存在を過剰には怖がらなくなっていた。


 言語を少しずつ理解できるようになった今では、寝る前にある本を読み聞かせてくれる。


 “イルミニャス聖典”


 この世界の聖書のようなもので、分厚い辞書ほどの細かい字が書かれた本である。


 悪魔の子どもに読み聞かせることは、最初は厄除け的な狙いがあったのかもしれない。けれども日が経つにつれてそれが寝る前の日課となり、わたしと母の数少ないコミュニケーションとなっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「ママ、今日は外へ行っていい?」


 「ミント、私を“ママ”とは呼ばないで」


 「....ごめんなさい、ルチア」


 「それに騎士団の方々がうちの近くの道を通るわ。

見つかったらどうするの?家でイルミニャス様のお言葉を読んでいなさい」


 「うん、わかった」


 生まれてから5年ほどが月日が過ぎた。わたしが母と呼ぶことはいまだに許されていなかった。


 他人にわたしが見られることを恐れて、ほとんどの日は家の中で少々の手伝いと読書をする。


 とは言ってもこの家には一冊の本しかない、このイルミニャス聖典だ。わたしは本を手に取り、古いベッドに腰を沈めた。


 唯一わたしと外の世界がつながるのがこの本。


 やや難解な言葉で綴られているが、4年も読めばなんとなく書かれていることが理解できた。


 その内容は神の化身であるイルミニャスが荒んだ草木に実を成らせ、悪魔を退け、国同士の戦を止めるという。いかにも世俗的な神話だ。


 そして、聖典を通してわたしはこの世界の面白い事実を知った。


 それが魔術の存在....別に不思議には思わなかった。まあ、わたし自身の見た目もこれだし今更ね。


 先天的なもので、練習なしに魔力を出すことができる人もいれば、一生かけてもできない人もいるという。才能があれば神官として精進せよみたいなことも書かれていた。


 その有無は簡単にある判別できるという。手のひらに意識を集中させるだけ、そこで光の粒子が最初から出てくれば良い方だそうだ。


 なにも期待せずに、わたしは手のひらを上に向けて少し力を入れてみた。それをじっと見つめる。すると手の全体がピリピリと痺れるような感覚に包まれる。


 そして気づけば真っ黒な漆のような液体が手のひらから湧き出ていた。どろどろと手首を滴り、床に流れ落ちる。


 不快な感触、光の粒などとは程遠い。


 なにこれ....あ、まずい


 わたしは母の方へと目を向けた。その様子を目撃した彼女は手をガタガタと震わせて、私にホウキの先端を向けていた。ひどく怯えている様子。


 黒魔術的なものを出してしまったか。どう見てもこの聖典に書かれているような輝かしいものとは違うし。


 震えた声でルチアは言った。


 「何よ、その魔術....今日くらいはお願い、うちに帰ってこないで....」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 追い出されたわたしは、墓標の近くで小さく座りながら空に浮かぶ黒い雲を眺めていた。


 まあ仕方がない、異形のわたしが突然そんなことをしちゃ当然か。もっと思慮深く行動するべきだった。


 そういえば前世ではこういった墓は気味が悪かった、けれども今ではむしろ安心する。


....にしてもあれは何だったのだろう。魔力ではあると思うのだけれど、あまりにも不細工。


 わたしはなんとなく再び手のひらに意識を傾けた。予想通り、油田のように黒い液体が湧き出てくる。


 ぴちゃぴちゃと地面に落ちては荒れた土がそれを吸い込んだ。わたしは手のひらを眺めて、ため息をひとつ。墓標にもたれかかった。


 日も静かに暮れて、そのまま少し寒くなった風に縮こまっていると、何やら地面が動くような振動を感じた。

 それも自分の真下、何かが土の下にいると確信した。モグラか?


 わたしは立ち上がり、何が這い出てくるかを見ていた。

 ....墓の中から出てくるのだから少し嫌な感じはしていた。

 

 そして揺れる地面を突き破って出てきたのはモグラのような小動物ではなく、“手”であった。


 人間の手である。ルチアも言っていた、夜になると墓からは亡霊の魔物が這い出てくると。

 ――わたしを寝かしつけるための嘘ではなかったのか!

 

 すぐに身を翻し、逃げようとした。けれどもすでにわたしの足はその手によって掴まれていたのだった。

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