第20話 とまった時計
やはり自分だけが特別にこの地にやってきたわけではなかった。
「あの....」
「あなたはどこから来たの?」
「東の地の生まれです。旅をしておりました」
「そうなの」
実に久しぶりだった、うまく“日本語”が言葉として出てこない。
「ええ、ですが....少し思い出せません。何故ここにいるのかも」
「うん....」
彼女は立ちあがろうとしたが足元がふらついて、躓いた。ヴァニタスがそれを受け止める。
「ネムッタ」
ヴァニタスの鎧の腕の中で、彼女はすやすやと眠りについた。
「一度死んだのをわたしは無理やり起こしてるわけだから....休ませてあげよ」
しゃがみながら手のひらに顎を乗せ、ぼんやりとミントは言う。
「ヴァニタスはこの人を知ってるの?」
「イイヤ、マッタク」
わたしの想像以上に“英雄”のあり方は複雑みたいだった。
そして、この世界に来た日本人はわたしだけではない。今もなお、この世界のどこかにいるとしたら....
「厄介なのに触れちゃったかもね」
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翌週に続いての各地の報道は実に嵐のようであった。
――情勢の変化に伴いアダマンチア、および金の価格が高騰....
フェンベルク経済情報紙
[カストル歴 二十六年 十一月八日]
――イーゼル国紙、英雄の復活はアンデッド勢力によるデマであると報道
ラークティス民営紙
[カストル歴 二十六年 十一月八日: 朝刊]
――死とは何なのか?
おとぎ話の英雄が復活を遂げたことにより、死が終わりだという常識が変化するのではないか。各地の宗教的解釈が....
ヨンクラル出版 週刊情報誌
[カストル歴 二十六年 十一月 第二週版]
――大神官ポーラウ氏「アンデッド過激派宗教における聖ルミナおよびイルミニャス教会への挑戦であり、情勢を揺るがすもっとも原始的な行為」
ベイガルド・ロイヤル報道紙
[カストル歴 二十六年 十一月九日]
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....夫は内戦で国から招集されたきり、帰ってくることはなかった。
でもたまに、今だに夫の大好物のスープを作ってしまう。その度に夫の笑顔を思い出して....もういないことに落ち込む。本当にバカみたい。
娘のエミリーももう6歳....パパが帰ってきたらあげると、いくつもの絵を棚に置いてる。あれが重なるたび私は脆くなっている気がする。
――昼ごろの日差しが暖かい日。料理をしていると娘が勢いよく、廊下を走った。
「ちょっと! 転んでしまうよ!」
「パパが帰ってきたの、お手紙を渡すの!」
「エミリー、何を言って....」
玄関から顔を覗かせていたは、あの日と変わらない彼だった。
「ただいま」
「あな....た..?」
「もちろん....ってこの香り、僕の好きなラゾネラかい?」
妻は吸い込まれるように夫に抱きついた。崩れるように涙をする。
「どこに行ってたのよ....もう....ほんとに....!」
夫は黙って、ただ彼女を優しく抱き寄せた。側で見ていた娘のエミリーは恥ずかしそうに、父への贈りものを渡すのだった。




