第16話 星空の街、少女の瞳
イーゼルの王都、“エル・メメナス”。
その名は輝く夜の街という意味。優雅な祭りと弦楽器の路上演奏、それを見ながら嗜む柑橘の果実酒なんて最高だと皆が言う。
その都市は周辺国の中でも多くの人口を誇る。イーゼルは革命後、王政を撤廃。現在は共和制を敷いているものの、エル・メメナスの“王都”という呼称に変わりはない。
この通りもかつては死臭に塗れて、血に溺れていたということは誰も覚えていない。その罰だとも言えようか、革命の憎悪が陰を潜めていた。
ただ、今宵を待って....
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持つのは白色の拳銃が一丁。あとは普段と変わらない。おそらくは王都への奇襲、そしてその余韻で反旗を翻した自身の処刑が行われる。
けれども傷が疼くのだ。その意思だけでも良い、抵抗の意を込めたこの対アンデッドのリボルバーだけは手放さずに死のうと心に決めた。
いつものコートを羽織り、サングラスをかけ、靴を履き。バッハは自宅を去る。
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――星空のように煌めく、イーゼルの都。
月明かりが王宮をよく照らし、男はその景色を恨んだ。
「来てくれたのですね、バッハ神父」
王宮へとつながる大通り、ミントは彼を迎えた。
「お前は、あの時のネコ耳だな?」
「ええ。もうじきここも賑やかになります」
「賑やか....?地獄の間違いじゃねえか?」
懐から取り出したリボルバー拳銃を、ミントの方へと向けた。
「あの時みたいにぶっ放してやろうか....」
「....バッハ神父、わたしはあなたを迎えたい」
「ふざけたことを言うんじゃねえアンデッド、耳に障るんだよ」
「では一つだけ....」
ミントは人差し指を立てて言う。
「あなたには撃てない」
「戯言を....!」
笑みか嘲笑かもわからないような表情。
目の前の少女は、何も言わずにゆっくりと近づいてくる。
バッハは目に見えない圧力に屈した。拳銃を持った両手はガタガタと震える。
やがて目前まで迫ったミントはリボルバーの銃身を掴み、そして自身の額に当てた。
幼なく、自分よりも遥かに小さな少女。彼女の瞳の奥には地獄が見えた。圧迫されて、バッハは言葉を漏らすことすらもできない。
「撃ちましょうよ、神父」
「......」
「撃たないのですか?」
息が苦しく、鼓動がドラムロールのように聞こえた。そして少女はなだめるような手つきで拳銃を下ろした。
共に神父は膝から崩れ落ちる。
「お休みください.....バッハ神父。また、会えますから」
少女は彼を優雅に通り過ぎた。
――そして間も無くして、宴が始まりの音を告げた。




