第11話 その子の母親
シャンパンは飲み干され、へスター・ベヒトルスハイムは空のグラスを退屈そうに揺らした。
「レオンはまだなのぉ....?」
誰かが廊下の影が部屋の前を通り過ぎる。
「レオン〜、やっと?酔いが覚めちゃうところだったよ」
酔ったへスターは前ふらふらと立ち上がり、廊下に出た。
並んだ窓ガラス、月光の差し入る廊下に佇んでいたのは一人の子供。
暗さと後ろ姿では誰かまでは分からないが、娘の一人が深夜まで起きているとは、へスターは憤りを覚えた。
「ベル? それともロー? なんでこんな時間まで起きてるのよ!」
その子供は、ゆっくりと振り向いた。そして氷のように冷たい眼差しで彼女を見つめる。
「え....エクサ....?」
月光が彼女の顔に当たる。陶器のような素肌からは骨が透けて見えた。
妖しくも美しい死の模様、へスターは目を疑った。同時に少女が11年前に死した自分の娘だということを確信する。
そしてへスターの横目に映る、窓の外で列を成す死者たち。もう既に逃げ場などないことを示していた。
彼女は咄嗟に手に持っているグラスをエクサに投げつける。
「墓に帰れゴミクズ!」
恐怖と食い意地。それらが下衆にも酔いと合わさり、虚構の鬱憤を生んだ。
「気持ち悪い....怨念ぶら下げて戻ってきたのか?!ほら殺してみなさいよ!」
いつだって子供は親を信じたい、そんな淡い希望がエクサの奥底に残っていたのだろう。
エクサは何も言わずに立っていた、震えながらじっと涙を堪える。母の口から飛び出す有象無象の言葉を一つ一つ受け止めた。
やがて狂乱に満ちた母親は、廊下の机に置かれていた白い壺を手で振り上げる。
「....あんたなんか! もう一度殺してやる!!」
金切り声が廊下に響き、それをエクサ目掛けて振り下ろそうとした。
――その瞬間、壺はぱらぱらと砕けた。
そして、窓際に姿を現した一人の少女がその紅い瞳を光らせる。
ミントであった。彼女の両隣にはスケルトンが侍っている。
「エクサの....泣いてるところはあまり見たくない」
へスターは少女の不思議な気配に後ずさりした。
「....なんなのよ、お前!」
「わたしはその子の母親」
ミントは窓際から飛び降りて、黙ってエクサの手を取る。そしてへスターに背を向けて歩き出した。
「....行きましょう、エクサ」
「何を言っているの....その子の母親はわt....」
背後に現れたスケルトンがへスターの口を強く塞いだ。
ミントは口を開く。
「いいよ....別に、何を言わせても」
スケルトンは手をどけて、ただへスターを見つめる。
「私は、どうすれば....?」
へスターは震えた声で言う。
ミントはエクサの手を繋いだまま、去り際に言う。
「あなたのことは知らないよ」
2体のスケルトンはへスターに一歩ずつ近づいて行った。怯える彼女に慈悲はない。
「やめて....助けてぇ!!」
その夜に響いた、最後の悲鳴であった。




