第24話 オレンジの襲撃。
シトロンはドカドカと遠慮もなく部屋に入ってきた。
その後ろからパパとお母様も一緒に入ってこようとしたが、シトロンの護衛が止めた。
「すまないが、ブラウン嬢と2人きりで話をさせてほしい。
彼女に危害を加えることはないから、安心してくれ。」
第二王子に言われた事で強くは言えないパパとお母様だったが、2人で顔を見合わせ心配そうに私を見た。
私は2人に向かって頷いてみせる。
多分、大丈夫だ問題ない。
それでも不安そうなパパがお母様に促され、そっと扉を閉めたのだった。
シトロンはいつもの感じと違い、とても普通の人っぽかった。
いつもみたいな甘えた感じでもないし、小悪魔的な感じでもなかった。
まるで憑き物でも落ちたかのように見える。
私はもう既に寝巻きだった為、しばらく外で待っていてもらって急いで着替える。
そして再び部屋へと招き、ソファーへと促した。
真向かいに座り、ジジが用意してくれたお茶菓子を勧める。
シトロンは終始無言で足を組んで座っていたが、徐に口を開いた。
「……何故、君は母のことを知っていたの?」
はい来たー!
この質問だと思ったああ!
びくりと体をこわばらせる私。
そして冷や汗が額に滲む。
誤魔化すように微笑んでみるも、シトロンの目はマジだった。
「質問に答えて。」
「あ、はい……」
紅茶パットをテーブルに置き、モジモジする。
なんて言えばいいのやら。
ノーマンみたいに『ここは乙女ゲームの世界なんですぅー』とか言ったところで、この人信じるとは思えない。
しかも相手はこの国の王子だ。
目がマジだ。
てことは下手なこと言うと『ビバ☆不敬罪』が適応されること間違いないのである。
「あのー……えっとー……」
しどろもどろになり、口を閉じたり開いたり。
なんて言えばいいのか考えてなかった。
狼狽えている私の横に、空気読めないウー様が座り込んだ。
そして一生懸命に足を組む。
テーブルに置かれたウー様ようのカップに自分で水を注ぎ、ゴクゴクと飲み干した。
『いやぁ、寝る前に飲む水は健康にいいからな!』
そんなことを言ってウインクした。
『はぁー、こっちはそれ何処じゃないっつの!』
恨みがましい顔でウーを睨む。
ウー様そんな事お構い無しに、グッっと親指を立てた。
まぁ……緊張感が溶けたような、溶けてないような。
はぁとため息をつき、シトロンを見る。
あれ?シトロンがなんか……目を見開いてパクパクと口を動かしている。
ガクガクと揺れる手でウーを指差したまま。
……ん?あれ?
……もしかして……。
「あの、あの犬がもしかして、見えてます?」
「あ、あ、あれは……なんだ」
「あれは、犬ですが……その……」
なんて言えばいいのだろうパート2。
どれもこれも、説明ができないんだってば!
ガタガタと震えているシトロンに『まぁ落ち着け!』と言わんばかりに緩くなった紅茶のカップを差し出す。
シトロンはそれを奪い去ると、一気に飲み干した。
「あれは誰かが中に入っているのか!?」
「……いえ、正真正銘の、ただの犬です。」
『犬だぜ☆』
「いや、ウーは黙ってて!」
「しゃべっt……!」
「え?聞こえてる!?」
ヒッっと声を引き攣らせてかなり怯えていらっしゃる様子……。
ああ、確かにホラーかも……。
二足歩行で歩く犬。
カップでお茶を飲む犬。
……なんか、うちの犬がすいません。
てかなんでウーが見えたんだろう……?
申し訳なさ全開だが、取り敢えずシトロンには座ってもらうことにした。
「あの、実はですね。」
私が口を開こうとしたら、シトロンが興奮気味に被せてきた。
「お前、預言者なのか!?」
「いや、違います……」
「じゃあ魔法使いか、呪術師か!?」
「それも違うんです……」
「じゃあなんだって言うんだ!!」
「だから、私はいたって普通の人間だってば!!」
若干捲し立てられてキレ気味に答えてしまったが、大丈夫か私。
『ビバ☆不敬罪』に片足突っ込んでないかこれ。
というか全くいい案が浮かばないが、ゲームだ何だと全部を言うつもりは更々ない。
こうなったら、あれだ。
あれしかない……。
ゴホゴホと咳払いをすると、私は意を決するように話し始めた。
「予見者でも魔法も呪術も使えませんが、私の亡くなった母から聞いたことがあったんです。」
「……お前の母が?」
シトロンが疑うような眼差しで『ほほう』とつぶやいた。
「信じてもらえないかも知れませんが……私がまだ10歳ぐらいまで、産みの母は下町で洋裁店をやっていました。
その時に母はよく貴族の人の服を作っていたんです。
その関係か知らないんですけど、母が第二王妃様の噂を聞いたとかで……」
「……ありえない。」
私の話をピシャリと遮る。
「えっ」
シトロンの勢いに私はひどく驚いた。
「母は僕以外、誰にも裏の顔を見せたことがない。」
そう言い切るシトロンに『ゲームやってたから知ってたけど!』なんて思いつつ、目を泳がせる。
「そそそんなの断言できないじゃん……」
「いや有り得ん。側近の侍女にもそんなところ微塵も見せてないからだ。」
「……。」
やばい、何も言えない。
黙り込んだ私に向かって、シトロンは大きくため息を吐いた。
そして私を睨みつける。
「……僕に嘘は通用しない。
さっきの犬の事も纏めて話せ、偽りなく、今、すぐに。」
おどろおどろしい何かを背負ったように、おっそろしい顔で私を見下げた。
ひええええ、こ、殺される!
私は怯えるように自分が描いているノートを差し出すのだった……。
+++
幾分か時間が過ぎていった。
既にウーは夢の中。
スピスピと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
ちくしょおお、呑気に寝やがってえええ!
結局こうなった。
てかノーマンの仮説だと、『誰かが私の話を『理解』したら、私の見ている世界が見えた』と言っていたはず。
でもシトロンはノートを見る前に、ウーの二足歩行が見えていたと言うこと。
なんというか、何かのきっかけで強制力という魔法が解ける感じなのかな?
でもそれは、どうやって……?
というかノートは見せてしまったけど、理解してもらわないといけないんじゃなかったっけ?
あれ?でもそれはウーの姿を見る為であって……。
なんだか混乱してきた。
これからどうすればいいんだろう……?
私は頭を抱え呻き声をあげる。
じっとノートを読んでいたシトロンが、私の呻き声に顔を上げた。
「……この書いていることが全く理解できんが……そうだな。
ここに書いてある『先の事』が当たったら、また話に来る。」
『また話に来る』ってなんだか怖い。
そのときは信じてくれるってこと?
「……先のこととは?」
怯えつつ、シトロンに質問を投げかける。
そんな私を冷たく睨みながら、シトロンはノートを叩いた。
「ここに書かれている夏休み明けの、隣国の王子の留学だ。
ハーディ王子の留学なんて全く予定にないからな。」
「……いやそれは好感度が上がっていたらの話で、上がってなきゃきませんよ……。」
「トーマのことを言ってるなら、だいぶ好かれているだろ?」
「いやだよ!!!そんな怖いこと言わないで!」
「……お前変わってんな。」
『だいぶ好かれたくない』私にとって、死活問題である。
このまま強制力やイベントが強くなると、私は王子に嫁ぐことになるんだろうか。
そんなの嫌だとばかりに立ち上がった。
「いや誰が好き好んで茨の道を選ぶんですか!
ロゼリア様とトーマ様を取り合いたくもないです!
むしろ一切揉めたくないのに……!」
私の必死の形相に、シトロンはあっけに取られ吹き出した。
「なるほどな。
じゃあならなきゃいいよ。」
クスクスと笑いながらそういった。
「そんなことが可能で??」
「……俺は正直お前のお陰で目が覚めた。
それは感謝してやる。」
「だったらその感謝を形にして、トーマ様を止めてください!」
「……お前が目を覚まさせてやったらいいじゃないか。」
「だから無理だって言ってんじゃん!」
もう半泣きである。
べそべそ泣きながら必死に頼む。
あんたのにーちゃん何とかしてくれええ!
「……ともかく、だ。
このよく分からんイベントだとか、取り合いだとかから、僕は1抜ける。」
「は?」
「お前に惚れたり追っかけたりしないってことだ。」
「ま、マジですか……。」
嬉しいような、悲しいような……なんか目の前で言われると複雑だな、おい。
と言うことは『攻略対象者』としてオレンジ脱退ということでいいのかな?
考え込む私を他所に、シトロンが時計を見ながら立ち上がった。
「だがハーディ王子が留学してきたときはまたちょっと話が変わってくるから、そのときまた会いに来るから。」
「……へい。」
シトロンはそう言うと、清々しそうな顔で部屋から出て行った。
シトロンが帰ってすぐパパとお母様が飛んできたが、こないだの誘拐の件で手違いで連れ去られただけだったと説明されたと言った。
パパとお母様は私の無事に心底安心している様子。
まぁこんなに娘が第一第二と追う奥の人と関わっていたら、心配にはなるよね……。
てかどう言うことなんだろう?
頭がパニックだよ!
誰か、私の代わりにまとめてくださーい!!
私は誰もいなくなった部屋で声なく叫んだ。




