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第21話 ヒロインの知らない会話。

「……シトロン。」


トーマが部屋に入ろうとしているシトロンを呼び止めた。

呼び止められ一瞬動きが止まったが、ゆっくりとドアノブから手を離すとトーマの方を振り向いた。


「……やぁ、兄上。こうやって顔を合わせるのは久しぶりだね。」


シトロンは人懐っこい笑顔でトーマに微笑んだ。

その笑顔を無表情で見つめるトーマに、シトロンは小さく息を吐いた。


「……なあに?僕、忙しいんだけど。」


ドアを背にもたれかかり、オレンジの髪の毛をクルクルと指で遊んでいる。

そして何も言わないで立っているトーマの顔を見て、フンと鼻を鳴らした。


「そういえば、セイラって可愛いよね。

僕、気に入っちゃった。」


シトロンの言葉にトーマの顔色が怒りに変わる。


「……彼女は私の友達だ。」


「へぇ、友達になれたの?それって僕のお陰だよね?」


「君のお陰なんて思わない。」


「……感謝してくれてもいいのに。」


シトロンはクスクスと笑った。

そんなシトロンにトーマはぎゅっと眉を寄せた。


「……セイラに近づくな。」


いつもより低い声で、シトロンに詰め寄った。


「どうして?僕も権力で押して友達になって貰おうっと。」


シトロンの言葉にカッと声を荒げるトーマ。


「そんなことはしていない!」


トーマの声に遠くで立っていた護衛が顔をあげたのがわかる。

兄弟喧嘩するほど関わってこなかったこの2人。

護衛が近寄ろうとしたのをシトロンが手で静止した。


「……してたじゃない。」


「……見てたのか?」


トーマの反応にシトロンの笑顔が歪んでいく。

ニヤァと口角を歪ませ、トーマにゆっくりと近づいていった。


「見てたよ勿論。

セイラが一生懸命僕から逃げようと走ってる姿もずっと見てたよ。

可愛かったなぁ、狐から逃げるウサギみたいで……怯えてる顔も可愛かった。」


「お前は何がしたいんだ!私の事で関係ない彼女にちょっかいかけるのはやめろ。」


「関係なくはないでしょ。

……けどもうあんたは関係ないかな。

僕が個人的にセイラに用が出来たから、僕はこれからもセイラに近づくよ?」


「なんの目的だ!」


「……ていうか、いいの?男爵令嬢と友達になってイチャイチャするなんて、ロゼリア嬢はそんなこと許さないでしょ?

彼女は愛妾を許すタイプじゃないはずだし。」


シトロンの言葉にグッと詰まる。

だがトーマに後ろめたいことがないのか、すぐに顔をあげシトロンを睨みつけた。


「……セイラは友達だ。」


トーマの言葉にシトロンは楽しそうに声をあげる。


「……兄上はぁ、本当に彼女を『友達』って思っているの?

あんた、いいの?

男爵令嬢にうつつを抜かしていたら、僕の母に足元掬われちゃうよ?」


シトロンはそのままクスクスと笑いながら部屋へと消えていった。

悔しそうに俯き、護衛が駆け寄ってきたが『何でもない』と、トーマも立ち去った。


+++


扉を閉めてから今まで笑っていた表情g怒りに変わっていた。


「何なの、あいつ。」


思わず扉の横に飾っていた花瓶を手で薙ぎ倒した。


すごい音が響き、ベッドメイキングをしていたメイドが驚いて立ちすくんでいた。


「……もうそれいいから、出ていって。

そして呼ぶまで誰もこないで。」


シトロンがメイドの方を見ないでそういうと、そのままベッドの方へ歩いていく。

メイドは慌てるように扉から出ていった。


「あの子なんで知ってたの……」


母親のことは多分自分しか知らないはずだ。

母は側室だということを表立っては重んじて受け入れている風なのだ。

だから僕以外は知らないはず。

あの母親の本当の顔を……。


腕で顔を覆うようにゴロリとベッドに横になる。


しばらくシトロンはそのまま考え込んでいたが、不意にノックの音で目を開けた。


「……誰もこないように言ってたけど?」


シトロンの声に、扉の向こうから小さく『第二王妃様がお呼びです……』と聞こえた。

小さく舌打ちをして、立ち上がる。


頬をムニムニとマッサージをし、にっこりと笑顔を作った。


「……今行くよ。」


いつもより一オクターブ高い声で返事をする。

母はまだ自分を幼い子供と思っているのだ。


何とか今日をやり過ごすために、シトロンは笑顔で部屋から出ていった。


+++


一方、トーマは部屋で考え込んでいた。

先ほどシトロンに言われた言葉が反芻している。


足元を掬う掬われるは問題じゃない。

自分が本当に王位継承を望んでいるかということだ。


今まではそれが当たり前と思って生きてきた。

勉学にも剣術にも手を抜いたこともない。

そして婚約者についてもだ。


だが、もし自分が王位継承権を放棄したなら……。

自分がこのシステムに従わなくてもいいのではないかということだ。


自分の母は正妻で、これも父が幼い頃から決まっていた婚約、結婚だった。

母も父も仲が悪い方ではないのだが、結婚して暫く子供ができなかった為、側室を取ることになったと聞いた。

だが運が悪いのか良かったのか、第二王妃が入城した途端、母の妊娠が発覚した。

そして遅れること6ヶ月後にシトロンが出来たということだ。


多分父は母を愛しているのだと思う。

それを見て過ごしたので、自分も結婚したらロゼリアを愛することができると、そう信じていた。


だが、最近自分の胸の中で違う感情が芽生えている。


『セイラ・ブラウン』という女性の存在だった。


どうしても気になってしまう。

気がつくと目で追い、姿が見えないと探してしまうほどに。

この感情が表には出していけないことぐらいわかっているが、せめて彼女の『友達』として、側にいられたら……とそう思ってしまったのだ。


勿論この事は火種になることぐらい理解している。


ロゼリアだけじゃなく、自分が王位を継ぐことになった時も『男爵令嬢』では正妻にはなれない。

セイラはロゼリアほど賢くないようにも見えるし、小さい頃から王妃となるために育てられたロゼリアとは比べ物にはならないのも分かっている。


だがどうしても自分の行動や気持ちを止められないのだ。


「初めての恋、だからか?」


自分で認識するために声に出してみる。


だがまだ恋とはわからない。


でも……。


「私は彼女の側にいたいんだ。」


笑っている彼女が見たい。

悲しむ時は肩を貸してあげたい。

寂しい時は抱きしめてあげたい……。


誰かに渡すぐらいなら……。


「……誰にも渡したくないなぁ。」


彼女を側室に迎え入れるにはどうすればいいのだろう。

だがユウリやカレルには気付かれたくない。


セイラはきっと私の想いに気がついてくれたら、頬を染めて頷いてくれるだろうか。


「……もし、私を好きにならなかったら……どうしたらいいんだろう?」


トーマはしばらく無言で考え込んでいたが、徐に立ち上がると部屋の外にいる護衛に『調べ物をしに図書館に行く』と部屋を後にした。


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