骨
僕はヤヌザイから聞いたことを掻い摘んで話した。今ここでクレヴァリー大陸創世記を開いた方が確実ではあるけれど、とても分厚い本だ。使役に関する頁だけでも数百はある。おちおち探していたら明日になってしまう。
シャキリは僕の話を理解したのかしていないのか、身動きのひとつもせずに黙って聞いていた。そして、仮面の位置を両手で整えた。
「知恵の及ばないモノを言葉にすると概ねまどろっこしくなる。そいつの腹の中みたいに複雑だ」シャキリはイワトビトカゲをゆび指して言った。
「きみはクレヴァリーを知らないのか?」
「うむ」
「クレヴァリーは偉いおじいさんだよ、でもインチキニンゲンとも言われている。曰く、使役ってのは原因と結果の作用で、原因と結果ってのは時間的前後の関係にある」僕はそう言って、最後に「らしい」と付け加えた。
「うぅむ。行使すれば何かが起きる、そして原因と結果の過程は消失する。大いに結構じゃないか」
「どっかのヒトによって」僕は言う。
「そうでないと都合がつかん」シャキリが言う。
アネモネはイワトビトカゲの肉を頬張り始めた。僕は「焼けたか?」と質問する。彼女は「実にね」と返事をして、やはり肉を貪った。
殆んど何も食べていないと言うのに、僕の腹の虫は気が付けば収まっている。もしかしたらそれだけ話に夢中になっていたのかもしれない。けれど、目の前で肉を頬張るアネモネを見ていると、突然鳩尾の辺りに穴が開いたような飢餓感に襲われた。
イワトビトカゲの肉はもう手遅れなほど無残に食い散らかされていた。
「おい! アネモネ! 肉を独り占めするんじゃあないぞ!」
「あなたが良い気になって話をしているからよ。ほんっと、ねちゃごちゃと話すのが好きなのね」
僕はなぜか恥ずかしくなって俯いた。
「して、シャキリ」アネモネが言う。「その過程というのはどこへ行くのかしら?」
「いや、知らん」と言って立ち上がり、ティピーテントから大きなカバンを出して来た。再び焚火の前に腰を下ろして「自分は都合をつけた本人では無い」と言う。
「あなたが言う、どっかのヒトにしかわからないってことね」
シャキリは「うむ」と言って「うぅむ」と言い直し「たぶん」と言う。
「では、こうゆうことかしら」
アネモネはイワトビトカゲの背骨を思い切り放り投げた。背骨は薄暗い樹林の中へ消失する。得意気に「ふん」と鼻を鳴らして、僕とシャキリを見下ろした。
「ホネの行方は投げた本人か、それを見ていたヒトたちにしかわからないってことね。おまけに他の誰かがこのホネの存在に偶然気がついても、あたしが投げたホネだなんてわかりっこないってこと。そうよね?」
「うむ」シャキリが言う。
「うむ」僕も言う。
「こんなに簡単なことを、あなたたちはねちゃごちゃねちゃごちゃとやっていたのよ。すごく退屈だったの、あたし。欠伸なんてもう六〇回も出て、ほんとうにしつこくやり過ぎて、顎のホネが痛くなったのよ」
僕は「顎関節」と言った。シャキリは「うむ」と言った。
過程は誰かの都合の良い場所に持って行かれて、やがて忘れられる。僕は廃城の光景を思い出して、確かにそうだ、と思う。つい昨日目にしたばかりなのに、なんとなく懐かしような感じがする。この会話の大筋を、時間の拘束から逃れた、あのうらぶれた廃城の中の光景がずっと暗示し続けていたのかと思うと、程々に妙な気分がした。
アネモネがイワトビトカゲの肉を独りで食べてしまったので、腹を空かせてひもじい思いをする僕を見かねてか想像してか、シャキリは先程テントから出してきた大きなカバンを開いて中を覗いた。傍から見れば平たくペッタンコなカバンが、萎んだ蕾のように項垂れているようにしか見えない。
シャキリはカバンの中に上半身を突っ込んで、もぞもぞと動いた。程なくカバンの中から仮面、或いは顔と呼ばれる部分を覗かせて「ぬふぅう」と長い息を吐いた。アネモネはもう関心が無くなったみたいに口を噤む。もちろん肩を揺らして笑うなんてことも無かった。
大きなカバンの底から巨大な肉塊を引っ張り出したシャキリは、焚火の両脇に置いてある、組んだ骨にそれを乗せた。肉塊は太い骨が一本真ん中に通っていて、かなり立派なように見える。色合いも美しく、つまり食欲をそそると言う意味だけれど、赤ピンク白とかなりの好配色だ。肉がよりおいしく見えるように、色調を整えたような感じがする。
「なかなかおいしそうじゃないの」
「まだ食べる気なのか?」
「当り前じゃないの」
シャキリは肉塊を回転させて、じっくり満遍なく肉を焼いていく。アネモネはイワトビトカゲの肋骨を姿形通りに並べて遊び始めた。
僕は「失礼」と断って、ポケットが沢山ついているシャキリのズボンを点検した。僕がベタベタと足に触れると、迷惑そうに「うぅむ」と唸った。
ポケットの中を覗いてみたけれど、変わったところはひとつも無かった。ただ生地と生地を縫い合わせただけの、正真正銘に、なんの捻りも変哲も無い所謂ポケットとしか形容のしようがないモノだ。
僕は続いてシャキリが肉塊を出した大きなカバンも点検した。こちらも大きいだけで、ただのカバンだった。モノを入れたり持ち運んだりする以外の用途は無いし、それ以外に使う人も殆んどいないだろう。
シャキリは肉が焼けると、またズボンのポケットに手を突っ込んだ。僕の拳骨ほどの大きさをした表面がゴツゴツとしているライ麦のパン、それに葉茎菜類の黄緑色をした野菜を出した。シャキリはナイフを入れてパンを半分に割る。生地にはポピーシードが練り込まれていた。半分に割ったパンに黄緑色の葉を挟んで、それを僕とアネモネに渡した。シャキリは続いて肉塊の表面をナイフで削いで、口をぽっくりと開けたライパンに挟んだ。そして「うむ」と言って頷いた。
僕とアネモネはそれをむしゃむしゃと何個も食べた。シャキリはひとつだけこさえて、時間をかけて食べた。
シャキリは焚火の上の肉塊を回転させる。肉から出た油が滴る度に、ほんの僅かに炎が揺れた。
「なかなかに美味なのね」アネモネは口をもぐもぐと動かしながら言う。
「さっき捕まえてバラしたケモノだ」
僕は「へえ」と如何にも興味深そうな風に言った。「どんな動物だい?」
「なんか変なヤツだ」
僕は「どんなヤツだ」と聞いた。シャキリは仮面の口元で手を筒状に組むと、組んだ手をゆっくりと窄めていきながら、腕を一杯まで伸ばした。そして仮面の位置を両手で直して「こんな感じの口を持っているケモノ」と言った。
僕は「変なヤツだ」と言う。
シャキリは「うむ」と言って続けた。「そこのキノコは、その変なヤツの背中に生えていたモノだ、肉よりも旨い」
「食べてよくって?」
「かまわんよ」
アネモネは串からキノコをひとつ外して口の中に放った。それからしつこいくらい咀嚼する。
シャキリは僕にも勧めたが、さすがに遠慮しておいた。
「ねえ、シャキリはお面を外さないの?」
「太陽に当たるとドロドロになるんだ」
「へえ、大変なのね」アネモネはそう言って、さらにキノコを食べた。
「冗談だ」シャキリは言った。「これは雨を呼ぶ為のお面だ。自分の国では雨を降らせたい時にこれを被って踊るんだよ。被って踊っても降らんものは降らんけどな、とにかくそういう風習だ」
「雨が降らないからずっと被っているの?」
「そんな感じだ」
「なるほど。クールな理由ね」アネモネは思って無さそうに言った。
夜がまた音も無くやって来て、我々はシャキリの好意もあって、キャンプで一夜を越すこととなった。
特に口裏を合わせたと言うことも無いのだろうけど、アネモネとシャキリは連れ立ってオッカムまで行くことを前提に話を進めていた。僕はなんとなく、そうなるだろうと思っていたから、敢えて口を挟もうとは思わなかった。
シャキリは、オッカムまでの食べ物はある、みたいなことを言って、アネモネは、ノウザンクロスまで行くの、みたいなことを言った。僕はやはり黙っていた。
腹が膨れると眠気もやって来て、アネモネはすでに黒い羽を掛け布団みたいにして、寝息を掻いていた。
シャキリはティピーテントの中に入った。火がテントの生地を透かしている。黒いシルエットのシャキリは仮面を取った。纏めていた髪は肩の辺りまで垂れる。
そんな光景を目で追いながら、やがて僕はゆっくりと、時間の中に沈むように眠りへ落ちていった。




