傭兵のシャキリ
アネモネは「ぬふぅう」とシャキリが漏らした声を何度も真似して、その度に肩を上下させて笑った。シャキリは何も気にしていないみたいに、ゲップを繰り返す。両手で仮面の位置をずらして僕の顔を見た。
「それの捌き方を知らないのか」
僕はシャキリの言葉に曖昧な返事をして、イワトビトカゲの頭を落とした。切断面から血が滲み出て来て、僕の手は水で薄めたような赤色に染まる。数秒ほど経つと血は白々しいほど湧いて出てきた。
「きみはこんな所でなにをしてたんだ? もしかして麓の村のヒトか?」
「自分は麓の村の人では無い」
僕は「へえ」と言って、イワトビトカゲの解体を続けた。喉元から刃を入れて、縦に裂いた。肛門の辺りで肉と皮の抵抗が無くなって、尻尾の辺りでナイフが止まる。
「なら旅でもしているってのか?」
「どちらかと言うとそうでは無い」シャキリは仮面を両手で押さえて、僕の手元を見ながら言葉を続けた。「肉を一緒に裂いたら皮が剥ぎ難い」
アネモネは「ぬふぅう」と言って、イワトビトカゲの頭を火の中に入れた。そして肩を揺すって笑った。
僕は気を取り直して、イワトビトカゲの腹の中に指を入れる。内臓を引き千切り、要らない部位を捨てる。卵巣に収まっていた、蒸着前の卵を取った。全部で七個、黄色がかって、ナッツとよく似た形をしている。
シャキリは僕に銀色の串を差し出す。僕は串に蒸着前の卵を刺していき、すべて終わると串を地面に突き刺して、火でじっくりと炙る。
僕はまた解体の続きを始め、シャキリはズボンのポケットから新たなキノコと串を出して、次々と拵えていく。
「シャキリはどこかへ行くつもりなの?」アネモネが質問する。
「目的地はムセイヲン。戦火が上がるって」
「あなた兵士か戦士か何かなの?」
「雇われ兵士」
僕はイワトビトカゲの尻尾を断って、横槍を入れた。「オッカムの傭兵ギルドに?」
シャキリは「うむ」と返事をして、小さく頷いた。被った仮面は大きく上下に動いた。
「戦いはじきじき終わるわよ」アネモネはそう言って背筋を伸ばした。「それほど遠くない未来に」
「デタラメ言ってるんじゃないぞ」
僕がそう言うと、アネモネは「ねえ、シャキリ?」と同意を得るように言った。シャキリは「いや、知らん」と返事をして、ポケットが沢山ついたズボンから白濁色の塊を取り出し、僕が捌いたイワトビトカゲの肉に削り粕を振り掛ける。
「それは?」
「これは岩塩」
「ガンエン」僕は削られていく塊を見ながら言う。
アネモネは覚えの悪い手下に言い聞かせるみたいに体の前で手を動かして、岩塩に意識が向いている僕とシャキリの注意を引いた。
「いいこと? ムセイヲンの戦いはもう終わるのよ。今もべらぼうに魂が消滅しているのよ。ハンス、あなたがその小さいドラゴンを岩に叩きつけた時にもよ」
僕は言った。「きみにそんなことわかりっこ無いだろ」
シャキリは「うむ」と僕に同調するように言って、岩塩をポケットに直した。
「さっきも言ったのよ、ハンス。勘よ」
「勘よ?」僕は言う。シャキリは「うぅむ」と言う。
それから、アネモネはうやむやにするみたいに背中を伸ばした。
僕はシャキリにもう一本串を借りて、肛門の辺りからそれを刺し、肉を縫っていくように通した。僕は首を捻りながら焚火を眺めて、肉が良く焼けそうな場所を探す。
シャキリはいつものように、ズボンのポケットを漁って、大型動物の長い骨を何本か取り出した。そして、色々な形に組み合わせながら「うぅむ、うぅむ」と声を出す。
「なんだそれは……」
「これはホネ」シャキリはまたポケットに手を入れて、今度は麻で編んだ紐を出した。
「そうじゃないよ、シャキリ……。ポケットの仕組みからして、そんな長いホネなんて仕舞っておけないだろう……」
シャキリは長い骨をしばらく眺めて、首を傾げる。僕が何を言っているのかわからないと言った風だった。
僕としても、あまり理解が及ぶ事柄では無かったのだけれど、シャキリが首を傾げる度に、まともで無いのは自分なのではないかと思えてきた。
「これはホネ」シャキリはもう一度繰り返した。そしてさらに付け加えた「ケモノの大腿骨」
アネモネは件の不自然な出来事を意に介さず、無感動にシャキリの手元を見つめている。彼女がそうすると、僕は本当に聞き分けの無い手下のように、些か申し訳無いと言うように説明を求めた。
「どういう理屈で?」
「現象の使役」シャキリはそう言って、麻の紐で骨を結んだ。
「どういう現象で?」僕が聞くと、シャキリは「いや、知らん」と他人事みたいに言った。
「知らずにそんなことをやっているのかい?」
「お前も何も分からず時間の流れに乗っているだろ」そう言って、組んだ骨を焚火の両脇に置いた。それから僕にイワトビトカゲの肉を乗せろと言うように、手をヒラヒラと動かす。「時間があるからそれに乗る、使役しているから行使する。どちらの行為にも特に理由は無い。そういうのは、姿も現さないどっかのヒトが都合の良いように処理してくれる。自分らが気にすることじゃない」
アネモネは焼いた蒸着前の卵を取って、ひとつ口に含んだ。首を少しもたげて、黒目を右上に動かした。卵を左の頬に寄せて、奥歯で潰す。一瞬驚くように肩を震わせて、頬を手でさすった。
「なかなかイケるのよ、これ。噛むとピッとなって汁が飛び出すの」
僕はアネモネから串を受け取って卵を食べた。噛むと確かにピッと弾けて、濃密な汁がじゅっと出て来る。僕はもうひとつ口の中に入れて、今度はシャキリにそれを渡した。
「ポケットはどこに繋がっているんだ?」
「いや、知らん」シャキリはそう言って、串から卵を外した。仮面の顎を少し持ち上げる。仮面の奥には雪よりも真っ白な肌があった。入道雲を薄く引き伸ばしたような感じの白だ。
シャキリは卵を半分ほど齧る。形の良い薄い唇の端から黄色い汁が垂れて、慌てて手の甲で拭った。残りの半分を口に放り込んで、頷きながら咀嚼した。
「知らんけど、たぶん遠くのどこかだ」
「遠くのどこか? その遠くのどこかから一瞬でここへ持ってくるのか? そんなこと出来っこ無いだろ」
アネモネは「ねちゃごちゃと考えすぎよ」と言い、シャキリは「うむ」と言う。どうやらシャキリはアネモネと同じ意見のようだ。
「僕は色んなことが気になってしようが無いみたいだ。僕はデミでもなんでも無いから、力を使えばどんな感じなのかとか、そういう感じだよ」
ふたりは顔を見合わせる。アネモネが手を差し出すと、シャキリは手に持っていた卵の刺さった銀の串をアネモネに渡した。
シャキリは仮面の口元、分厚い唇から飛び出した小さな顔に拳骨を添えて、咳払いをするみたいに「うむ」と言った。
「ヒトは息の吸い方を教わらなくても空気を吸えるだろ、それと同じだ。いったい何をどうすればいいのかなんて産まれながらに意識の器にすり込まれている。つまり……吸って吐く感じだ」
「でもそれは、遠くのどこかから一瞬で物を移動させる理屈にはなっていない」
「くだらないことは気にするな。そうしないと道理から外れるのなら、辻褄を合わせる為の処理が行われて当然だ」
「どっかのヒトによって?」僕は言う。
「どっかのヒトによって」シャキリが言う。「行使すれば何かが起きる、これは吸って吐くのと同じだ。過程は必要ではないんだよ、そんなのはこじ付けにしかならん、特に人の知恵が及ばない物事は。だから必要なモノだけを残して、あとは削ぎ落とせばいいんだ。すると、過程の出来事はすべて消失する」
「原因と結果の過程は消失する」僕は確かめるように言った。
「原因と結果?」シャキリはそう言って、焼いているイワトビトカゲをひっくり返した。
僕は親方がそうしたみたいに、眉間を指で摘まんだ。そして言葉を摘み出したように「やれやれ」と呟いた。
アネモネは退屈そうに大きく欠伸をして、肘の裏を爪で擦った。僕はそれを横目に見ていて、なんで彼女はいつも疲れ切ったように、欠伸をしたり体を伸ばしたりしているのだろう、と思った。




