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さり気なく、なに気なく

 目が覚めると頭上は何かで覆われていて、直ぐ近くから野菜を煮込んだような匂いがした。僕は寝起きの目を擦りながら上半身を起こした。シャキリは銅の両手鍋で何やら調理しているようだった。

 頭上には幕があった。斜方形になった幕の、短い方の対角にポールが立てられる。長い対角は、ちょうど短い対角線を頂点にして、地面までなだらかに下り、端部は杭が打たれて地に固定されている。あとは各辺の中央から自在ロープが張られ、これもペグで固定されていた。


「やあ」僕は言う。


「うむ」シャキリが言う。


「とても素敵な鍋だ。色も、模様も。黄金の魚みたいだ」


「鱗みたいな模様は槌目加工と言う。ハンマーで打って鍋を鍛えるんだ」


「へえ」と僕は言う。「お高いモノか?」


 シャキリは首を傾げる。「たぶんそんなに。これは複製だから」


 なんとなく最近、耳慣れたような言葉だった。それはいつか聞いた言葉で、おそらくごく直近の記憶であるのは間違い無いのだけれど、寝起きで呆けた頭ではどうにも思い出せそうに無かった。そして僕はしばらく、僕の身の回りの複製について考えた。例えば僕が履いている、革製の短いブーツなんかは型紙から出来ているものだ。けれど、寝起きの頭で複製のブーツについて考えや記憶に引っ掛かりを感じるヒトなんていないだろう。

 僕は何とか思い出そうと黙考する。シャキリはそんな僕を見て、捻り出すように「うぅむ」と言った。


「うん、続けてくれ給え」


「これは複製」シャキリはそう言って黙ってしまった。


「わかったよ、シャキリ。つまり……偽物だ」


 シャキリは苦々しい声音で「うぅむ」と言った。そしてしばらく考えて「止めどなく偽物に近い本物」と言う。 


 僕は首を横に振り「淀みなく本物に近い偽物」と言う。


「うぅむ」シャキリが言う。


「うぅむ」僕も言う。


 シャキリは鍋に目を落とした。鍋はとろとろと煮られて、白く濃い湯気を吐いている。仮面の顎の辺りを手で支えながら鍋の灰汁を取って「もう食べられる」と僕に言った。


「いただくとするよ」


 シャキリは木の椀に野菜のスープをよそった。例に漏れずズボンのポケットに手を入れて、木製のスプーンを出して椀の中に傾けた。


「アネモネも起こそうか?」


「いや、知らん」そう言ってスープをよそい、直ぐに一口飲んだ。「この鍋は砂型鋳造。ハンマーで鍛えられた鍋から取った型で造られている。この鍋は鍛えられた槌目鍋のようで実はそうでは無い」


「さり気なく本物に近い偽物」僕が言う。


「なに気なく偽物に近い本物」シャキリが言う。


 僕らは言った。「うむ」


 我々がそんなこんなやっていると、アネモネはむっくと起き上がって僕らに煩瑣な目を向ける。例えるなら、絡まった紐を解かずにそのまま使うような感じの目だ。僕はその例えが正しいのかどうか、シャキリに確認しようとしたけれど、アネモネがあまりにも気怠そうに欠伸をしたので、咄嗟に口を噤んだ。

 僕はアネモネに「やあ」と挨拶をして、シャキリは「うむ」と挨拶をした。アネモネは変わらず件の目を僕らに向けたまま、両手を高く上げて背中を伸ばした。


「あなたたち、飽きもせずに朝からねちゃごちゃねちゃごちゃとしつこいのよ。頭がどうかしているわ、まったく。気がおかしくなるのよ、あたし! ほんとうよ!?」


「うむ」シャキリは言う。「真偽、本質はともかく、命題は同じ。考えてもしようがないのなら、基本的な前提から話はスタートする」


「必要なモノだけを残して、あとは削ぎ落とす」僕は言って、木の椀をシャキリに突き出した。


 シャキリは「うむ」と言ってスープを注いだ。


 アネモネは幾らかうんざりとした表情で「鍋に本物も偽物もありやしないわ、使い方もそうよ。ヒトは鍋を鍋として使って、鍋も鍋としてヒトに使われるのよ」と抑揚の無い声で言う。そして眉間を指で摘まんで「やれやれ」と、親方の真似をする僕の真似をした。


 彼女は気を取り直すように「ふん」と鼻を鳴らして、シャキリの野菜スープを四杯もおかわりした。アネモネは先に黄金色のスープだけを飲み干して、白と赤の根菜、黄緑色の葉茎菜、芋とキノコを最後に食べた。

 銅の鍋は、あった議論とは隔たったところにあって、鍋と言う名前の通りスープをコトコト煮込んでいた。スープに野菜の甘味が溶け、動物性の油が出汁に少量浮かんでいて、味の奥行を深めていた。その働きは、とどのつまり銅の鍋は初志を貫徹して鍋だったことの証明であった。同時に徹頭徹尾紛うこと無く鍋であることは必至だ。よんどころ無く鍋で、どうしようも無く鍋だ。

 僕は敬意を込めて、鍋の縁にくっ付いた野菜までを余すこと無く胃袋に収める。


 僕はそうしてクレヴァリー大陸創世記の前書きを思い出した。そしてふたりに質問する。


「ミヒヤ・デフォーってヒトを知っているか?」


 ふたりは、知らない、と首を振った。さらにまた質問する。


「ゾォイというのは?」


 ふたりはまた、知らない、と首を横に振った。

 僕はアネモネとシャキリに、クレヴァリー大陸創世記の前書きを見せた。ふたりはやはり、知らない、とかぶりを振った。ついでにコウルス派、アストロ派、アダムスについて、アルケーとテロスについても質問してみた。シャキリは何か思い出そうとするように首を捻り、最後は肩を窄めて「うぅむ」と言った。アネモネは深く考えごとをするみたいに、顎に手を充てて動かなくなった。


 シャキリはティピーテントを手際良く片付け始める。放射状に張った裾からペグを外して、センターポールを中心に布を巻き取った。裾を麻の紐で縛って纏めると、大きなカバンの中に仕舞った。カバンはやはりペッタンコなまま、項垂れている。

 僕はアネモネと協力してタープを解体した。シャキリがそうしたように、二本のポールを重ねて布を巻き取り麻の紐で縛った。そして僕は大きなカバンの中に纏めたタープを仕舞おうとする。ポールの先端は布を突いて、カバンの底が形を変えるだけだった。

 寄越せと言うように、シャキリはポールを取って、僕を退けるみたいに肩で押した。僕はそこそこに興味があって、カバンの中を覗いてみようと思ったのだけれど、シャキリは勿体ぶるように手元を体で隠した。


 キャンプを片付けて、我々はなんのかんのと出立の準備を整えた。アネモネとシャキリは何か言い合いながら、時々笑ったりしている。

 薄暗いがとても穏やかな山は、少しの音も無くひっそりと息を顰めて、僕らの旅立ちを待っているようだった。


「ノウザンクロスでなにをするんだ?」シャキリは僕らに聞いた。


「さあ」アネモネは言った。「行きたがっているのはハンスよ」


 僕はアネモネの言葉を継いだ。「ノウザンクロスは通過点だよ。なんとなく、見てみたい景色があるんだ、本当になんとなくね。ちゃんとした目的地は別にある」


「つまり、原因と結果の過程か」


 僕は「そんなところ」と言う。


「では、本当の目的地は?」


「ゴールデンパレス」アネモネは宙に指を立てて、口の中でその響きを味わうように言った。


「うぅむ」


「月よ、シャキリ。月を目指すの」


 シャキリは「うぅむ」と言って考え込んでしまった。そして何を聞いても無駄だと思ったのか、これ以上の質問をしてくることは無かった。


「ねえ、シャキリ。どうせオッカムまでは一緒なのだから、道中で語らいましょうよ」


「うむ」シャキリは言った。「お前たちはあれか、月に言ったヒトたちとなにか関係があるのか?」


 僕とアネモネは「さあ」と首を横に振る。


 我々は山道を歩きだした。緩やかな登りはやがて平坦になって、その後は登りと下りが連続したりする。起伏はとても緩やかで、山道と言うよりも森のようだった。

 時にせせらぎが聞こえて、ヒトの声のようなものも聞こえた。せせらぎが遠くなった代わりに、ヒトの話声やケモノの蹄の音が段々大きくなった。蹄の音を発てる行進の音は、きっちりと揃って僕の耳に届いた。

 シャキリは「うぅむ」と言った。少し言葉尻が上がって発せられた。僕は「どうした?」と言って、シャキリの顔を見た。シャキリは手で庇をつくって、木々の間を縫うように遠くを見つめる。

 アネモネが「なにかいるわねえ」と言う。シャキリは何も言わなかった。


 僕らが歩みを進めた先にあったのは、背中に瘤があるケモノの大群と三角の帽子を被った人々だった。

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