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60.そして、薔薇色の


 どれほどそうしていただろうか。

 ユエル様はわたしが落ち着く頃を見計らって、わたしの体を離した。

「もう少し休んだ方がいいかもしれないが、その前に一度シャワーを浴びるといい」

 ユエル様の提案にわたしはこっくりと頷いた。

「あ、あの、ユエル様、すみません……」

 泣きに泣いたものだから、ユエル様の髪や服をすっかり濡らしてしまった。それを謝ると、ユエル様は「構わない」と微笑んでくれた。

 ベッドから降りようとするわたしの手を、ユエル様はごく自然に取り、ゆっくりと立たせてくれた。まだちょっと頭がふわふわして、足元がおぼつかない。長く眠っていたせいだけじゃなくて、幸福感に浮足立ってるのかもしれない。

「アリアが着替えやらスキンケア用品やらいろいろと用意しておいたようだ。それを使うといい」

「はい」

 寝室からバスルームへはウォークインクローゼットを通っても行けるようで、まずはウォークインクローゼットに着替えを取りに立ち寄った。アリアさんが用意してくれたという着替えはすでに脱衣所の棚に用意してあるみたいだ。

 クローゼットの中にはすでに何着かユエル様とわたしの衣服が揃えられていた。きちんと整理整頓されているから、もしかしたらアリアさんが整えてくれたのかもしれない。

 クローゼットの向こうには広々としたバスルームが見えた。木材の浴槽はたぶん檜材なんだろう。壁も床も檜材らしくて、とても爽やかな香りがする。石鹸やシャンプー、歯ブラシにタオルといったアメニティーも新しいものがきちんと揃えられている。

 さすがスイートのバスルームは綺麗だし豪華だなぁって感心していると、すぐ後ろにいたユエル様から声がかかった。

「ミズカ、シャワーの後でいいのだが。――これも着てもらえるかな?」

 そう言ってユエル様はわたしに紙袋を差し出した。高級そうなツヤのある大きな紙袋の中身はどうやら服らしい。紙袋を受け取って、中身を見てもよいかとユエル様に尋ねた。

 ユエル様に用意していただいたドレスをダメにしてしまったことを思い出して、恐縮してしまう。もしかしたら代わりのドレスなのかな? でもパーティーに行く機会なんてそうそうないだろうし……。

 そんなことを考えながら紙袋の中の服を取り出し……――わたしは絶句した。

「こ、これ……っ」

 これなんですかと問うまでもないものが、袋から出てきた。もちろん衣服。でも「普段着」とはとても呼べない代物で。

「イスラが贈ったものも悪くはなかったが、そういったタイプもミズカには似合うだろうと思ってね」

 にこやかにユエル様は言うけれど、わたしはとてもじゃないけどすぐには首肯できなかった。

 だって、……だって! ユエル様が差し出した紙袋の中身は、……「メイド服」なんだもの! しかも前にイスラさんがプレゼントしてくださった「メイド服」と違って、かなり丈が短い。ものすごく短い!

 鮮やかな水色のパフスリーブのエプロンドレスは光沢のあるサテン生地。エプロンは白フリルで水色のリボン刺繍が裾にあしらわれている。いかにも「コスチューム」といったドレスだ。もちろんエプロンドレスだけじゃなく、付属品も紙袋には入っていた。シフォン素材のパニエ、カチューシャや総レースのカフス、リボン付きのフリルオーバーニーハイソックス。靴は入ってなかったけれど、ユエル様のことだから、ちゃんと用意してあるんだろう。

 ミニスカのメイド服を持ったまま唖然と立ち尽くしてるわたしをユエル様は楽しげに眺めている。腕を組んで何やら自己満足に浸っているといった風情だ。

「メイド服としては邪道かもしれないが、まぁ、なかなかに可愛らしいデザインだ。こういう真似事遊びも悪くはない」

 ユエル様のこんな屈託のない顔を見るのは……すごく久しぶりのような気がする。

 ユエル様が楽しそうなのはわたしも嬉しいけれど、どう反応したらよいものか困ってしまい、ぼう然と立ち尽くしたままだ。ユエル様はそんなわたしに構わず話を続ける。

「ただし、ミズカ。これを着るのは私の前だけだ。他の誰にも見せないように。いいね?」

「あ、あたりまえですっ!」

「ということは、着てくれるわけだ?」

「えっ、いえそれはっ」

「それはよかった。大正ロマン風のメイド服も用意しておいたのは正解だったな。女学生風のミモレ袴で、海老茶式部と言うようだが、ミズカに似合いそうだ。あとでそちらも見せよう」

「ユエル様!」

 うろたえながらもやっと声をあげた。恥ずかしさに頬が紅潮してしまう。ユエル様はといえば悪戯をしかける少年みたいな表情をしてる。わたしの反応を愉しんでるのがわかって、ほんのちょっぴりにくらしい。

 でも、いつものユエル様らしさが戻り、ホッとして肩の力が抜けたみたい。だからわたしもいつものように言い返してみる。

「ユエル様、もうっ、何考えてるんですか!」

「それはもちろん」

 ユエル様は秀麗な面貌に満面の笑みを湛えた。

「いつだってミズカのことばかり考えているよ」

 わたしの額に優しいキスを落とし、甘い声音で囁く。まるで睦言のように。

「この先もずっと」

 ――ミズカを愛している。



 ユエル様は白い手をわたしに差し伸べる。そうして二人の未来を示してくれるのだ。

 どんな未来がわたし達の前に拡がっていくのだろう。共に歩むわたし達の未来。

 それはきっと優しく甘い薔薇色の――……

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