↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/117

第八十六環 「決戦配置」


——朝。魔王城・会議室。


リリスは立ったまま会議室にいる全員を見渡した。


白銀の髪が、肩の上で揺れる。


深紅の瞳にはもはや、迷いの色はなかった。


「侵攻開始は、三日後」


その言葉に、会議室の空気が一瞬で張り詰める。


「それまでに全員、戦いの準備を終わらせなさい」


短い。


だが、それは、魔王による絶対の宣告だった。


残された時間は、僅か三日。


その間に四聖剣との戦いへ備え、軍の配置を決め、人界の王を討つための準備を、全て終わらせなければならない。


リリスの視線が、まずルシアへ向けられた。


「ルシア。あんたには——第一席、ダッカを任せる」


「……苦痛を転写する男ね」


「ええ。受けた痛みを相手へ返す以上、下手に攻撃すれば、自分の攻撃で自分を追い詰めることになる」


単純な火力だけで戦えば、ダッカの能力によって全てを返される。


だが、ルシアには、攻撃魔術だけではなく、十二重結界を操る精密な技術がある。


「遠距離魔術と結界を組み合わせて、能力の仕組みを見極めなさい。あんたなら、直接触れずに攻略できる可能性がある」


「——当然よ」


ルシアは、挑むような笑みを浮かべた。


「魔界最強の魔導師を舐めないでもらいたいわね」


リリスは短く頷くと、次にシエラへ視線を移した。


「シエラ。あんたは第三席、メツ・ニローダ」


その名が告げられた瞬間、会議室の空気が、僅かに冷えた。


魔王城へ単身侵入し、十一人の命を奪った男。


白銀の鎌、静寂鎌(ニルヴァーナ)


その刃に傷つけられた者は、肉体だけでなく存在そのものを削り取られる。


レイラを消滅寸前まで追い込み、仲間たちの記憶からも奪い去った相手。


シエラの青い瞳から普段の明るさが消えた。


「……あいつか」


「ええ。寂滅は、まともに受けた時点で致命傷になる。どれほど肉体が頑丈でも、存在そのものを削られれば意味がない」


竜族の強靭な鱗も。


強力な再生能力も。


存在そのものを侵食する攻撃に対しては、完全な防御にならない。


「だから、触れさせない」


リリスの深紅の瞳が、真っ直ぐにシエラを捉える。


「メツの攻撃は強力だけど、鎌が届かなければ意味を持たない。竜族最速のあんたなら、奴の間合いへ入らずに戦える」


「空から竜炎を撃ち込む」


シエラが、リリスの意図を理解した。


「近づかれても、速度で振り切る。あいつの鎌に触れずに遠距離から焼き尽くすってことね」


「そういうこと」


メツがどれほど鋭い斬撃を放とうと、攻撃には必ず軌道が存在する。


その軌道を見切り、絶対に接触しない。


空と地上を高速で往復しながら、射程外から竜炎を浴びせ続ける。


「まともに戦おうとしないこと。奴に一度でも触れられれば、あんたでも無事では済まない」


「……分かってる」


シエラは一度だけ、レイラへ視線を向けた。


自分たちの記憶から、一度は奪われた仲間。


その存在を消そうとした男。


青い瞳の奥で、静かな怒りが燃え上がる。


「絶対に触れさせない」


シエラの背中で、黒い竜翼が僅かに開いた。


「私の速度に追いつけないまま焼き尽くしてやる」


続いて、リリスの視線がクオンへ向けられる。


「クオン。あんたは——第二席、シュウ・ザムダ」


「……欲望の増幅か」


「あらゆる欲望と衝動を膨れ上がらせ、理性を奪う能力よ」


クオンは胸の前で腕を組み、僅かに目を細めた。


鬼族が生まれながらに抱えている、破壊への衝動。


強者と戦いたいという欲求。


起源回帰によって目覚める、全てを殴り壊そうとする闘争本能。


シュウ・ザムダの力を受ければ、それら全てが、制御できないほど増幅される可能性がある。


「相性は悪いんじゃない?」


ルシアが、不安そうにクオンを見た。


「クオンの戦闘欲を増幅されたら、敵味方の区別がつかなくなるかもしれないわよ」


「だからこそ、クオンに任せる」


リリスは迷うことなく答えた。


「欲望を隠し、抑え込んでいる相手ほど、増幅された時に自分を見失う」


だが、クオンは違う。


自分が戦いを好んでいることも。


強者を求めていることも。


その拳で、全てを打ち砕きたいと願っていることも。


最初から、一度も否定していない。


「クオンは、自分の欲望が何なのかを理解している」


リリスの唇が、僅かに吊り上がった。


「なら、増幅されたところで、その矛先を間違えなければいい」


「……なるほど」


クオンの瞳が鋭く細められる。


「戦いたいという欲望を、奴自身へ向ける」


「あんたの衝動を利用しようとしたことを後悔させてやりなさい」


「ああ」


クオンは拳を握り骨を鳴らした。


「どれほど欲望を増やされても、殴る相手は変わらない」


低い声に揺るぎない自信が宿る。


「シュウ・ザムダだけを殴って終わらせる」


リリスの視線が最後に、レイラへ向く。


「レイラ。あんたは——第四席、ドゥ・マーガ」


「……未来固定」


レイラが、小さく呟いた。


敵が選んだ未来を固定しその結果へ現実を収束させる能力。


攻撃が当たる未来を固定されれば、どれほど回避しようとしても最後には、その一撃を受ける結果へ導かれる。


「確定した未来に抗うには、相手が何を現実として認識しているかを、崩す必要がある」


「……だから、私の幻術」


「そういうこと。偽りの未来を見せ、本物の未来を選ばせない」


リリスの深紅の瞳が、レイラの緑色の瞳を捉える。


「未来を固定する相手に対して、認識そのものを操るあんたは最も相性がいい」


レイラは、自分の指先へ一度だけ視線を落とした。


存在は、まだ完全に安定していない。


それでも、逃げるという選択肢はなかった。


「……分かった」


顔を上げた時、緑色の瞳には四座としての決意が宿っていた。


「その未来ごと騙してみせる」


そして。リリスの視線が零へ向けられた。


「第五席と人界の王」


深紅の瞳が零だけを映す。


「この二人は、私と零で潰す」


零は、黙って続きを待った。


「基本的には私とあんたの二人で、王を叩く」


リリスの指先が、地図に描かれた王城へ触れる。


「ただし、第五席が現れた場合、私がそいつを引き受ける。零は王だけに集中しなさい」


第五席の正体も、能力も分からない。


だからこそ、現れた瞬間にリリスが押さえる。


「逆に、第五席が最後まで動かなければ、私も王との戦いに加わる」


深紅の瞳が、鋭い光を宿した。


「二対一で、叩き潰す」


零は静かに頷いた。


「分かった」


役割は決まった。


ルシアはダッカ。


シエラはメツ・ニローダ。


クオンはシュウ・ザムダ。


レイラはドゥ・マーガ。


そして、零とリリスは第五席と人界の王、アルトリウス。


四聖剣との全面戦争へ向けた配置が、少しずつ形になっていく。


「それと——」


リリスは上座から離れると、長いテーブルの脇を歩き零の前で足を止めた。


距離が近い。


揺れる白銀の髪から、微かな香りが漂う。


深紅の瞳が零の金色の瞳を、真っ直ぐに見上げた。


「これから三日間、私が直接あんたを鍛える」


「リリスが?」


「ええ」


細い指先が、零の胸元へ突きつけられる。


「怒りを制御するための訓練よ」


王を前にしても、復讐心に思考を奪われない。


概念操作の精度を落とさず、怒りを純粋な力へ変換する。


「その方法を、三日間で徹底的に叩き込む」


リリスの口元に挑発的な笑みが浮かんだ。


「覚悟しておきなさい」


深紅の瞳が、楽しげに細められる。


「私の訓練、四天王たちより甘くないわよ」


「——ちょっと待ってください!」


ルシアが真っ先に声を上げた。


「魔王様が直接って、どういうことですか!?」


「……三日間、二人きり?」


シエラが、疑うように目を細める。


クオンは何も言わなかった。


だが、金色の瞳は、じっとリリスへ向けられている。


「ふぅん……」


レイラも僅かに目を細め、探るような視線をリリスへ送った。


四座の視線が一斉に魔王へ集中する。


それぞれの表情には、任務への懸念とは明らかに異なる感情が滲んでいた。


嫉妬。


警戒。


そして、自分たちだけが置いていかれることへの、不満。


だが、リリスは振り返りもしなかった。


零の前に立ったまま、背後の四人へ冷たく問いかける。


「何?」


白銀の髪が、僅かに揺れた。


「文句でもあるの?」


「…………」


沈黙。


四人とも不満はある。


だが、誰一人として、魔王へ正面から逆らうことはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。