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第五十七環 「魔王城最大の寝台」


——朝。魔王城・零の自室。


朝の光が、窓から差し込んでいた。


目を覚ました零は——違和感を覚えた。


身体が動かない。


右腕に、柔らかな重み。


左側にも、温かな気配。


「…………」


ゆっくりと視線を動かす。


右側では、シエラが零の腕を抱き締めて眠っていた。


髪が枕へ広がり、黒い竜角が朝日を受けて淡く輝いている。尻尾は零の腰へ巻きつき、離す気配がない。


左側には——ルシアがいた。


ダークレッドの髪を下ろし、零の肩へ額を預けている。普段の気の強さが嘘のような、穏やかな寝顔だった。


昨夜、二人を部屋から追い出した。


扉には、確かに鍵をかけた。


一人で眠りについたことも覚えている。


それなのに——朝になったら、二人がいる。



挿絵(By みてみん)


「……どうやって入った」


零の呟きに、シエラの耳が動いた。


青い瞳がゆっくりと開く。


「……ふぁ〜、おはよ、零」


「質問に答えろ」


「窓から」


シエラは悪びれもせず、窓を指差した。


ここは魔王城の上層階。


普通なら、窓から侵入できる高さではない。


だが、翼を持つシエラには関係なかった。


「ルシアは?」


「鍵を魔法で開けてたよ」


「お前、見てたのか」


「うん。廊下から入ってくるの見て、私も混ざった」


順番が逆だった。


最初に侵入したのは、ルシアらしい。


その声が聞こえたのか、ルシアの瞼が僅かに動いた。


真紅の瞳が開く。


零と至近距離で目が合った。


「…………」


「おはよう、ルシア」


「……おはよ」


眠気の残る声で答える。


だが、次の瞬間には状況を思い出したのか、耳が赤く染まった。


それでも——飛び起きることはなかった。


代わりに、狭い寝台の上を冷静に見渡す。


零。


自分。


シエラ。


三人が並ぶには、明らかに幅が足りていない。


「……狭いわね」


ルシアが呟いた。


「二人とも出れば解決する」


「毎回こんなに狭いと、まともに眠れないじゃない」


「毎回?」


零の問いを無視し、ルシアは寝台から降りた。


乱れた髪を手早く整え、備え付けの呼び鈴を鳴らす。


間もなく、扉の向こうから使用人の声が返ってきた。


「お呼びでしょうか、ルシア様」


ルシアは扉を僅かに開け、寝台を指差した。


表情は至って冷静だった。


「この寝台、小さすぎるわ」


「は、はい?」


「三人で寝ても余裕がある大きさのものへ替えて。今日中に」


廊下の使用人が、目を丸くする。


零も言葉を失った。


シエラだけが、寝台の上で楽しそうに笑っている。


「三人用でいいの?」


「どういう意味よ」


「そのうち、レイラとクオンも来るかもしれないじゃん」


ルシアが動きを止めた。


数秒間、真剣に考える。


そして——。


「……なら、もっと大きい方がいいわね」


「待て」


ようやく零が口を挟んだ。


「一人用でいい」


「今朝の状況を見ても、まだそんなこと言ってるの?」


ルシアが呆れたように振り返る。


その顔には、以前のような激しい嫉妬はなかった。


シエラが番として零の傍にいることも。


自分以外の誰かが零を大切に思っていることも。


すべて受け入れた上で——自分も譲るつもりはない。


そんな静かな自信が、真紅の瞳に宿っている。


「最大のものを用意して」


「え、ええと、承知、いたしました……」


困惑した使用人の足音が、廊下の向こうへ遠ざかっていく。


零は天井を見上げた。


一人で静かに眠れる夜は、昨日が最後だったのかもしれない。


「楽しみだね、零」


シエラが笑う。


「何がだ」


「新しい寝台」


「俺は頼んでない」


「細かいこと気にしなーいの」


「これは細かくない」


二人の声を聞きながら、ルシアは窓辺で髪を結び直していた。


ダークレッドの髪が、いつものツインテールへ戻っていく。


「ほら、二人とも起きなさい。朝食の後は訓練よ」


そう告げる横顔は、どこまでも平静だった。


こうして——零の知らないところで、魔王城最大の寝台が発注された。


騒がしくも温かな、一日の始まりだった。

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