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第二十九環 「四人の師」

——夜。


魔王城・食堂。


——長い一日だった。


午前はルシアに魔術を叩き込まれ。


昼にはクオンの猛攻を三分間耐え抜き。


午後はシエラの空を追い。


夕方には、レイラの幻術で精神の奥底まで揺さぶられた。


魔界に来てから八日。


零は初めて、本当の意味で「疲れた」と感じていた。


食堂の大テーブルに、零は静かに腰を下ろす。


普段はほとんど表情を崩さないその顔にも、今日は僅かに疲労の色が滲んでいた。


「——ねえ」


向かいから声が飛んできた。


クオンだ。


相変わらず皿には肉が山のように積まれている。


「生きてたか」


「……なんとかな」


「そっか」


短いやり取り。


だが——。


「レイラに、壊されたかと思った」


ほんの僅かに。


クオンの口元が上がった。


どうやら彼女なりの冗談らしい。


「ちょっと。人聞き悪いなぁ」


横から声。


「私はそんな簡単に人を壊さないよ?」


「簡単には、ね」


「それどういう意味?」


「あはは」


空色の髪を揺らしながら、シエラが零の隣へ腰を下ろした。


その手には既に酒の入ったグラス。


夕食が始まる前から飲んでいたらしい。


「お疲れー。……って、言うまでもないか」


シエラが零の顔を覗き込む。


「顔に出てるよ。相当しごかれたでしょ?」


「誰のせいだ」


「え、私?」


自分を指差す。


そして。


「でもさ」


にやり。


「あの四人なら、私の訓練が一番キツかったでしょ?」


妙に自信満々だった。


「どう考えても私だろう」


クオンが肉を頬張りながら言う。


「三分間、ずっと殴っていた」


「いや、それ自慢すること?」


「鍛錬だ」


「戦闘狂はこれだから……」


「ふふ」


今度は反対側。


くすんだ金髪を揺らしながら、レイラが腰を下ろした。


手には、いつもの紅茶。


「肉体的にはクオンかシエラかもしれないけど——」


緑の瞳が零へ向く。


「精神的には、私が一番だったんじゃない?」


一瞬。


零とレイラの視線が交わった。


先ほどの教室。


幻術の奥で触れた——零の精神。


レイラは何も言わない。


ただ、ほんの少しだけ、いつもより柔らかく笑った。


「……ふふ」


そして、上目遣いで零の顔を覗き込む。


「それにしても——疲れた顔」


「悪いか」


「ううん」


レイラの笑みが深くなる。


「悪くない」


「…………?」


「人間って、疲れると少し表情が柔らかくなるんだね」


じーっ。


緑の瞳が、遠慮なく零を観察する。


「こっちの方が可愛いかも」


「えぇ」


「ていうか、よく見ると可愛い顔して——」


「——ちょっと!!」


食堂に声が響いた。


料理の載った皿を持ったルシアが、こちらを睨んでいる。


真紅の瞳が——。


零の右。


シエラ。


零の左。


レイラ。


交互に見る。


眉間に皺が寄った。


「……あんたたち」


ずん。


皿を置く。


そして——零の正面へ腰を下ろした。


「近すぎない!?」


「え?」


シエラが自分と零の距離を見る。


「別に普通じゃない?」


「普通じゃないわよ!」


「席に座っただけじゃん」


「肩触れそうじゃない!」


「触れてないし」


「そういう問題じゃない!」


「じゃあ、どういう問題?」


「それは——!」


詰まった。


真っ赤になる。


レイラが楽しそうに目を細めた。


「ルシアこそ」


「……何よ」


「正面の席、確保するの早かったね」


「はぁ!?」


ツインテールが跳ねた。


「違うわよ! たまたまここが空いてただけ!」


「へぇ」


「何よその顔!」


「別に?」


「絶対なんか思ってるでしょ!」


「思ってないよ?」


「嘘つき!」


「幻術師だからね」


「関係ないでしょ!!」


「あははは!」


シエラが腹を抱えて笑う。


クオンだけは我関せずと肉を食べ続けている。


零は、小さく息を吐いた。


騒がしい。


本当に——騒がしい。


けれど。


不思議と嫌ではなかった。


その時。


——カツン。


食堂の奥から、靴音が響いた。


一瞬で。


四人の空気が変わる。


扉が開く。


白銀の髪が、揺れた。


魔王——リリス。


黒と赤を基調とした装束を纏い、悠然と食堂へ入ってくる。


深紅の瞳が、食卓を一瞥する。


クオン。


ルシア。


シエラ。


レイラ。


そして——。


零。


そこで。


視線が止まった。


「…………」


リリスの眉が、僅かに上がる。


「……ふーん」


そのまま上座へ。


椅子を引き、腰を下ろす。


「生きてるじゃん」


頬杖をつく。


深紅の瞳が、面白そうに零を見つめた。


「初日で潰れるかと思ったけど」


「潰すつもりだったのか?」


「まさか」


リリスが笑う。


「潰れたら、その程度だったってだけよ」


「魔王様、それ私たちの指導にも問題があることになりません?」


ルシアが口を挟む。


「知らないわよ。加減くらい自分たちで考えなさい」


「クオンなんて三分間ずっと殴ってたんですよ!?」


「鍛錬だ」


「ほら!」


「生きてるんだから、いいじゃない」


「よくないです!」


再び騒がしくなる食卓。


リリスはその光景を眺め——。


ふっ、と笑った。


そして。


「で?」


その一言で。


四座の声が止まる。


リリスの視線が、零へ向いた。


「どうだった?」


頬杖をついたまま。


口元には、楽しげな笑み。


「——うちの四人は」


「…………」


四人の視線が、一斉に零へ集まった。


ルシアは僅かに身を乗り出し。


シエラはグラスを片手に笑い。


レイラは頬杖をついて。


クオンは——肉を食べる手を止めている。


全員。


零の答えを待っていた。

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