第二十三環 「四座式・総合鍛錬」
——朝。
魔王城・食堂。
幹部専用のテーブルには、四座と零が揃っていた。
いつもと変わらない朝食。
——の、はずだった。
「…………」
零が隣を見る。
ルシアが座っている。
そこまでは、いつも通り。
だが。
(……遠くないか?)
昨日までと比べて。
椅子一つ分——とまではいかない。
それでも明らかに、零との間に微妙な隙間がある。
そして。
目が合わない。
零が見れば、ルシアはパンを見る。
パンを取れば、今度は紅茶を見る。
零が紅茶へ手を伸ばせば——。
「…………」
「…………」
一瞬だけ。
目が合った。
「——っ」
即座に逸らされた。
耳が——赤い。
(……昨日のこと、気にしてるな)
当然。
零の脳裏にも、昨夜の言葉は残っていた。
『……私が最初だって』
『それだけ——覚えてて』
あの時の。
真っ赤になったルシアの顔まで。
「…………」
零が僅かに笑う。
「……何よ」
前を向いたまま、ルシアが言った。
「何も」
「今、笑ったでしょ」
「気のせいだろ」
「……絶対笑った」
睨まれる。
しかし。
やっぱり目は合わせない。
その様子がまた可笑しくて。
零は今度こそ笑いそうになった。
「——こほん!」
ルシアが大きく咳払いをする。
「……じゃあ、説明するわ」
話題を強引に変えるように。
手元に置いていた羊皮紙を広げた。
「魔王様の指示で、今日から四天王全員で零を鍛えることになったわ」
羊皮紙には。
整った文字で、一日の予定がびっしりと書き込まれている。
どう見ても。
今朝思いついて書いた量ではない。
「……これ、いつ作ったんだ?」
「昨夜よ」
「寝たのか?」
「寝たわよ!」
「何時間?」
「…………」
「ルシア?」
「寝たって言ってるでしょ!!」
どうやら。
かなり夜更かししたらしい。
昨夜。
零の部屋から逃げるように帰ったあと。
そのままこれを作っていたのだろうか。
(……真面目だな)
「何よ」
「いや。ありがとな」
「——っ」
ルシアの手が止まる。
「……別に。そういうところが——」
小さく答え。
また羊皮紙へ視線を戻した。
「闇雲に四人で鍛えても効率が悪いでしょ。だから——私がスケジュールを組んだの」
羊皮紙を全員から見えるように、テーブル中央へ広げる。
そして。
指先で最初の項目を示した。
「——午前」
一拍。
「私との魔術鍛錬」
シエラの眉が、ぴくりと動いた。
「これは毎日固定。中級魔術の習得と、魔力制御の精度向上を中心に進めるわ」
「毎日固定なんだぁ〜?」
「何よ、何か問題ある?」
「いやぁ?」
シエラがニヤニヤしている。
「まだ何も言ってないけど?」
「その顔が言ってるのよ!」
「はいはい、続けて」
「……ったく」
ルシアが次の項目を指差す。
「——昼から午後前半」
今度はクオンを見る。
「クオンとの組み手。近接戦闘、体術。それから身体強化を使った実戦形式の訓練」
「……了解した」
クオンが頷く。
そして。
零を見る。
「手加減はしない」
「する気なかっただろ」
「うん」
「少しは否定してくれよ」
「クオン」
ルシアがじろりと睨む。
「殺さない程度にしなさいよ」
「……善処する」
「なんで確約しないのよ!?」
シエラが笑う。
レイラも楽しそうに口元を緩めていた。
「——次」
ルシアがため息をつきながら。
「午後後半。シエラ」
「はーい」
シエラが片手を上げる。
「空中戦への対処と広域攻撃への対応。それから——立体的な戦場での機動訓練」
「りょーかーい」
シエラが零を見る。
そして。
ニッと笑った。
「楽しみだね」
「その笑顔が怖いんだが」
「失礼だなぁ」
シエラが肩をすくめる。
「でもさ。人間って基本、地面の上で戦うでしょ?」
「まあな」
「上から攻撃されるのって、慣れてないと結構キツいんだよ」
指先を上へ向ける。
「前だけ見てればいい戦いとは、全然違うからね」
「……なるほど」
「だから——」
シエラの笑みが深くなる。
「今日、嫌ってほど教えてあげる」
「やっぱり怖いじゃねえか」
「あははっ!」
「——そして、夕方」
ルシアが最後の項目を示す。
「レイラ」
「はぁい」
レイラが頬杖をついたまま返事をする。
「座学と実技。幻術の看破、結界の構造分析。そして——情報戦の基礎」
「座学ねぇ」
緑の瞳が零へ向けられる。
「まあ——退屈はさせないよ」
笑う。
「——約束する」
「…………」
その笑みを見た瞬間。
なぜか。
零の背筋に嫌な予感が走った。
「……普通の座学だよな?」
「もちろん」
「なんで即答なのに信用できないんだろうな」
「ひどいなぁ」
「顔が楽しそうなんだよ」
「ふふっ」
——絶対に何かある。
零は確信した。
「最後」
ルシアが羊皮紙の一番下を指差す。
「夜は自主鍛錬——もしくは休息」
そこで。
ルシアの声が少しだけ真剣になった。
「毎日これを繰り返す以上、疲労は絶対に溜まるわ」
零を見る。
今度は。
きちんと目を合わせて。
「身体を壊したら意味がない」
「…………」
「だから、無理はしないこと」
教師としての言葉。
だが。
それだけではない。
そんな気がした。
零は小さく頷く。
「分かった」
「……ならいいわ」
ルシアが羊皮紙を巻く。
そして。
「はい」
零へ差し出した。
「ん」
受け取ろうと。
零も手を伸ばす。
その時。
——触れた。
ほんの一瞬。
指先と。
指先。
「——っ」
ルシアの手が、ぴくりと跳ねた。
昨夜。
零の手を握った。
その感触を思い出したかのように。
「…………」
さっ。
勢いよく手を引っ込める。
「……以上よ」
何事もなかったように言う。
「質問は?」
「…………」
「何よ」
「いや」
「だから何!」
「何でもないって」
零が笑う。
「……っ」
ルシアは紅茶のカップを手に取った。
顔を隠すように口元へ運ぶ。
耳は——また赤くなっていた。
その一部始終を。
当然。
見逃さない者がいる。
「いいんじゃない?」
シエラだった。
「ルシアがちゃんと組んでくれたなら安心でしょ」
「当然よ」
「たださぁ〜?」
ニヤリ。
「朝の枠、自分で毎日確保してるあたり——抜け目ないよね〜」
「——っ!!」
ルシアが勢いよくカップを置いた。
「魔術が基本なんだから当然でしょ!!」
「へぇ〜」
「朝が一番集中できるの!!」
「ふぅん」
「他意はないわ!!」
「まだ聞いてないけど?」
「…………っ!!」
隣から。
「はいはい」
レイラが笑う。
「他意はない、ね」
「レイラ!!」
「ふふふっ」
「もう!!」
シエラが笑う。
レイラも笑う。
零も思わず口元を緩めた。
クオンは。
「…………」
我関せず。
朝から肉を食べていた。
いつもの光景。
いつもの朝。
ほんの数日前まで。
零にとっては存在すら知らなかった者たち。
それが今では。
この騒がしい食卓が——
少しずつ。
当たり前になり始めていた。
「…………」
そして。
騒ぎが収まったあと。
ルシアがちらりと零を見る。
ほんの一瞬。
目が合う。
今度は。
すぐには逸らさなかった。
昨夜の言葉が。
まだ胸に残っている。
——私が最初だって。
——それだけ、覚えてて。
数秒。
やがて。
ルシアの方から目を逸らした。
椅子を引き。
立ち上がる。
「……食べ終わったら、すぐ訓練場よ」
いつもの。
少し強気な声。
「遅れたら許さないから」
「はいはい、先生」
「——っ!」
ルシアの肩が跳ねる。
振り返る。
「だから先生って呼ぶなぁぁぁ!!」
朝の食堂に。
ルシアの声と。
四人の笑い声が——響き渡った。




