第二十一環 「四座、総動員」
——夜。
魔王城・中央棟。
幹部たちが利用する食堂の一角では、少し遅めの夕食が続いていた。
長いテーブルの上には、魔界で獲れた肉や魚、色鮮やかな野菜を使った料理が所狭しと並んでいる。
上座に座るのは——魔王リリス。
白銀の髪を背へ流し、優雅にグラスを傾けている。
その左右には、四座。
ルシア。
シエラ。
レイラ。
クオン。
そして今では、その席にいることがすっかり当たり前になりつつあるように——零も末席に加わっていた。
食事が一段落した頃。
「——魔王様」
ルシアがフォークを置いた。
「報告があります」
背筋を伸ばし、真っ直ぐリリスを見る。
その声こそ平静を装っているものの。
表情には——どこか隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「天津零の魔術鍛錬についてですが——」
ちらり。
一瞬だけ、ルシアが零を見る。
そして。
「五属性の初級魔術。すべて、私の九割程度の精度まで到達しました」
一拍。
「——たった一日で」
食堂が——静まった。
「…………」
シエラが口へ運びかけていた肉を止める。
クオンに至っては、口の中に肉を入れたまま——咀嚼すら止まっていた。
「……一日?」
レイラが確認するように聞く。
「一日よ」
ルシアが答える。
その声が——少しだけ得意げなのを、零は聞き逃さなかった。
まるで。
自分の弟子を自慢しているような——。
(……先生、嬉しそうだな)
昼間のことを思い出し、零が僅かに笑う。
それに気づいたルシアが、じろりと睨んできた。
「……何よ」
「いや、別に」
「なら笑わないで」
「はいはい、先生」
「——っ!?」
ルシアの肩が跳ねた。
「せ、先生って呼ぶなって言ったでしょ!!」
「言われたっけ?」
「言ったわよ!!」
「そうだっけ?」
「こ、この……!」
顔を赤くするルシア。
その様子を見ながら。
「へぇ〜……」
シエラがニヤニヤしている。
「何よ」
「別にぃ?」
「その顔やめなさい!」
「ふふ」
今度はレイラまで笑った。
「……なんかあった?」
「何もない!!」
即答。
クオンはしばらく三人を見比べたあと。
「……先生?」
「クオンまで言わなくていいの!!」
食堂に笑い声が響く。
零も思わず笑った。
ほんの数日前なら。
こんな食卓を囲むことになるとは、想像すらしていなかった。
「——それで?」
リリスの声。
騒いでいた四人が、そちらを見る。
リリスは頬杖をつきながら、楽しそうにルシアを眺めていた。
「報告の続きがあるんじゃないの?」
「——っ。し、失礼しました」
ルシアが咳払いをする。
そして何事もなかったかのように表情を整えた。
「加えて——」
今度は零の腕へ視線を向ける。
「零の《神装》——《夢幻抱擁》との併用についても確認しました」
空気が少しだけ真剣なものへ変わる。
「現段階では初級魔術しか扱えません。ですが、《夢幻抱擁》による増幅を加えれば——」
一拍。
「初級でありながら、上級魔術に迫る威力を発揮します」
「……マジ?」
シエラが零を見る。
「たぶん」
「なんで本人が一番自信なさそうなのよ」
「比較対象が分からないからな」
ルシアがため息をつく。
「私が確認したから間違いないわ」
そして再びリリスへ。
「基礎的な魔力操作も問題ありません。明日からは中級魔術へ移行する予定です」
「…………」
リリスがグラスを置いた。
——コト。
小さな音。
深紅の瞳が、零を捉える。
値踏みするように。
けれど——どこか楽しげに。
「一日で九割、ね」
白銀の髪を指先で払いながら、頬杖をつく。
「——やるじゃない」
口元に笑み。
「思った以上に面白い子」
「……そりゃ、どうも」
零が答える。
その隣では。
「……ふふ」
ルシアの口元が——僅かに緩んでいた。
零が褒められたのに。
なぜか自分まで褒められたような顔をしている。
だが。
リリスの言葉は、そこで終わらなかった。
「——ただし」
空気が変わる。
ルシアが顔を上げた。
「ルシア」
「はい」
「魔術だけじゃ——足りないわ」
「……!」
リリスはグラスの脚を指先で摘まみ、ゆっくりと回す。
深紅の液体が、グラスの中で小さな渦を作る。
「この子の武器は《神装》と剣術。そこへ魔術が加わった」
視線が零へ。
「確かに、強くなったわ」
だが。
「——実戦は、訓練場じゃない」
その一言で。
先ほどまでの和やかな空気が消えた。
零も姿勢を正す。
リリスが人差し指を立てる。
「体術」
二本目。
「索敵」
三本目。
「結界の看破と構築」
そして。
「魔力感知。地形利用。多対一の戦闘術」
一つずつ。
戦場で生き残るために必要なものを並べていく。
最後に。
リリスが僅かに目を細めた。
「——そして、情報戦」
零の金色の瞳が、リリスを見つめ返す。
「零」
「なんだ」
「あんたが倒したいのは——人界の王でしょ?」
その言葉に。
零の表情から、僅かに温度が消えた。
——人界の王。
アルトリウス。
妹を奪った男。
零がこの世界で生き続ける理由。
そして。
いつか、必ず——必ず殺すと決めた相手。
「……ああ」
短く答える。
リリスはそんな零を見つめたまま、続ける。
「王っていうのはね——一人で玉座に座ってるわけじゃないの」
グラスをテーブルへ置く。
「兵がいる」
指先がテーブルを叩く。
——コツ。
「魔導師がいる」
——コツ。
「結界がある」
——コツ。
「罠がある」
——コツ。
そして。
「何より——あんたを王のところまで辿り着かせないために命を捨てる奴が、何百、何千といる」
「…………」
零は黙って聞いていた。
「どれだけ《夢幻抱擁》が強力でも、正面から全部を相手にしてたら——王へ辿り着く頃にはボロボロよ」
リリスが頬杖をつく。
「だから」
深紅の瞳が。
ルシアへ。
シエラへ。
レイラへ。
クオンへ。
順番に向けられていく。
「——全員で鍛えなさい」
「…………え?」
最初に声を上げたのは、シエラだった。
「私も?」
「当然」
即答。
「えぇ……」
「何よ、その嫌そうな顔」
「嫌ってわけじゃないけどさぁ。ルシアが楽しそうにやってたから、てっきり任せるのかと」
「だ、誰が楽しそうよ!!」
「楽しそうだったじゃん」
「真面目に指導してただけ!!」
「はいはい」
リリスが軽く手を振る。
「シエラ。あんたは空中機動と広域制圧」
「それなら任せて〜」
「レイラ」
「はぁい」
「あんたは幻術の看破。それと情報戦」
「ふぅん……面白そう」
「クオン」
「……ん」
「あんたは近接戦闘と体術。武器を失った状況での戦い方も叩き込みなさい」
「……分かった。組み手は任せて」
「お手柔らかに」
「無理、だよ」
「即答すんなよ」
そして最後。
「ルシア」
「はい」
「引き続き、魔術全般を」
「——承知しました」
今度は即答。
しかも。
妙に嬉しそうだった。
シエラがそれを見逃すはずもなく。
「よかったね〜、先生」
「シエラ!!」
「あはははっ!」
また食堂に笑い声が広がる。
リリスはそんな四天王たちを眺め。
そして。
最後に零を見る。
「四人がかりで——この子を仕上げなさい」
零は四人を見る。
魔女。
竜族。
ダークエルフ。
鬼族。
それぞれが、この魔界でも指折りの実力を持つ戦士。
その全員が。
明日から——自分一人を鍛える。
「……贅沢な話だな」
思わず呟く。
「何言ってるの」
リリスが笑う。
「贅沢なんてもんじゃないわよ」
そして。
グラスを持ち上げる。
「魔王直属四座を——あんた一人のために使うんだから」
深紅の瞳が細められた。
「——死ぬ気で強くなりなさい、天津零」
零はその視線を真正面から受け止める。
そして。
口元を僅かに上げた。
「望むところだ」
「——ちょっと待って!」
突然。
ルシアが椅子から身を乗り出した。




