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第十三環 「その名は、天津零」


「——《夢幻抱擁》(ウロボロスサーキット)、発動」


その瞬間。


手首に巻き付く、永劫を司る黒い蛇の意匠が自らの尾に噛み付く。


そして、零の腕に宿る《神装》が——目を覚ました。


——ドクン。


バルザスの炎が、零へ触れる。


「…………は?」


炎が——弱まっていく。


燃え盛っていた紅蓮が。


小さく。


さらに小さく。


まるで蝋燭の火が消えていくかのように——萎んでいく。


「なんだ……これは……!?」


それでもバルザスは戦斧を振り下ろす。


「うおおおおおおおッ!!」


零は。


魔剣を——片手で持ち上げた。


——ガァァァン!!


激突。


「…………な」


戦斧は——止まっていた。


「俺の……力が……!」


全力で振り下ろしたはずの一撃。


それが零へ近づいた瞬間、まるで何かに呑み込まれたように力を失っている。


「これが——」


零が呟く。


「俺の《神装》だ」


——ギィンッ!!


戦斧が弾き飛ばされた。


「なっ——!?」


完全に無防備。


零は踏み込んだ。


《夢幻抱擁》。


その力は∞→0に、0→1に、そして、1→∞に。——己へ。


その恩恵を受けた零の身体が、一気に加速する。


「——吹っ飛べ」


魔剣が閃いた。


——轟ッ!!


《神装》によって増幅された一撃が、バルザスの重鎧へ真正面から叩き込まれる。


——バギィィィィン!!


「ぐ、がぁぁぁぁッ——!!」


重鎧が砕けた。


バルザスの巨体が吹き飛ぶ。


一度。


二度。


石畳を跳ね。


——ズガァァァァン!!


闘技場の壁へ叩きつけられた。


石壁に巨大な亀裂が走る。


そして。


沈黙。


千を超える魔族が。


ただ一人の人間を見つめていた。


——一撃。


たった一撃だった。


零は魔剣を下ろし、静かに息を吐く。


司会すら言葉を失っていた。


「……判定は?」


「——っ!!」


『しょ……勝者ァァァァァァァ!!』


大きく息を吸い込む。


『天津!! 零ィィィィィィィッ!!』


——瞬間。


闘技場が爆発した。


『三連勝ォォォ!! A級闘士《轟炎》のバルザスを——まさかの一撃撃破ァァァァァ!!』


「化け物だ……!!」


「A級が一撃だぞ!?」


「なんだよ、あの力!!」


「魔王様直属ってのは本物だ!!」


「天津零!!」


「天津零!!」


一人。


また一人。


やがて。


「——天津零!!」


「天津零!!」


「天津零!!」


「天津零!!」


その声が重なっていく。


地鳴りのような足踏み。


歓声。


拍手。


闘技場全体が、一人の男の名を叫んでいた。


零はその光景を見渡す。


数十分前まで、自分を嘲笑っていた者たち。


今は——自分の名を叫んで熱狂いる。


「……ほんと、現金な奴らだな」


呆れたように呟く。


だが。


その口元には——僅かな笑みが浮かんでいた。


◇


観客席。


「——っ」


ルシアは立ち上がっていた。


真紅の瞳を大きく見開き、両手を無意識に握りしめている。


「…………やった」


ぽつり。


本当に小さな声。


だが。


そこには確かな喜びがあった。


「……ふふ」


「……何よ」


シエラがニヤニヤしている。


「いやぁ? 別に?」


「……何よ、その顔」


「別にぃ?」


「……っ、なんだってのよ!」


シエラは楽しそうに笑い、再び闘技場を見る。


「でも——一撃かぁ」


驚いたように息を吐く。


「やっぱあの《神装》、規格外だね」


「——強い」


クオンが呟く。


それだけ。


だが、その薄橙色の瞳はどこか満足そうだった。


◇


貴賓席。


リリスは——立ち上がっていた。


白銀の髪が、熱気を含んだ風に揺れる。


深紅の瞳は、ただ一人を見つめている。


天津零。


自らが拾った人間。


たった数日前。


玉座の間へ連れてこられた時には、今にも死にそうな——いや、死にたそうな顔をしていた男。


それが今。


千を超える魔族の中心で、その名を叫ばれている。


「——いいじゃない」


リリスの唇が弧を描く。


「最高に——面白いわ」


零が顔を上げた。


金色と。


深紅。


二つの瞳が、遥かな距離を越えて交差する。


リリスが。


ほんの僅かに——頷いた。


それだけ。


だが、零には分かった。


——合格よ。


そんな声が聞こえた気がした。


零も僅かに口元を上げる。


「天津零!!」


「天津零!!」


「天津零!!」


鳴り止まない歓声。


人間。


異物。


魔王の気まぐれ。


今朝まで、そう見られていた男。


だが——この日。


その認識は、確かに変わった。


天津零——魔王直属の戦士。


その名が、城下町に刻まれた日だった。


◇


控室へ戻った零を、三人が待っていた。


「——ふん。まあ、こんなもんでしょ」


ルシアが腕を組んだまま、いつものように鼻を鳴らす。


「最初から分かってたけど」


言葉こそ素っ気ない。


だが、その声は明らかに弾んでいた。


「お疲れさま〜」


シエラが笑いながら手を上げる。


「完璧だったよ。最後なんて、観客みんな君の名前を叫んでたじゃん」


「……約束」


クオンが一歩前へ出る。


「ん?」


「肉、奢って」


「まだ覚えてたのかよ」


「忘れない」


「しかも俺、今日戦った側なんだけど」


「勝ったから問題ない」


「どういう理論だよ……」


「あははっ!」


シエラが吹き出し、ルシアも僅かに口元を緩める。


その三者三様の出迎えに。


零も思わず笑った。


「……ありがとな」


ほんの数日前まで。


自分が魔族たちにこんな言葉を向けることになるとは、想像もしていなかった。


その時。


——カチャ。


控室の扉が、静かに開いた。


瞬間。


部屋の空気が変わる。


三人の表情が僅かに引き締まった。


そして。


白銀の髪を揺らしながら、一人の少女がゆっくりと歩み入ってくる。


魔王——リリス。


「——お疲れ様」


深紅の瞳は。


最初から最後まで——零だけを捉えていた。


満足そうに。


どこか楽しげに。


リリスが零の前まで歩み寄る。


「言ったでしょ?」


口元に笑みを浮かべる。


「負けたら許さないって」


「……三回とも勝っただろ」


「ええ」


即答。


そして。


「だから来たのよ」


「……?」


リリスが右手を伸ばす。


その指先が——


そっと。


零の頬に触れた。


「——っ」


零の身体が、僅かに固まる。


冷たい指先。


戦いの熱がまだ残る頬に、その感触が妙に鮮明だった。


リリスはそんな零の反応を気にする様子もなく。


深紅の瞳を細める。


「——よくやったわ」


たった一言。


それだけだった。


だが。


千を超える魔族から浴びた歓声よりも。


なぜかその一言の方が——


零の胸には、強く残った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


零たちの行く末を見届けたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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