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第百十ニ環 「四つの神装を継ぐ者」


——人界王城・玉座の間。


零の全身を、漆黒の鱗が覆った。


《夢幻抱擁(ウロボロスサーキット)》が形を変え、黒い鎧となって肉体へ絡みつく。


《無窮蛇装(ウロボロスアペイロン)》——完全展開。


金色の瞳が、異形と化したアルトリウスを射抜いた。


「——行くぞ」


「来なよ、零」


四つの神装が同時に動いた。


右腕の《終焉剣(ラストリゾート)》が横薙ぎに振るわれる。


傷を無限に拡大させる黒い斬撃。


零は四重概念操作を起動した。


「傷」を減少。


「拡大」を減少。


同時に「防御」と「再生」を増加する。


黒い斬撃が鎧へ触れ、火花を散らした。


完全には防げない。


浅い傷が右脇腹へ走り、鈍い痛みが残る。


続いて、《魔槍(クレイヴィング)》が心臓を狙う。


穂先が掠めた瞬間、零の内側で欲望が膨張した。


一華を取り戻したい。


アルトリウスを殺したい。


苦しませたい。


全てを壊してでも、自分の望みを叶えたい。


だが、零はその欲望を否定しなかった。


脳裏に浮かんだのは、シエラの姿。


『独占したい気持ちは、ちゃんとここにある。でも、それごと飛べるの。私は』


欲望は消さない。


欲望に、自分の進む方角を決めさせない。


零は「支配」を減少させ、「意志」を増加した。


渇愛の囁きが遠ざかる。


零は槍の穂先を掴み、そのままアルトリウスの懐へ踏み込んだ。


「衝撃」「速度」「破壊」「貫通」


増加。


拳が王の胸へ迫る。


だが、《天命杖(リジェクト)》が黄金の光を放った。


零の拳が逸れる。


攻撃が外れる未来へ固定された。


その死角から、《静寂鎌(ニルヴァーナ)》が旋回する。


白銀の刃が左肩を掠めた。


感覚が消えた。


続いて、左腕を動かすための記憶が剥がれ始める。


自分が誰なのか。


何のためにここへ来たのか。


その輪郭さえ、白く霞んでいく。


『零。あなたは、私と同じ』


レイラの声が蘇る。


世界中が彼女を忘れても、自分だけは覚えていた。


存在は、肉体だけで証明されるものではない。


触れた記憶。


交わした約束。


誰かの中に残る、自分という輪郭。


零は、自分の存在を再定義した。


天津零。


一華の兄。


リリスとともに人界へ攻め入り、四座と約束を交わした者。


「存在」と「記憶」を、その定義へ結び直す。


消えかけた左腕の感覚が戻った。


「——なるほど」


アルトリウスが楽しそうに呟く。


「ただ能力を打ち消したんじゃない。消された自分を、他者との繋がりから作り直したのか」


零は答えず、再び踏み込んだ。


四つの神装が、間断なく襲いかかる。


一つを防げば、二つ目が刺さる。


二つ目を躱せば、三つ目が未来を縛る。


四重概念操作でも、全てを同時に処理し切れない。


その時、深紅の結界が零の左側へ展開された。


《魔槍》の刺突が弾かれる。


右側には、もう一枚。


《終焉剣》の斬撃を受け流した。


「下がるな」


リリスの声が飛ぶ。


だがその深紅の瞳は、零ではなく白い仮面の少女を見据えたままだった。


「前だけ見なさい。横と後ろは私が見る」


「——了解!」


零が加速する。


リリスは一度も第五席から視線を外さず、零の死角だけを正確に埋めていた。


アルトリウスが《天命杖》を輝かせる。


今度は「回避できない未来」だけでなく、「零が敗北する道」そのものが固定されていく。


光の鎖が無窮蛇装へ絡みついた。


右へ動けば槍に貫かれる。


左へ動けば大剣に斬られる。


後退すれば鎌に存在を消される。


前へ進めば、王の反撃を受ける。


正しい選択肢が存在しない。


だが。


『その失敗が、私をここまで連れてきた』


ルシアの声が蘇る。


正解が一つしかないから、運命は固定される。


ならば、正解そのものを選ばなければいい。


零は「可能性」を増加した。


一つだった未来が、二つへ。


二つが四つへ。


四つが無数へ枝分かれしていく。


その中には、誤りも、失敗も、意味を持たない選択もあった。


採点不能の可能性が、固定された正道に亀裂を入れる。


光の鎖が砕けた。


「唯一正道を、可能性そのもので押し広げた?」


驚きを装うアルトリウス。


だが、その瞳の奥には歓喜があった。


零は気づかない。


ただ、前へ進む。


《終焉剣》が振り下ろされた。


黒い斬撃が鎧を裂き、過去に経験した全ての痛みを呼び起こす。


一年前の夜。


一華の悲鳴。


何もできなかった無力感。


魂を引き裂かれるような痛みが、何百倍にも増幅される。


膝が沈む。


意識が途切れかけた。


『痛いなら、まだ立てる』


クオンの声が聞こえた。


痛みを消す必要はない。


苦しみも怒りも、選び取った想いの一部。


捨ててしまえば、自分がここまで歩いてきた意味まで失われる。


零は痛みに耐えた。


「苦痛」の支配だけを減少し、その奥にある「意志」を増加する。


一華を救う。


仲間のもとへ帰る。


その二つだけは手放さない。


《終焉剣》の呪いが、零の心を折ることを諦めた。


四つ全ての神装を、乗り越えた。


アルトリウスの笑みが消えた。


いや。


消したように、見せた。


「……四つ全てを、超えたのか」


零は気づかなかった。


アルトリウスが、なぜ神装の第二位階を一つも使わないのか。


なぜ攻撃の瞬間、僅かに急所を外しているのか。


なぜ零が立ち上がるたび、王の瞳に喜びが浮かぶのか。


だがリリスは気づき始めていた。


「……おかしい」


小さく呟く。


アルトリウスには、勝利への執着がない。


零を殺すためではなく、何かを確かめるために戦っている。


「零、待ちなさい! あいつは——」


その声より早く、零が加速した。


「破壊」を増加。


さらに増加。


増加。


増加。


四重の概念を、右拳の一点へ収束させる。


アルトリウスが四つの神装を同時に振るった。


黒い大剣。


赤黒い槍。


白銀の鎌。


黄金と蒼の光。


全てが零へ殺到する。


だが、王の胸部だけが、不自然なほど無防備に開いていた。


零は止まらない。


四つの攻撃が《無窮蛇装》を裂く。


肩が切られ、脇腹を貫かれ、存在の一部を削られる。


それでも、右拳を振り抜いた。


「破壊」の概念が、臨界を超える。


拳がアルトリウスの腹部へ沈んだ。


音が消えた。


次の瞬間、衝撃波が玉座の間を吹き飛ばした。


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