↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/117

第九十八環 「王の観劇」


——人界・王城中枢、玉座の間。


静寂が満ちていた。


王城の中枢に位置する、壮麗な玉座の間。


天井は遥か高く、両側の壁には巨大なステンドグラスが並んでいる。色鮮やかな光が差し込み、磨き抜かれた白い床へ幾何学模様を描いていた。


その美しさとは裏腹に、室内の空気は、冷たく重い。


人の気配は、ほとんどない。


王を守る近衛兵も。


身の回りの世話をする侍従も。


この広大な空間には、ただ二人の存在だけがいた。


最奥に設けられた黄金の玉座。


そこに人界の王、アルトリウスが腰掛けていた。


王の周囲には、無数の黄金の環が浮かんでいる。


神装・永劫支配《エターナルレガリア》。


王都全域を支配領域へ変え、他者の精神や認識、空間そのものへ干渉する神の装。


その力が淡い光を放ち、アルトリウスの前へ四つの半透明な映像を映し出していた。


四方へ転送された四座と、四聖剣の戦い。


まるで用意された舞台を特等席から眺める観客のように、アルトリウスは四つの戦場を見渡していた。


南方——静寂院尖塔。


クオンが巨大な黒い大戦斧を振り下ろし、メツ・ニローダの白銀の大鎌と激突する。


黒と白の刃がぶつかるたびに衝撃波が巻き起こり、頑強な尖塔が少しずつ崩壊していた。


北方——刑罰塔。


レイラはダッカの『万苦転写』によって過去の傷を再現され、血に染まった身体で膝をついている。


その頭上では、《終焉剣》が今まさに振り下ろされようとしていた。


東方——歓楽宮尖塔。


シエラは理性を失い、全長十五メートルを超える漆黒竜へ変貌している。


番を求める咆哮が塔を崩壊させ、その正面には零が立っていた。


西方——天命塔。


起源回帰を果たしたルシアが、数百の魔法を同時に放つ。


しかし、そのすべてがドゥ・マーガの『唯一正道』によって逸らされ、ただの一撃すら届かない。


アルトリウスはそれらすべてを穏やかに眺めていた。


四座が傷つくたびに。


絶望へ追い込まれるたびに。


老齢のしわがれた喉から、少年のように無邪気な笑い声が漏れる。


「面白いよね」


玉座の肘掛けに頬杖をつき、細い指先で映像の一つをなぞる。


「敵と戦ってるつもりなのに、結局みんな、自分自身に苦しめられてる」


アルトリウスの指が、東方の映像へ向けられる。


漆黒竜となったシエラが、番である零を求めて荒れ狂う姿。


「竜は、自分の執着に負けた」


次に、南方の映像。


存在を消す白銀の鎌へ向かい、怒りのまま正面から踏み込むクオン。


「鬼は、仲間を傷つけられた怒りを捨てられない」


北方の映像。


レイラの傷口から血が噴き出し、封じ込めていた過去が精神を蝕んでいる。


「幻術師は、どれだけ偽物を作れても、自分の過去からは逃げられない」


最後に、西方。


起源の力さえ通用せず、愕然と立ち尽くすルシア。


「魔導師は、積み上げてきた力が届かないことを認められない」


アルトリウスは、心底楽しそうに微笑んだ。


「四聖剣は、ただ切り裂くだけの剣じゃない。相手が隠してる一番醜いものを、引っ張り出すための剣なんだよ」


少年のように軽い言葉。


しかし、その声だけは長い年月を生きてきた老人のように、深くしわがれている。


無邪気さと老獪さ。


決して重なるはずのない二つが同居する声が、誰もいない玉座の間へ響き渡った。


「さあ、ここからだ」


アルトリウスは玉座に座り直す。


四つの映像が、その周囲をゆっくりと回転した。


「自分を乗り越えて、余のところまで来られるかな魔王リリス」


その言葉は、リリスには届かない。


返事を求めているわけでもなかった。


これはアルトリウスにとって、戦争ですらない。


自分が用意した舞台の上で、魔族たちがどこまで足掻けるのかを確かめるただの遊戯だった。


そして。


黄金の玉座の傍らには、一つの人影が控えていた。


四聖剣——第五席。


純白の仮面で顔を隠し、同色の外套に華奢な身体を包んでいる。


背後には淡い黄金の光輪が浮かび、一定の速度で静かに回転していた。


呼吸に伴う僅かな動きすら見えない。


命令を与えられる時を待つ、精巧な人形のように佇んでいる。


アルトリウスが、第五席へ視線を向けた。


「ねえ。君はどう思う?」


返事はない。


純白の仮面は、四つの映像へ向けられたまま動かなかった。


「四座は、このまま負けると思う?」


やはり、声は返ってこない。


それでもアルトリウスは気を悪くすることなく、楽しげに問いかけを続ける。


「余はね、少しだけ期待してるんだ」


北方の映像では、ダッカの大剣が振り下ろされる。


南方では、クオンの大戦斧とメツの大鎌が再び衝突した。


西方では、ルシアがドゥ・マーガを睨みながら、必死に突破口を探している。


そして東方では零が漆黒竜となったシエラへ近づいていた。


「簡単に壊れたら、つまらないだろ?」


アルトリウスの口元が歪む。


「苦しんで、足掻いて、自分の限界を越えたと思った瞬間に、もっと大きな絶望を見せてあげたい」


幼い子供が、新しい遊びを思いついたような笑みだった。


やがてアルトリウスは、第五席を見上げる。


「もし彼らが四聖剣を越えられたなら、次は君の出番だ」


純白の仮面は、動かない。


しかし。


背後に浮かんでいた光輪が、一瞬だけ強く輝いた。


それが返事だったのか。


命令を理解した証なのか。


あるいは、仮面の下に残された何かが、四つの映像の中にいる誰かへ反応したのか。


アルトリウスは確かめようとしなかった。


再び玉座へ深く腰掛け、東方の映像を正面へ移動させる。


漆黒竜の前に立つ、黒髪の青年。


その右手首では、ブレスレットが漆黒の光を放っている。


アルトリウスは目を細めた。


「あの日、余の前で泣き叫ぶことしかできなかった子供が、随分と強くなったね」


しわがれた声が、少年のように弾む。


「ねえ、天津零」


映像の中にいる零の頬へ触れるように、指先を伸ばす。


「君は、どこまで壊れずにいられる?」


静かな笑みが黄金の玉座に浮かんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。