第63話 三千年の失敗作
「お前の目的は何だ、オルトス」
「簡単なことだ。管理者権限が欲しい。——それ以上でも以下でもない」
オルトスが一歩前に出た。法衣の下で、異常な魔力が渦巻いている。空気が重い。呼吸するだけで肺が圧迫される。
「私は刻銘者の末期に生まれた。管理者の血統に連なる者だ。——だが管理者権限は持てなかった。世代に一人しか現れない。私の兄が管理者だった。私は傍流の、何の権限も持たない——失敗作だ」
オルトスの声に、三千年分の苦味が滲んでいた。
「だが知恵はあった。兄にないものが、私にはあった。スキルの書き換え技術を独学で開発し、他者のスキルを奪い取る方法を編み出した。最初は小さな力だった。だがそれを千年、二千年と積み重ねた」
オルトスの身体から、七つの異なる魔力が同時に噴き出した。火。氷。雷。風。土。光。闇。七色のスキルが一人の人間から放射される。部屋全体が七色の光に染まり、壁の刻紋が悲鳴を上げるように明滅した。
「三千年分だ。何十人もの人間からスキルを奪った。肉体を乗り換え、知識を蓄え、教会を作り——人類を導いてきた。管理者がいないなら、誰かが代わりを務めなければならない」
「導いた? 支配しただけだろう」
オルトスの目が鋭くなった。
「私は人類のために動いてきた。スキルの真実が広まれば世界は混乱する。教会が管理し、段階的に真実を開示するのが最善だった。無知な者達には導きが必要だったのだ」
「獣人の子供を実験台にしたのも、正しい方法だったのか」
オルトスが一瞬だけ、口を閉じた。
「必要な犠牲だった」
「犠牲じゃない。犯罪だ」
「犯罪と必要悪の区別がつかないのが、若さだな」
「区別はついていて、俺はここに来ている。——お前を止めるために」
俺は技晶石に手をかざした。指先に琥珀色の光が灯った。
オルトスの口元に笑みが浮かんでいる。
「来い。見せてもらおう——本物の管理者の力を」
◆
七つのスキルが同時に襲いかかってきた。
炎の壁が前方を塞ぎ、氷の槍が左右から迫り、雷の鎖が足元を走り、風の刃が頭上を薙ぎ払う。四方向からの同時攻撃——一つ一つは深層を持たない借り物のスキルだが、七つを組み合わせた連携は質の不足を量で補って余りある。
ヴァルがオーリエルで炎の壁を断ち切った。古代兵器の一撃が炎を真っ二つに割り、その隙間からヴァルが突入する。
「ティア、攻撃パターンを!」
「七つのスキルのうち、火と氷は防御に、雷と風は攻撃に使っています。土は足場の制御。光と闇は——まだ検知されていません」
ニーナが影から奇襲を仕掛けた。だがオルトスは背後からの攻撃を予知するように半身をずらし、ニーナの手刀を寸前で回避した。
「私の戦闘経験を甘く見るな、小娘」
闇のスキルが発動した。部屋全体を暗黒が覆い、視界がゼロになる。
「目が——」リーリアが叫んだ。
「慌てるな。ティア、書架の光で視界を確保しろ」
ティアの書架が光の粒子を放出し、暗闇の中に浮遊する光点を作り出した。完全な照明にはならないが、敵の位置を把握する程度には足りる。
光のスキルが来た。暗闇の中に、指向性を持った光線がヴァルを狙う。
「ヴァル、右!」
俺の声にヴァルが反応し、光線を紙一重で回避した。光線が壁に当たり、石が溶けた。
消耗戦になりつつある。オルトスの七つのスキルは、一つ一つを見れば深層のない借り物だ。だが七つを同時に操り、最適な組み合わせを繰り出してくる。個々の質は低くても、戦術の精度で補っている。
このままでは——ジリ貧になって追い詰められる。
「ゼク。第五段階を使え」ヴァルが血を拭いながら言った。氷の槍が腕を掠めていた。
「まだ完全覚醒していない。理解はしたが、実戦で発動できるかは——」
「今が試すときだ」
ヴァルの碧い目が、暗闇の中でも光って見えた。
「お前を信じている。——やれ」
◆
技晶石の原石に手を当てた。
五つの深層の理解が、胸の奥で収束していく。ヴァルの剣。ティアの知識。ニーナの影。リーリアの癒し。そして——自分自身の刻紋。
五つの構造が、一つの形を結んだ。
鍵が回る感覚があった。
全身の琥珀色の刻紋が、かつてない輝きで発光した。管理者の紋が両手の甲から腕を伝い、胸を覆い、全身に広がっていく。歴代の管理者の意志が重なる。十人分。百人分。それ以上の琥珀色の光が、俺の中で一つになった。
第五段階——刻銘。完全覚醒。
「読む者」から「刻む者」へ。
世界の色が変わった。
オルトスの七つのスキルの構造が、透けて見えた。借り物の力が、魔力回路に無理やり接合されている継ぎ目。一つ一つの接続点が、琥珀色の光の中で赤い斑点として浮かび上がっている。
「——消去する」
手をオルトスに向けた。琥珀色の光が指先から放射され、オルトスの身体を包んだ。
一つ目の接続点に光が触れた。火のスキルが剥がれ落ちた。炎が消えた。
「一つ目。消去」
オルトスの顔が歪んだ。
「何を——」
二つ目。氷の接続点を消去した。氷の槍が溶けて消えた。
「二つ目」
「やめろ——三千年の——」
三つ目。雷が沈黙した。
オルトスの声に、初めて恐怖が混じった。
「やめろ! 三千年かけて集めた力を——」
「Eランクのゴミ鑑定士より報告。お手持ちのスキル、残り四つです」
「やめろと言っている!」
四つ目。風が止んだ。
ニーナが後方から声を上げた。「残り三つー」
土が崩れた。ヴァルが剣を構えたまま数えた。「残り二つだ」
次に光が消えた。ティアが声を添えた。「もう一つ消えました」
オルトスが最後のスキル——闇——を全力で発動した。暗黒が部屋を覆い尽くす。だが俺の琥珀色の光は、闇の中でも灯り続けていた。管理者の紋は、いかなる闇にも消されない。
「最後の一つだ」
闇が——霧散した。




