第61話 二度目の刻印庫
二度目の始源の刻印庫は、別の場所のようだった。
入口のアーチから琥珀色の光が溢れ出している。前回は壁の刻紋が静かに眠っていたが、今回は全ての紋が同時に発光していた。迷宮全体が目覚めている。オルトスが防衛機構を起動させたのだ。
五人パーティーの背後に、カレンデュラの精鋭部隊二十名とギルドの有志冒険者三十名。合計六十名の連合軍。これだけの人数が記憶迷宮に突入するのは、おそらく歴史上初めてのことだ。
「ゼク。中の状況は」
「前回とは比較にならない。防衛機構が攻撃モードに切り替わっている。壁の刻紋が罠として起動していて、刻紋を読めない人間が踏み込めば——排除される」
壁に手を当てた。琥珀色の光が走り、防衛刻紋の構造が頭の中に展開される。前回は迷宮が俺を迎え入れていた。今回は違う。迷宮自体は変わっていないが、その上にオルトスの術式が被せられている。元からの刻紋と、オルトスの上書き。二層構造だ。
「元の防衛刻紋は管理者権限で無力化できる。だがオルトスの上書きは——別系統だ。一つずつ読んで解除するしかない」
「時間はかかるか」
「ああ。だが、やれないことはない」
「なら行こう。——全軍、ゼクの指示に従って進め。指示なしに壁や床に触れるな。命に関わる」
ヴァルが連合軍に号令をかけた。
◆
——第七層まで来た。
降りるたびに、罠は苛烈さを増していった。天井からの落石、床の陥没、壁から噴き出す腐蝕性の霧。オルトスの上書きは悪意に満ちていた。殺すためというよりも、足止めするための罠だ。時間を稼ぎ、俺たちの体力と魔力を削ろうとしている。
だが——読めた。一つ残らず読めた。
壁に触れるたびに罠の構造を暴き出し、解除の手順を導き出す。管理者権限で元の防衛刻紋を沈黙させ、その上に載っているオルトスの術式を刻紋鑑定で読み解いて無力化する。二段の解除作業だ。
ティアが書架を展開し、俺が読んだ刻紋情報をリアルタイムで地図化して全軍に共有していた。迷宮の構造が、光のホログラムとして全員の視界に投影される。
「分岐点、左が安全です。右は偽装通路——行き止まりの先に毒霧の罠」
ティアの声が全軍に届く。書架を通信システムとして応用していた。
◆
第七層で、オルトスの精鋭が待ち構えていた。
特別研究部門の強化聖職者十名。全員がスキル書き換え実験の被験体だ。複数のスキルを同時行使する人間兵器——クラウスの施設で見た室長と同類だが、練度が桁違いだった。オルトスが直接仕込んだ精鋭中の精鋭だ。
「連合軍は後方待機。ここから先は——俺たちの仕事だ」
五人パーティーが前に出た。
ヴァルがオーリエルを構える。白銀と琥珀の光が刀身を走り、丸い通路を昼間のように照らした。
「三人ずつ、前後に分かれて来る。ニーナ、後ろの三人を頼む」
「了解。——影が多いな。やりやすい」
ニーナが影に溶けた。前方の三人にヴァルが突っ込む。聖職者が複合術式を展開するより早く、オーリエルの一閃が術式の核を断ち切った。完全覚醒した古代兵器の一撃は、強化聖職者の防御を紙のように貫く。
後方の三人はニーナが処理した。影から現れ、首筋の制御紋を三人続けて叩き、影に戻る。所要時間は数秒だった。
残る四人にティアが書架で情報を読み取る。「左の二人は氷と風の複合。右の二人は強化系——物理耐性が高いです。ニーナ、右の二人は影から干渉して」
リーリアが慈愛の泉の深層を発動した。味方全員の魔力回路を一時的にブーストする。スキル出力が三割上昇した瞬間、ヴァルの剣速が目に見えて跳ね上がった。
所要時間約三分——十人全員が沈黙した。
◆
第九層。最深部の手前。
壁に、見慣れない刻紋が刻まれていた。迷宮本来の刻紋ではなく、オルトスが新しく上書きしたものだ。
『管理者の末裔へ。ここまで来るのに随分かかったな。遅い。もう少し急げ。老人を待たせるものではない』
「単なる煽り文だ」
「三千年生きてるくせに、やることが小物だな」
メッセージには続きがあった。
『追伸——お前のパーティーの女は全員胸が大きいな。趣味か?』
全員の視線が俺に集まった。
「……何が書いてあった」とヴァル。
「大したことは書いてない」
「顔が赤いが」
「迷宮の気温が高いんだ」
ティアが壁に近づいた。「書架の力でゼクさんを介して読めます。えーと……『お前のパーティーの女は全員胸が——』」
「読み上げなくていい」
「——大きいな。趣味か?』……ゼクさん、趣味なんですか?」
「趣味じゃない」
「あたしはBだけど」とニーナ。
「サイズの話をするな。進むぞ」
三千年生きた枢機卿の煽り性能には、素直に感心した。敵ながらあっぱれだ。




