第55話 偽りの聖剣、砕ける刃
反乱軍は、クラウスの敗北と同時に瓦解した。指揮官を失った騎士団の残党は次々と投降し、教会の戦闘聖職者はニーナとエルフ特殊部隊によって制圧された。
クラウスは今度こそ厳重に拘束され、騎士団本部ではなく王宮の地下牢に収監された。二度目の脱走はさせないように。
◆
戦闘が終わった丘の上で、俺はオーリエルに触れた。
クラウスのコピースキルが粉砕されたとき、その余波でオーリエルに残っていた最後の呪紋——オルトスが施した最深層の一部——の構造が露出していた。クラウス経由でオルトスの術式の一端が見えたのだ。
「読める。オルトスの呪紋の全構造が見えている」
「解除できるか」
「やってみる」
琥珀色の光をオーリエルに注いだ。残りの呪紋が、赤黒い線として刀身に浮かび上がり——俺の光に触れて、一本ずつ溶けるように消えていく。
最後の一本が消えた瞬間、オーリエルの刀身全体が白銀に燃え上がった。柄から刃先まで、琥珀色の刻紋が鮮やかに浮かび上がる。三千年前に刻銘者の騎士が打った、完全な姿。
『ようやく——完全に目覚めた』
オーリエルの声が、これまでとは違う深みを帯びていた。三千年の封印から解き放たれた声だ。
『我が主よ。そして管理者の末裔よ。——ありがとう』
ヴァルがオーリエルを胸に抱いた。白銀と琥珀の光が、銀白の髪を照らしている。
「こちらこそ。——三千年待たせたな」
◆
戦闘後の丘の上で、全員がへたり込んでいた。
ヴァルが俺の隣に座り、無言でオーリエルを鞘に収めた。汗と埃で銀白の髪が乱れ、ドレスの裾が泥で汚れている。だが碧い瞳には、曇りのない晴れやかさがあった。
「ゼク。一つ——聞いていいか」
「何だ」
「公聴会のとき、わたしがドレスを着たら——お前は黙って横に立った。視線を防ぐためだと言った」
「ああ」
「あれは——本当に護衛だったのか」
「……半分は護衛だ」
「残りの半分は?」
俺はヴァルの顔を見た。夕陽に照らされた横顔。汗と涙の痕が残っているが、美しかった。
「残りの半分は——お前の隣にいたかっただけだ」
ヴァルの頬が赤くなった。汗のせいではない。
「……それを。戦場で言うか」
「戦場じゃないと言えない性格だ」
「お前は——本当に——」
ヴァルが俺の胸ぐらを掴んだ。引き寄せるように——だが途中で力を緩めた。掴んだ手が、胸ぐらから肩に滑り、肩を掴んだまま止まった。
「……明日が終わったら話す、と言ったのはわたしの方だったな」
「ああ。まだ終わってないのか」
「クラウスは終わった。だがオルトスがまだいる。——全部終わったら。全部終わったら、ちゃんと言う」
「何を」
「それは——全部終わったら」
ヴァルは俺の肩から手を離した。だが離れる瞬間、指先が俺の首筋に触れた。触れたのは一瞬だった。
◆
王都への帰り道。夕陽が丘陵を染めていた。
五人で並んで歩いている。戦闘の疲労はあるが、足取りは軽い。
ニーナが北の方角を指さした。
「おい。あれ——」
全員が足を止めた。
北の山脈の彼方——始源の刻印庫がある方角から、琥珀色の光柱が天を衝いていた。夕暮れの空を貫く光は、遠い距離から見ても異常な輝きだった。
俺の指先が灼けるように熱くなった。予兆紋が反応している。以前、ティアの封印を読んだときに見た未来の映像——始源の刻印庫が光に包まれ、空に浮かぶ光景。
あの予兆が、現実になりつつある。
「オルトスだ」
確信があった。
「オルトスが——始源の刻印庫を起動させた」
北の空に、琥珀色の光柱が灼いている。
最終決戦の舞台が、整い始めていた。




