第53話 酔った騎士は、誇りより先に本音を
公聴会の勝利を祝う宴は、深夜まで続いた。
冤罪が晴れた。クラウスの解任が決まった。教会の特別研究部門に調査が入ることになった。祝うべきことが多すぎて、ギルドの大広間は朝まで賑わいそうな勢いだった。
だが、ヴァルは早々に限界を迎えていた。
酒に弱い。それは前から知っていた。だが今夜は祝いの席で、騎士団の元同僚や父ドラクに次々と酒を勧められ、断りきれずに杯を重ねていた。
気づけば、ヴァルの足取りが怪しくなっていた。
「ゼク。少し——外の空気を吸いたい」
顔が真っ赤だ。碧い瞳が潤んで、焦点が甘い。完全に酔っている。
「肩を貸す」
「いらん。私は騎士だ。一人で歩け——うわ」
「ほら見ろ」
よろめいたヴァルを支え、広間を抜けて屋上に出た。夜風が火照った身体に心地いい。王都の灯りが眼下に広がっている。
ヴァルは屋上の手すりにもたれ、夜空を見上げた。白いドレスが夜風に揺れている。結い上げた銀白の髪から、ほつれた一束が頬にかかっていた。
「ゼク」
「ん」
「私はな。——一年間、この日が来るとは思っていなかった」
ヴァルの声が、いつもより柔らかい。酔いが、騎士の鎧を溶かしている。
「冤罪を着せられて、騎士団を追われて。誰にも信じてもらえなくて。剣だけが友達だった。——その剣すら、呪われていた」
「今は呪いも解けた。オーリエルも本物に戻った」
「ああ。お前のおかげだ」
ヴァルがこちらを向いた。手すりから身体を起こそうとして、よろめいた。俺は手を伸ばして支えた。
ヴァルの身体が、俺の胸に倒れ込んでくる。
◆
白いドレス越しに、柔らかな重みが胸に当たる。酔ったヴァルは身体を支える力が入らないのか、俺にもたれかかったまま動かない。ドレスの胸元から、ほのかに酒と、ヴァル自身の香りがした。
「ヴァル。立てるか」
「立てる。——立てるが、もう少し」
ヴァルが俺の胸に額を預けた。銀白の髪が顎に触れる。
「ゼク。聞いてくれるか。——酔っているから、言えることがある」
「明日後悔するぞ」
「しない。——いや、するかもしれん。だが今、言いたい」
ヴァルが顔を上げた。至近距離。潤んだ碧い瞳が、まっすぐ俺を見ている。
「お前に会えてよかった」
その言葉は、以前にも聞いた。だが今夜の響きは、少し違った。
「最初に会ったとき、お前は私の剣の呪いを読んでくれた。半年間、誰も信じてくれなかったことを、出会って数分のお前が証明してくれた。——あのとき思ったんだ。この男は、私が探していた何かかもしれないと」
「探していた何か?」
「居場所だ。私が、私のままでいられる場所。——騎士でも、冤罪人でも、ヴァルハイト家の娘でもなく。ただのヴァルとして、隣にいられる場所」
ヴァルの手が、俺の胸元のシャツを掴んだ。
「お前の隣は——温かい。最初に手を握られたときから、ずっとそう思っていた」
酔いのせいか、ヴァルの瞳が涙で潤んでいた。だが悲しい涙ではない。長い緊張が解けた人間の、安堵の涙だ。
「ヴァル——」
「最後まで聞け。一度しか言わないからな。——明日になったら、酔っていたと言い張る」
ヴァルが、息を吸った。覚悟を決めた騎士の顔で。
「私は——」
その瞬間、屋上のドアが勢いよく開いた。
「ヴァルさーん! ゼクさーん! 二人でどこに——あっ」
ティアだった。手に果実酒の瓶を持っている。こちらも顔が赤い。エルフも酒に弱いことが今夜判明していた。
ヴァルが弾かれたように俺から離れた。
「ティ、ティア。——これは、その。ゼクに介抱されていただけで」
「介抱……? ずいぶん密着した介抱ですね……?」
ティアの瞳が、じとっとヴァルを見た。酔っているせいで、いつもの遠慮が消えている。
「わたしも介抱されたいです」
「ティアは酔っているだろう」
「ヴァルさんも酔ってます。条件は同じです」
二人が俺を挟んで睨み合う。酔った女性二人に挟まれて、俺は身動きが取れなくなった。
「……ゼク」ヴァルが小声で言った。「さっきの話は、忘れろ」
「忘れない」
「忘れろ。命令だ」
「上官じゃないだろう」
「今夜だけ上官だと思え」
結局、ヴァルが言いかけた言葉の続きは、聞けずじまいだった。
だが——「私は」の続きが何なのか、酔った彼女の瞳が、充分に語っていた気がした。




