表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/66

第52話 投影される真実

 映像投影の準備中に、一つだけ想定外のことが起きた。


 オーリエルが——喋ったのだ。


『記録映像の選択肢を表示する。密会映像、偽造文書映像、呪紋刻印映像——そのほかに、我が主の入浴中の映像も保存されているが、投影するか?』


 議場の百二十名と数百名の傍聴人が、一斉にオーリエルを見た。


 ヴァルの顔色が、蒼白から真紅に変わった。


「オーリエル」


 ヴァルの声が低い。氷の底から這い出すような低さだ。


「お前——そんなものまで記録しているのか」


『剣は常に主の傍にある。記録は自動的に行われる。寝室、浴場、着替え——全場面を網羅している。三千年前の設計仕様にプライバシーの概念は含まれていなかったようだ』


「今すぐ消去しろ」


『消去には管理者権限が必要だ。ゼク殿、いかがなさる?』


 百二十人の議員と数百人の傍聴人の視線が、俺に集中した。


「消す。当然消す」


 傍聴席のどこかから——ガルドの声がぼそりと聞こえた。


「見たい」


 ヴァルの殺気が議場を貫いた。物理的な風圧すら感じる殺気だ。ガルドが反射的に椅子に沈み込んだ。Aランクの剣士を座らせる殺気というのは、ある意味でSランクだった。


 議長が咳払いをして木槌を打った。「審理を続行します。——剣の記録についての議論は、閉廷後に当事者間で解決してください」


   ◆


 審理は四時間に及んだ。


 最終的に、王国議会は以下の決議を採択した。


 第一。ヴァレリア・ヴァルハイトの不名誉除隊を取り消し、名誉を完全に回復する。


 第二。クラウス・ヘルツォークの騎士団長職を即時解任し、身柄を拘束する。


 第三。聖典教会特別研究部門の活動を全面停止し、独立調査委員会による全面調査を開始する。


 第四。ゼク・ベルンマルクに対する異端嫌疑を棄却する。


 採決の瞬間、傍聴席から地鳴りのような拍手が湧いた。


 ヴァルが俺の隣で立っていた。碧い瞳が潤んでいたが、涙はこぼさなかった。代わりに、俺の手を握った。議場の全員が見ている前で。


「一年間——待った。この日を」


「長かったな」


「長かった。——でも、一人じゃなかった。お前がいたから」


 手を握り返した。ヴァルの手は震えていなかった。


   ◆


公聴会の後、祝宴が催された。


 ギルド本部の大広間にヴァルが現れたとき、空気が変わった。


 騎士鎧ではない。ヴァルハイト家の紋章をあしらった白いドレスだ。銀白の髪を結い上げ、うなじと首筋が露わになっている。鎧が覆い隠していた上半身の曲線が、絹の布地の下ではっきりと浮かんでいた。


 胸元が開いたデザインだ。ヴァルの豊かさが、上品に、だが確実に強調されている。鎧の中に封じ込められていた量感が、今夜は解き放たれていた。


 広間の男性陣の視線が、磁石に吸い寄せられるようにヴァルに集まった。


 気づけば、俺はヴァルの横に立っていた。意識して動いたわけではない。身体が勝手に動いていた。


「何をしている」ヴァルが小声で聞いた。


「護衛だ」


「誰を、何から守っているんだ」


「お前を。視線から」


 ヴァルが一瞬、目を丸くした。それから、頬が赤くなった。


「……そういうことは、もう少し自然にやったらどうだ」


「自然にやったら、護衛として機能しない。存在を認知されてこそ——」


「言い訳が長い。——黙って隣にいろ」


 それ以上は何も言わなかった。ヴァルの横に立って、杯を傾けた。白いドレスの肩越しに、ヴァルの横顔が見えた。碧い瞳が祝宴の灯りを映して、穏やかに光っていた。



 祝宴が深夜に及び、一人、二人と帰っていく中で、最後まで残ったのは五人だった。


 ギルドの大広間の片隅で、ソファに並んで座っている。全員が少し酔っていた。ヴァルの酒が弱いのは知っていたが、ティアも実はエルフの果実酒に弱いことが今夜判明した。


「ゼクさん。今日——本当に、おめでとうございます」


 ティアが俺の左肩にもたれた。綺麗な髪が俺の首筋に流れる。果実酒の甘い匂いが混じっている。


「ティア、酔ってるのか」


「酔ってません。——少しだけ、幸せです」


 右側では、ヴァルがすでに俺の右肩に頭を預けていた。白いドレスの肩紐が、ほんの少しずれている。鎖骨の下の白い肌が覗いていた。酔うと甘くなるのは以前と変わらない。


「ゼク……今日は、ありがとう」


「礼は何度も聞いた」


「何度でも言う。——お前がいなければ、わたしは今もどこかで一人だった」


 ニーナはソファの端で丸まっていた。黒い耳をぺたんと伏せ、尻尾を俺の膝の上に乗せている。無意識だろう。獣人は酒が入ると本能が素直になるらしい。


 リーリアは俺の足元の床に座り、俺の膝に背中を預けていた。蜂蜜色の髪が膝の上に広がっている。


「ゼクくん……今日のわたしたち、勝ちましたね」


「勝った」


「みんなで勝ちました。——みんなで、ここにいます」


 四方向から体温が押し寄せてくる。左肩にティア。右肩にヴァル。膝にニーナの尻尾。足元にリーリア。


 半年前、一人で追放された男の周りに、四人の女性がいる。


 それぞれが何かを奪われ、それぞれが取り戻すために戦い——今夜、一つの勝利を共有している。


 誰も離れようとしなかった。俺も離そうとしなかった。


——長かった冤罪が晴れた夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ