第52話 投影される真実
映像投影の準備中に、一つだけ想定外のことが起きた。
オーリエルが——喋ったのだ。
『記録映像の選択肢を表示する。密会映像、偽造文書映像、呪紋刻印映像——そのほかに、我が主の入浴中の映像も保存されているが、投影するか?』
議場の百二十名と数百名の傍聴人が、一斉にオーリエルを見た。
ヴァルの顔色が、蒼白から真紅に変わった。
「オーリエル」
ヴァルの声が低い。氷の底から這い出すような低さだ。
「お前——そんなものまで記録しているのか」
『剣は常に主の傍にある。記録は自動的に行われる。寝室、浴場、着替え——全場面を網羅している。三千年前の設計仕様にプライバシーの概念は含まれていなかったようだ』
「今すぐ消去しろ」
『消去には管理者権限が必要だ。ゼク殿、いかがなさる?』
百二十人の議員と数百人の傍聴人の視線が、俺に集中した。
「消す。当然消す」
傍聴席のどこかから——ガルドの声がぼそりと聞こえた。
「見たい」
ヴァルの殺気が議場を貫いた。物理的な風圧すら感じる殺気だ。ガルドが反射的に椅子に沈み込んだ。Aランクの剣士を座らせる殺気というのは、ある意味でSランクだった。
議長が咳払いをして木槌を打った。「審理を続行します。——剣の記録についての議論は、閉廷後に当事者間で解決してください」
◆
審理は四時間に及んだ。
最終的に、王国議会は以下の決議を採択した。
第一。ヴァレリア・ヴァルハイトの不名誉除隊を取り消し、名誉を完全に回復する。
第二。クラウス・ヘルツォークの騎士団長職を即時解任し、身柄を拘束する。
第三。聖典教会特別研究部門の活動を全面停止し、独立調査委員会による全面調査を開始する。
第四。ゼク・ベルンマルクに対する異端嫌疑を棄却する。
採決の瞬間、傍聴席から地鳴りのような拍手が湧いた。
ヴァルが俺の隣で立っていた。碧い瞳が潤んでいたが、涙はこぼさなかった。代わりに、俺の手を握った。議場の全員が見ている前で。
「一年間——待った。この日を」
「長かったな」
「長かった。——でも、一人じゃなかった。お前がいたから」
手を握り返した。ヴァルの手は震えていなかった。
◆
公聴会の後、祝宴が催された。
ギルド本部の大広間にヴァルが現れたとき、空気が変わった。
騎士鎧ではない。ヴァルハイト家の紋章をあしらった白いドレスだ。銀白の髪を結い上げ、うなじと首筋が露わになっている。鎧が覆い隠していた上半身の曲線が、絹の布地の下ではっきりと浮かんでいた。
胸元が開いたデザインだ。ヴァルの豊かさが、上品に、だが確実に強調されている。鎧の中に封じ込められていた量感が、今夜は解き放たれていた。
広間の男性陣の視線が、磁石に吸い寄せられるようにヴァルに集まった。
気づけば、俺はヴァルの横に立っていた。意識して動いたわけではない。身体が勝手に動いていた。
「何をしている」ヴァルが小声で聞いた。
「護衛だ」
「誰を、何から守っているんだ」
「お前を。視線から」
ヴァルが一瞬、目を丸くした。それから、頬が赤くなった。
「……そういうことは、もう少し自然にやったらどうだ」
「自然にやったら、護衛として機能しない。存在を認知されてこそ——」
「言い訳が長い。——黙って隣にいろ」
それ以上は何も言わなかった。ヴァルの横に立って、杯を傾けた。白いドレスの肩越しに、ヴァルの横顔が見えた。碧い瞳が祝宴の灯りを映して、穏やかに光っていた。
◆
祝宴が深夜に及び、一人、二人と帰っていく中で、最後まで残ったのは五人だった。
ギルドの大広間の片隅で、ソファに並んで座っている。全員が少し酔っていた。ヴァルの酒が弱いのは知っていたが、ティアも実はエルフの果実酒に弱いことが今夜判明した。
「ゼクさん。今日——本当に、おめでとうございます」
ティアが俺の左肩にもたれた。綺麗な髪が俺の首筋に流れる。果実酒の甘い匂いが混じっている。
「ティア、酔ってるのか」
「酔ってません。——少しだけ、幸せです」
右側では、ヴァルがすでに俺の右肩に頭を預けていた。白いドレスの肩紐が、ほんの少しずれている。鎖骨の下の白い肌が覗いていた。酔うと甘くなるのは以前と変わらない。
「ゼク……今日は、ありがとう」
「礼は何度も聞いた」
「何度でも言う。——お前がいなければ、わたしは今もどこかで一人だった」
ニーナはソファの端で丸まっていた。黒い耳をぺたんと伏せ、尻尾を俺の膝の上に乗せている。無意識だろう。獣人は酒が入ると本能が素直になるらしい。
リーリアは俺の足元の床に座り、俺の膝に背中を預けていた。蜂蜜色の髪が膝の上に広がっている。
「ゼクくん……今日のわたしたち、勝ちましたね」
「勝った」
「みんなで勝ちました。——みんなで、ここにいます」
四方向から体温が押し寄せてくる。左肩にティア。右肩にヴァル。膝にニーナの尻尾。足元にリーリア。
半年前、一人で追放された男の周りに、四人の女性がいる。
それぞれが何かを奪われ、それぞれが取り戻すために戦い——今夜、一つの勝利を共有している。
誰も離れようとしなかった。俺も離そうとしなかった。
——長かった冤罪が晴れた夜だった。




