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第51話 白銀の法廷

 クラウスの包囲は、三時間で瓦解した。


 マルクスがギルドの緊急条項——「冒険者の不当拘束に対する保護措置」——を即座に発動し、本部からBランク以上の冒険者四十名が武装してヴァルたちの宿の周囲に展開した。騎士団の直轄部隊と冒険者部隊が睨み合う異常事態に、王宮の近衛隊が調停に入った。


 同時にカレンデュラの外交使節が王国議会に緊急動議を提出した。「友好国の外交使節団に対する武力威嚇は、国際慣例法に照らして重大な違反行為である」。外交問題に発展させることで、クラウスの独断を政治的に封じ込めた。


 クラウスは退かざるを得なかった。だが、退き際に釘を刺してきた。


「いいだろう。ならば王国議会の公聴会で決着をつける。ベルンマルクが異端者でないと言うなら——公の場で証明してみせろ」


 灰色の目が俺を射抜いた。計算し尽くした顔だった。教会寄りの貴族が議会の半数を占めている。数の力で告発を封じる算段なのだろう。


「望むところだ」


 俺が答えると、クラウスの表情にかすかな揺らぎが走った。自信の欠片もない返答を期待していたのかもしれない。


   ◆


公聴会は三日後に設定された。


 王国議会の大広間。天井の高い石造りの議場に、貴族議員が百二十名。傍聴席には一般市民とギルドの関係者。そして記者席には——ニーナの情報操作が効いていた。「教会の奴隷実験が公聴会で暴かれる」という噂が王都中に広まり、傍聴席は立ち見すら出る盛況だった。


 告発側の証人席に、俺が座った。隣にヴァル。後方にティア、ニーナ、リーリア。そしてドラク・ヴァルハイトと大司教ローレン・ヘルムートが別の証人席に控えている。


 被告発側の席に、クラウスと教会の弁護聖職者三名。クラウスは平然とした顔をしていたが、目だけが忙しく傍聴席を見回していた。味方の数を確認しているのだろう。


 議長が木槌を打った。


「開廷します。本公聴会は、ゼク・ベルンマルクに対する異端嫌疑の審理、及びゼク・ベルンマルク側からの騎士団長クラウス・ヘルツォークに対する告発の審理を、同時に行います」


   ◆


最初に立ったのは俺だった。


「議長。わたくしは刻紋鑑定士のゼク・ベルンマルクです。スキル【刻紋鑑定】は、物品や場所に刻まれた過去の記録を映像として読み取る能力です。異端の術ではなく、スキルシステムに基づく正当な鑑定能力であることを、本日この場で証明します」


 クラウス側の弁護聖職者が即座に異議を唱えた。若い男だ。


「スキルによる読み取りは術者の主観に依存する映像であり、客観的証拠としての信頼性を欠きます。個人のスキルが生成した映像を証拠として採用する前例はありません」


「では——客観的にお見せしましょう」


 俺が合図すると、ティアが証人席から立ち上がった。議場がざわめいた。翡翠色の長い髪と尖った耳——エルフの王女が、人間の議会に出席している。それだけで前代未聞だった。


「カレンデュラ王国第七王女、ティアラ・シルフィードです。わたくしのスキル【星詠の書架】により、ゼク殿の刻紋鑑定が読み取った映像を、この議場全体に投影いたします。主観的な映像ではなく、この場にいる全員が同時に視認できる形で——証拠をお見せします」


 俺はオーリエルを議場の中央に立てた。ヴァルが剣を預けるとき、柄を俺の手に渡しながら小声で言った。


「頼んだぞ」


「任せろ」


 オーリエルの柄に手を触れた。琥珀色の光が灯る。同時にティアが【星詠の書架】を展開——光の書架が議場の天井に広がり、巨大なスクリーンのように機能する。


 俺が読み取った映像が、議場全体に投影された。


   ◆


最初の映像が浮かんだ。暗い地下室。蝋燭の光。


 クラウス・ヘルツォークが、オーリエルの刀身に赤黒い呪紋を刻んでいる。顔がはっきりと映っている。百二十人の議員が、スクリーンの中のクラウスの顔と、現実の被告席のクラウスの顔を見比べた。


 同一人物であることは、疑いようがなかった。


 次の映像。クラウスの部下二名が、夜中にヴァルの部屋に侵入し、机の引き出しに封蝋入りの書簡を仕込む場面。


「筆跡の偽造は完璧です。魔術式複写で本人の筆跡を完全に再現してあります」


 部下の声が議場に響いた。傍聴席から怒号が飛んだ。「卑怯者!」「冤罪じゃないか!」


 三つ目の映像。クラウスと白い法衣の人物の密会。影に隠れた人物の声だけが聞こえる。


「この剣の出所を調べられては困る。持ち主を排除しろ」


 「枢機卿」と呼ばれたその声に、議場が静まった。教会の最高幹部が騎士団長に命令を下している——その構図が、映像として全員の前に晒された。


 映像が終わった。


 議場に沈黙が落ちた。


 クラウスが立ち上がった。顔色は保っていたが、額に汗が浮いていた。


「これは——捏造だ。スキルによる映像は信頼性がないと、先ほど弁護人が述べた通りだ。いくらでも捏造——」


「捏造ではないことを、複数の証人が証言します」


 ドラク・ヴァルハイトが証人席に立った。元騎士団長の姿勢が、議場を圧した。


「元騎士団長ドラク・ヴァルハイトです。映像に映った地下室は、騎士団本部の地下三階にある機密室です。私の任期中に何度も使用した部屋であり、壁の石材の模様、蝋燭台の配置、床のひび割れの位置——すべてが、私の記憶と一致しています。この映像は本物です」


 次にローレンが立った。白い法衣の老聖職者。だがその声は、教会の権威ではなく、個人の良心を代弁していた。


「聖典教会大司教ローレン・ヘルムートです。教会の内部調査により、枢機卿オルトス・テネブリスが特別研究部門を通じて獣人の奴隷実験を行っていた証拠を確認しました。また、クラウス団長が教会に迷宮遺物を横流しし、その見返りとして騎士団長の地位を保証されていた事実も、帳簿の記録から確認されています」


 ローレンが議場を見渡した。


「教会の代表として——これらの不正の存在を認めます」


 議場が爆発した。教会の大司教が自らの組織の不正を公に認めた。その衝撃は、オーリエルの映像以上だった。傍聴席から拍手と怒声が同時に湧き起こり、教会寄りの貴族たちの顔から色が失せていった。

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