第50話 父と娘の再会
会議の口火をマルクスが切った。
「教会への攻勢は三方面で行う。
第一に——王国議会での公聴会。教会の奴隷実験と遺物横流しを公式に告発する。物的証拠はゼクのパーティーが確保済みだ。
第二に——ギルドの情報網を通じて一般市民に事実を広く伝える。
第三に——カレンデュラとの軍事同盟を背景に、外交的圧力をかける」
「教会側の出方をどう読みますか」とヴァル。
「『異端者の捏造だ』と主張するだろう。教会の常套手段だ。証拠の信憑性を攻撃し、告発者の人格を貶める。——だが今回は物証がある。オルトスの直筆署名入りの研究指示書だ。筆跡鑑定に耐えうる」
ニーナが帳簿の写しを叩いた。
「教会寄りの貴族の中に、教会から金をもらってる連中がいる。帳簿に記録がある。こいつらに証拠を突きつければ、何人かは寝返るだろう。……金で動く奴は、簡単に動かせる」
「情報戦はニーナに任せる。ティアはどうだ」
「カレンデュラの外交使節が公式に証言すれば、国際問題として教会に圧力をかけられます。エルフの王国が教会の不正を認定した——その事実だけで、教会は正面からの否定が難しくなります」
ドラクが腕を組んだ。
「議会への証言は俺に任せろ。元騎士団長としてクラウスの不正を証言する。俺の任期中に遺物の持ち出しが始まっていた。当時は証拠を掴めなかったが、今回のお前たちの証拠と組み合わせれば——クラウスの犯罪は立証できる」
「ドラク殿。一つ確認させてください。証言台に立つということは、ご自身の退任の経緯も公になります。教会の圧力で退任させられたという事実が」
「構わん。事実を恐れるのは、やましい人間だけだ」
ヴァルが父を見た。碧い瞳に、誇りの光が灯っていた。
◆
会議が終わった後、廊下で一人の老人に声をかけられた。
白い法衣。温厚な顔。白髪を綺麗に整え、背筋は真っ直ぐ。だが、圧は感じない。会議に出席していた教会寄りの人間ではなさそうだった。纏う空気が違う。教会の法衣を着ているが、傲慢さがない。
「失礼。ゼク・ベルンマルク殿とお見受けする」
「どちら様ですか」
「ローレン・ヘルムート。聖典教会の大司教を務めている者だ」
全員が警戒した。ヴァルの手がオーリエルの柄に触れ、ニーナの身体が半歩後ろに下がった。影に近い位置へ。
ローレンが両手を広げて見せた。何も持っていない。武器も、術式を発動する道具も。
「敵意はない。むしろ——協力を申し出に来た」
「教会の大司教が、教会の不正を告発する側に協力?」
「不思議に聞こえるだろうな。だが聞いてほしい」
ローレンの声は穏やかだった。年齢を重ねた声だが、芯は通っている。
「オルトスの行為は、教会本来の使命を踏みにじるものだ。スキルを通じて人類を導く。それが教会の存在理由だった。奴隷実験も、遺物の横流しも、知識の独占も——すべて、教会の理念に反している。教会の中にも、オルトスに疑問を持つ者は少なくない。私はその筆頭だ」
「あなたが本当に良心派だという証拠はありますか」
ローレンが懐から封書を取り出した。
「これは、オルトスが枢機卿に就任した際に私に提出した宣誓書だ。本人の直筆署名がある。——そしてこの署名と同一の筆跡が、二百年前の枢機卿就任宣誓書にも存在する。教会の書庫に保管されている原本の閲覧許可を出す用意がある」
「同一の筆跡が二百年を隔てて——」
「大司教として、この事実を看過するわけにはいかない。オルトスが何者であれ、教会の名を汚す者を座視するのは、私の信仰が許さない」
俺はローレンの目を見た。刻紋鑑定で宣誓書に触れる。琥珀色の光が紙面に走り、署名の筆跡を読み取る。四十二年前の署名。インクの成分、筆圧、紙への浸透——すべてが本物だった。偽造ではない。
「わかりました。協力を受けます。——ただし条件がある」
「何だ」
「公聴会で、教会の代表として証言してほしい。教会の不正を、教会の内部の人間が認める。それが——最も重い証言になる。更にあなた自身も責任を問われるかもしれない」
ローレンが深く頷いた。老人の目に、静かな覚悟が灯っていた。
「覚悟の上だ。信仰に仕える者として——嘘をつき続けることはできない」
◆
その夜。
ギルド本部近くの宿で、明日からの動きを整理していた。
リーリアが全員分のお茶を入れてくれて、ニーナが情報網の最新報告をまとめ、ティアが書架に保存した証拠資料を整理し、ヴァルが父と再会した興奮を抑えながらオーリエルの手入れをしていた。穏やかな夜になるはずだった。
窓の外に、光が見えた。
松明だ。一本、三本、十本——数えきれない数の松明が、宿の周囲に並んでいく。整然と。軍事的な規律で。
ヴァルが窓から外を覗き、目を細めた。
「騎士団の軍装だ。——クラウスの直轄部隊」
宿の正面玄関に、一人の男が立っていた。夜闘の灯りに照らされた角張った顎。灰色の冷たい目。黒い外套の下に、高位の軍服の襟が覗いている。
クラウス・ヘルツォーク。
「ゼク・ベルンマルク」
クラウスの声が夜の王都に響いた。冷静な声だった。焦りのない、計算された声だ。
「王国騎士団長の権限により——異端の嫌疑で、お前を拘束する」
宿は完全に包囲されていた。




