第49話 王都への凱旋
奴隷施設の制圧から三日後、俺たちは正式に王都ルクレインに帰還した。
半年前に追放された鑑定士が、エルフの軍隊を背後に従えて王都の正門をくぐる——人生の予測不可能性を実感する瞬間だった。
カレンデュラの外交使節団が白い旗を掲げ、ギルドの有志冒険者が左右を固める。一般市民が道の両側から見物している。
——噂はすでに広まっていた。教会の奴隷実験施設が摘発されたこと。三十四人の獣人の子供が救出されたこと。そして——実験を指揮していたのが枢機卿オルトス・テネブリスであること。
ギルドマスター・マルクスが、ギルド本部の正門で待っていた。白髪の老人が杖に寄りかかり、鋭い目で俺たちを見ている。
「ゼク。半年前、この門から一人で出ていった男が、仲間と軍隊を連れて帰ってきたか」
「マルクスさんの助言がなければ、エルデにすら辿り着けなかった」
「助言しただけだ。ここからが本当の戦場だぞ。教会は迷宮の罠よりたちが悪い。刻紋が読めても、人の心は読めないからな」
「読めないのは、厄介ですね」
◆
ギルド本部の大会議室。
出席者は多岐にわたった。俺たちのパーティー五人。マルクス。カレンデュラの外交使節団長。——そして。
会議室のドアが開き、一人の男が入ってきた。
ヴァルの呼吸が止まった。
白髪交じりの銀色の髪。深い碧眼。年齢は六十近いが、背筋は鉄の棒でも入っているかのように真っ直ぐだ。左頬に古い刀傷がある。何十年も前の戦場の記憶が、皮膚に焼きついている。
ドラク・ヴァルハイト。ヴァルの父。クラウスの前任の元騎士団長。
「遅れてすまない」
ドラクの声は低く、よく通った。会議室の空気が一変する。元騎士団長の存在感が、部屋を支配していた。
「父上」
ヴァルの声がかすかに震えた。五年ぶりの再会だ。
ドラクがヴァルの前に立った。碧い瞳が向かい合う。同じ色をしている。だがドラクの目には、五年分の悔恨が積もっていた。
「強くなったな」
短い一言だった。だがその言葉に、五年分の重みが圧縮されていた。
「お前の母に、そっくりだ」
ヴァルの目が潤んだ。だが泣かなかった。ここは会議の場だ。泣くのは後にする——そう言いたげな碧い瞳だった。
ドラクがヴァルの肩を握り、頷いた。それだけで、再会は完了した。騎士の父娘は、感情を言葉より動作で伝える血筋らしい。
◆
ドラクが俺の前に立った。握手を求める手が差し出される。
「お前が——娘を守ってくれた鑑定士か」
「ゼク・ベルンマルクです」
握手した。大きな手だった。剣だこが分厚い。何千回と剣を振ってきた手だ。
「ドラク殿。お嬢さんを守ったのは俺だけではありません。全員の力です」
「謙遜するな。ヴァレリアは手紙で書いてきた。お前がいなければ、呪いは解けなかった。冤罪も晴らせなかった。——父として、礼を言う」
ドラクの目が俺を見つめた。値踏みではない。もっと率直な——人間としての品定めだ。
「いい目をしている。ヴァルハイト家の剣に恥じない男だ」
「ありがとうございます」
「——ところで」
ドラクの顔が変わった。真面目な顔から、さらに真面目な顔になった。ワンランク上の真剣さだ。
「娘をもらう気はあるか」
会議室が凍った。
マルクスが咳き込んだ。使節団長が目を逸らした。ティアが口を押さえた。ニーナが天井を見上げた。リーリアが目を白黒させた。
ヴァルが剣の柄に手をかけた。
「父上」
「冗談だ」
「冗談に聞こえなかったのですが」
「半分は本気だ。この男、悪くない」
「半分でも本気なら斬りますよ。父上であっても」
「待った。俺に発言の機会は——」
ドラクとヴァルが同時に振り返った。
「「ない」」
父娘のハモりだけは完璧だった。会議室に場違いな笑いが起き、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
◆
会議の休憩時間に、ヴァルが俺を廊下に呼び出した。
「明日の公聴会の前に——鎧の最終確認をしてほしい」
「ここでか」
「会議室の隣に控室がある。すぐ済む」
控室に入ると、ヴァルが上着を脱ぎ始めた。公聴会用のドレスの下に着る鎧のインナーの調整だ。
「胸当てのパッドが馴染んできたが、最近——少し、また大きくなった気がする」
「また?」
「オーリエルの呪いが完全に解けてから、魔力が安定して身体のバランスが変わった。——管理者として確認してくれ」
もはや「管理」は二人の間の暗黙の了解だった。ヴァルが肌着の裾を持ち上げ、胸部のインナーパッドの位置を俺に見せる。
以前より確かに大きくなっている。呪いが解けたことで本来の魔力容量が戻り、それが身体に反映されているのだろう。刻銘者の血統の特徴——魔力の器が大きいほど胸が豊かになる——が、より顕著になっていた。
「パッドの位置を五ミリ外側にずらす。それと上部の支持を三ミリ追加」
「わかった。——ゼク」
「何だ」
「お前は最初に会ったときから、こうして淡々と胸のことを扱ってくれた。他の男なら——目を逸らすか、逆に変な目で見るかのどちらかだ。お前は、どちらでもなかった」
「鑑定士だからな」
「鑑定士の仕事の範囲を超えていることくらい、わたしにもわかっている。——でも、お前にならいいと思えた。最初からそうだった」
ヴァルが腕を下ろし、俺を見た。碧い瞳に、信頼以上の何かが浮かんでいた。
「明日の公聴会——勝とう」
「勝つ。——約束だ」




