第44話 作戦会議と毛糸玉
訓練の合間に、作戦会議を行った。
王宮の一室にテーブルを広げ、ニーナが王都旧城区の地図を展開する。施設の構造はニーナの情報網が事前に把握していた。
「地下三階構造。地下一階が管理区画、警備の詰め所と事務室がある。地下二階が居住区——被験者の檻だ。三十から四十人が収容されている。地下三階が実験区画。記録室もここだ」
「突入経路はどうする?」
「正面入口は地上の廃墟を偽装してある。裏口が旧城区の下水道に接続している。——正面をヴァルとエルフ特殊部隊が突破して警備を引きつける。あたしは下水道から潜入して地下二階の被験者を確保する。ゼクは施設の防衛刻紋を無力化。ティアは封印や古代語の解読。リーリアは被験者の治療」
「エルフ特殊部隊は何人出せる」
「二十人。アルセリア女王の直轄部隊で、全員がBランク以上の戦闘能力を持っている」
アルセリアが壁にもたれて腕を組んでいた。
「妹を追った連中の施設だ。潰す理由は充分にある。——それに、子供が囚われていると聞いた。見て見ぬふりはできない」
「感謝します、女王陛下」ニーナが頭を下げた。
「ニーナ・ノワール。礼はいらない。——ただし、作戦後に我がカレンデュラの食堂で食事をしていけ。エルフの料理は美味いぞ」
「……はい。喜んで」
ニーナの声が、少しだけ温かくなった。
◆
会議が一段落し、休憩に入った。
リーリアが鞄から編み物の道具を取り出した。毛糸玉がテーブルの上に転がる。蜂蜜色の毛糸だ。何を編んでいるのかは聞いていないが、最近のリーリアはよく編み物をしている。
ニーナがテーブルの向かいに座った。地図を睨んでいる。施設の構造を頭に叩き込む作業だ。真剣な目で地図の線を追い——。
視線が、ずれた。
地図の横にある毛糸玉を、見ている。
黒い耳がぴくりと動いた。右の耳だけが、毛糸玉の方に傾く。尻尾が背もたれの後ろでゆっくり左右に揺れ始めた。
ニーナの右手が、テーブルの上を滑っていく。地図に沿って移動しているように見えるが、実際には毛糸玉に向かっている。指先が毛糸に触れかけた。
指が止まった。
ニーナが我に返り、手を引っ込めた。テーブルの全員が——俺も、ヴァルも、ティアも、リーリアも——一部始終を見ていた。全員が黙っていた。
五秒の沈黙のあと、ニーナが俺たちの視線に気づいた。
「……何だよ」
「何も」と俺。
「何も見ていない」とヴァル。
「かわ——何もないです」とティア。
「ニーナちゃん、毛糸玉で遊ぶ? 新しいの出すよ?」
リーリアが鞄の中からもう一つ毛糸玉を取り出そうとした。ニーナの顔が赤くなった。
「遊ばない。あたしは黒豹だ。猫じゃない。毛糸玉に反応したりしない」
「耳が動いてた」と俺。
「動いてない」
「尻尾も揺れてた」
「揺れてない!」
「揺れてたぞ。かなり嬉しそうに」とヴァル。
「嬉しくない! 戦術的に——テーブル上の物体の動きを追跡する訓練を——」
「毛糸玉の追跡訓練ってなんだよ」
「集中力が上がるんだよ。理由は聞くな」
ドアが閉まった。
それ以降、作戦会議のテーブルには常に毛糸玉が一つ置かれるようになった。ニーナの作戦立案の精度が目に見えて上がった。因果関係は不明だ。




